【131話】辛くても諦めてはいけない(アイリス視点)
「ああ、可哀想に。その傷じゃ、もう助からないよ……ウフッ」
周囲の音が鈍る。
今ここで起きた現実が受け止めきれない。
──レジーナさんが、一瞬で飛ばされた⁉︎
廃墟となった旧教会都市の建物の壁に強く打ち付けられたレジーナさん、ヒューヒューと息が細く、今にも限界が来てしまいそうな様子。
振り返らない。
見れない。
どんな風になっているのかを直視したくない。
……私のせい?
私がレジーナさんをあの女性の方に魔法で向かわせたから、こんなことに──。
「……嫌だ」
視界が目から溢れ出る水滴で歪む。
ゾンビはこちらに迫ってくる。足を止めてはくれない。なのに、手足が震えて、まともに動けなくなってしまった。
「貴女も可哀想……私の可愛いゾンビちゃんたちに四肢を引き裂かれて殺されちゃう……ふふっ、素敵!」
冷酷な瞳がこちらを哀れみの視線で射殺してくる。
相手にならない。
3年前のあの時と同じ気持ちだ。
無力で何もできない自分。
大切な人を失うだけ失って、守ることもできないで──最後には、もうただ無様に死んでしまうのだ。
「……ごめん。私──負けちゃったよ」
涙が止まらない。
今この場にいない大切な仲間のことを思い出す。
ヴィランさん、レオさん、モナちゃん。
──アレンさん。
終わりたくない。
こんなところで、私の旅路は終わっていいの?
『ありがとう、アイリス。私、アイリスとエッダといれて、幸せだったよ』
──諦めちゃ、ダメ。
私の命は、私だけのものじゃない。
『アイリス、生きてくれ!』
誰かに支えられて、風前の灯火のような私の生命線は、ここまでずっと繋がってきた。
その人たちの想いを──願いを知っている。
例え困難に直面して、どうしようもないと頭で分かっていたとしても……最後まで抵抗しなきゃいけないはず。
「私は……私は、まだ」
「んんっ? どうしたの突然」
「負けない」
「ふふっ、負けないですって? そんなに震えちゃって、誰かの助けも望めないのに……アハハハッ! 頑張るなんて、愚かなことね!」
笑い声は私の行動を面白おかしく感じているからだろう。
私だってそう思う。
無理して苦痛を長引かせるより、潔く諦めることのほうが絶対に楽だ。
でも、それは逃げているだけ。
現実に向き合っていない。
「アアッガァォッ……」
「アクアストリーム!」
魔法書をしっかりと握り、私は近付いてくるゾンビに向けて魔法を撃ち込む。
付近のゾンビは空高く吹き飛ぶ。
「無駄、そんなことしても、ゾンビちゃんはいくらでも用意してあげる〜」
「私はまだ諦めていないの!」
「あっ、そう。……なら、死ぬまでここから見ててあげる。ふふっ、アハハッ! あ〜、人間って本当に不思議な生き物。どうしてそんな茨の道を進もうとするのか、私には理解できないなぁ。大人しく死んじゃえば、苦しみからも解放されて楽になれるのに」
包帯の女性は腕を振り下ろす。
「名残惜しいけど、遊びは終わり。……ふふっ、死んでね?」
ゾンビの動きが活発になり、こちらに集まってくる。
多分、私を殺すように指示が下ったのだと、瞬時に理解できた。
魔法を撃つ。
撃ち続ける。
魔力が枯れるまで、詠唱する口は動きを止めない。
──しかし、そんなことがずっと続くわけもなく、魔力が底を尽きる。
私は付近にあった手頃な棒切れを握る。
「はぁはぁ、まだ戦える」
体力が切れるまで、魔力がなくても抗える。
背後にいる今にも息耐えそうなレジーナさんにチラリと視線を向ける。
彼女がいるだけで、私がこの場から逃げ出す理由はなくなった。
やるだけやる。それでダメなら、仕方がないのかもしれない。
精一杯私が生きたという証。
それくらいは残してやる──。
「私を倒しても……私の仲間が、貴女を必ず倒す!」
捨て台詞だった。
負け犬の遠吠え、恨み言のひとつも言わなければやってられなかった。
「ここまで頑張ったことは褒めたげる。偉いね〜……でもぉ、多分貴方のお仲間でも、私には勝てないよ。ふふっ、貴女を殺した後にそのお仲間たちも同じところに送ってあげる」
息が詰まる。
不気味な女性の言葉は真理のようであり、後悔の芽を私に植え付けてこようとしてくる。
いや、惑わされない。
【エクスポーション】の皆んなだったら、きっと──。
「……まだっ!」
残された時間は僅か。
精一杯抗い、私は頑張った。
意識のなくなる最後の瞬間、そんな風に思えればいいな。
「────!」
死を覚悟した。
けれども、全てを失う時は訪れない。
そんな私の前に現れたのは、
「どうも」
「あら……貴方どこから──?」
待ち侘びた人物は、私の前に立ち、頼もしい背中を見せる。
「あまり、僕の大切な仲間をいじめないでほしいかな」
「アレン……さん?」
金色の髪は、少しだけ煤に汚れ、されども高貴な立ち振る舞いは変わることがない。
【疾風の勇者アレン】
救世主が──頼れる仲間が私を助けに来てくれた。