【130話】スタンピードの悪魔(アイリス視点)
「アクアストリーム!」
目の前のゾンビを吹き飛ばす。
しかし、その数が減少することはない。
「おい、どうする?」
【神々の楽園】のレジーナさんは、爪を装着した拳でゾンビに応戦しているが、徐々に追い込まれているのが、傍目から見ても分かる。
モナちゃんやレオさんがいてくれれば、いくらか戦況を安定させれたのかもしれないけど、今ここにいるのは私とレジーナさんだけ。
旧教会都市の中央広場。
大きく開かれたそこは、ゾンビが蔓延る最大の巣窟であり、ゾンビが出現している場所でもあった。
真っ黒いゲートのようなものから、ゾンビが次々と出てくる。
無限湧き。
あのゲートを破壊しない限り、ゾンビの数が減ることはない。
「アッ……ァァ……」
──ゾンビが邪魔で、魔法が届かない。
黒いゲートに攻撃を試みようと思ったが、不可能だ。
突破口が見つからない。
その場で足踏みをしているしかない現状がもどかしい。
「目の前のゾンビを倒さないと……」
「けど、そのゾンビが次から次へと──これじゃあ、終わらないぞ」
「そうですよね」
方法はないのだろうか。
手詰まりに陥っているのか。
起死回生の一手。
それが確立されない限り、旧教会都市の問題は解決できそうにない。
「グオオォォォッン!」
「────!」
──最悪な展開。
ゾンビだけかと思っていたけど、それ以上に危険そうな化け物が姿を現す。
「おいおい、さっきまでと世界観違うじゃねぇか。大量に湧いてくる雑魚敵と戦う展開じゃなかったのかよ!」
レジーナさんは、目を大きく見開き、その怪物に一歩足を引く。
竜だった。
それも、生きていない竜。
……骨が剥き出しで、両翼には無数の破れた箇所がある。
しかし、弱っているという雰囲気はなく、逆に凶暴そうな赤く発光する瞳。
「だめ、勝てっこない……」
巨大な竜は、ゲートの真上に降り立った。
そして、その竜に跨る人影がある。
「たく、どうやら黒幕が出てきたみたいだな……」
「魔物を従えているの?」
「見るからにそうだろ。ちっ、アウグストがいてくれれば、あの腹立たしいヤツに一矢報いることができたかもなのに」
全身を包帯に巻かれ、その人物は不敵に笑う。
胸の膨らみから、その人物が女性であるということが分かる。
旧教会都市での騒動の原因。
「ふふっ……アハハハッ!」
甲高い笑い声は、周囲に響く。
ゾンビを従え、異様な竜を乗りこなす。
あれが全ての問題に関与しているのであれば、全て解決する。
「レジーナさん、あの人を狙います」
「了解、んで。どうやってあそこまで行く? 空を飛べたりなんていう都合のいいことはできないけど」
「レジーナさんを私の魔法であの竜の方へ飛ばします。あとは、なんとか──」
──この作戦は、レジーナさんに危険を背負わせるものだ。けれども、素直に魔法を撃ち込んだところで届かないし、多少のリスクを覚悟しなければ、あれらの類は倒せない。
「命懸けか……それも、たった一回」
「ほ、他の方法を考えますか?」
「いんや。それで行こう! どの道このままだと私たちの負けが決まるだけだ」
それを聞けて安心した。
他の方法なんて思い浮かばなかったし、ゾンビが這い寄ってくるこの状況下では、残された時間も少ない。
短期決着が必要なこの場面。
ゼロ距離からの攻撃であれば、レジーナさんの爪は相当な脅威となるはず。
──相手の力量は分からないけど、レジーナさんもSランク冒険者。簡単に封殺されるような人じゃない。
「では、行きます」
「ああ」
魔法の準備をする。
竜に跨る包帯巻きの女性に狙いを定めて、それでいて安全にレジーナさんを真っ直ぐ飛ばせるように威力の調整を行う。
──風魔法なら、安全にやれるし、速度も申し分ない。
一発勝負。
ミスれば次はない。
「ウィンドバレット!」
風の弾丸。
レジーナさんは、それに乗り件の女性に接近する。
方向はズレていないし、速度も計算通りのものであった。
──いける。レジーナさんなら、やってくれるばず。
「アハハッ、人間が来たぁ!」
「くたばれぇ!」
レジーナさんの渾身の一撃。
爪での攻撃は、確実に包帯を切り裂き、多大なダメージを与えた。
──そのはずだった。
「────っな⁉︎」
包帯は削がれたものの、竜に跨る女性に傷はない。
確かにその鋭い凶器は、身体に届いていた。
切り裂いていた場面もしっかり確認した。にも関わらず、包帯の女性は舌舐めずりをしながら、微笑を浮かべる。
「甘いよ。甘過ぎるよ! アハハッ!」
「ちくしょう……!」
「人間如きが、この私に傷を付けられるとでも? 面白過ぎて笑っちゃう」
風の弾丸の効果は切れる。
レジーナさんは、そのまま無防備に空中に放り出され、緩やかに落下していく。
「ばぁん!」
包帯の女がそう愉快な声で告げた瞬間、私の横を物凄い速さで何かが通り抜けた。
後方の壁に何かがぶつかる音、それと共に聞こえてきたのは、
「がはぁ……っ」
血を吐く乾いた音だった。




