【132話】それでも女は不気味に笑う
「見るからにヤバそうだな」
「ああ、急がないと」
俺は合流したアレンと共に旧教会都市の中央に向かう。
遠目からでも、巨大な竜の頭部が視認できた。
さらに、よくよく目を凝らすと、その竜に跨る人影もある。
「見えるか」
「見えるよ。レオの言っていた通り、人為的なことが確定的だね」
アレンのゾンビを捌くスピードが上がる。
──急げ。アイリスとレジーナが危ない気がする。
▼▼▼
危機的状況とは、まさしくこのことを言うのだろう。
これまで以上にゾンビの数が多い。
そして、そのゾンビの向かう先には、満身創痍のアイリスとレジーナの姿があった。
壁に埋め込まれたようなレジーナは血だらけのまま動かず、アイリスは魔法書を置き、木の棒を構えてギリギリの状態。
「レオ、2人を助ける。かなり強引になるけど、道を開くのに協力してくれ」
「ああ、もちろん!」
アレンが剣、俺が盾。
表裏一体の近接コンビ。
攻撃を素早く、多く相手に当てて、反撃は一撃たりとも通したりはしない。
「アガァ……」
「ウガォッ……アァ」
「ギャゥガ!」
こちらに照準を定めて寄り集まってくるゾンビを跳ね除け、俺とアレンはアイリス、レジーナの場所までの道を開き、2人の前に立つ。
「へ〜、助けに来たの? ハハッ、のこのこ死にに来るなんて、やっぱり人間は無駄が多いのね!」
──あれが、2人をここまで追い詰めた元凶か。
包帯の女は、近寄りがたいオーラを放っている。
人を殺すことに躊躇などない瞳。
それすらも彼女の幸福であるかのように、残酷に笑うのだ。
「アレン、あの女……」
「分かってるよ。勝てるかどうか怪しいところだね」
普段は余裕な表情を浮かべているアレンでさえ、目の前の敵に少しだけ焦り混じりの険しい顔だ。
ゾンビの擦り寄る足音。
あの場所に行き着くまでに一体どれだけのゾンビを処理しなければならないだろうか。
「ふふっ、私と戦うの?」
「まあ、大切な仲間をこんなにされて、黙ってはいられないかな」
「ああ、素敵ね。麗しい友情──その生き生きとした表情を恐怖に染め上げたら、どれだけ楽しいんでしょう」
──頭がおかしいやつだ。
異常な神経。
人型モンスターと変わらない。
まともな感性なんて備わっていないとよく分かる。
そんな相手とは、天地がひっくり返ったとしても分かり合えないと経験上理解している。
俺は盾を構えて周囲の守りを固め、アレンは俺の前に出る。
「頼んだよ」
「任せろ。指一本触れさせやしない」
アイリスとレジーナの護衛は任せたと、アレンは告げる。
【エクスポーション】において、最大火力を誇るアタッカー。
アレンは、その誇りを胸に足を進める。
【釘付け】
──踏み台くらいは用意してやる。
付近のゾンビはアレンへの攻撃を止める。
動かなくなったのは、俺のスキルによるものだ。
アレンは助走をつけ、俺が動きを止めたゾンビの頭を踏みつけ、勢いよく前方へと飛んだ。
「さあ、殺し合いを始めましょう」
包帯の女は、手を大きく広げ、無防備な状態でアレンを迎え入れる。
自殺行為にしか思えない。
しかし、やはり何かあるのではないかと胸騒ぎがする。
アレンの斬撃は生半可な対応では、受け切ることはできない。
そもそも、アレンの攻撃に対応できるような人は、少ない。
「悪いね。ここで終わりにさせてもらうよ」
「終わるといいわね。ふふっ!」
アレンの剣先が女の肌に届く。
その瞬間、アレンの表情が驚きを含んだものに変わったのを俺は見逃さなかった。
「どうして……?」
剣を振り抜いたアレンは、包帯の女を睨む。
女は、恍惚な笑みを浮かべているだけで、痛みに苦しむ様子などはなかった。
──アレンの斬撃が効いてない⁉︎
皮膚が硬いとか、魔法でアレンの斬撃を相殺したとか、そういう感じではない。
まるですり抜けたような──そもそも、剣そのものがあの女に干渉できていないような不思議な光景だった。
「ふふっ……ばぁん!」
「────!」
その言葉を聞いた瞬間、アレンは身を屈める。
アレンが吹き飛ばされる。
それは魔法の詠唱でもなんでもない。ただの擬音を口にしただけ……。
にも関わらず、アレンはこちらに押し戻される。
なんとか、受け身を取ったものの、アレンの表情は暗い。
「これは、想定外……だね」
「ふふっ、ちょっぴり楽しめそう!」
冗談じゃない。
アレンの全力をいとも簡単に返り討ちにするような化け物。
冷や汗が止まらない。
「とんでもないのと出会ったもんだ」
「本当にね。勝てるイメージが浮かんでこないよ」
圧倒的な強敵を前にして、俺とアレンはそれでも諦めず、件の女を一瞥した。




