【129話】忘れない約束(アイリス視点)
真っ暗な狭い通路を歩く。
怖い。
大切な人が失われるというものを初めて経験した。
でも、この手を握っている子だけは守る。
絶対に──。
……守れていたら、きっと私の未来も違っていたのかもしれない。
▼▼▼
隠し通路の出口が見えてきた。
しかし、いざ出口の扉の前に来ると、それを開けるのが怖くて仕方ない。
もし、開けた先、魔物が巣食っていたらどうしよう。
死臭漂う場所になっていたらどうしよう。
「──っ、はぁ」
深く息を吸う。
大丈夫。
扉の先からは何も聞こえないし、変な香りもない。
ゆっくりと扉を開ける。外部から差し込む光は、薄らとしたもので、時間帯は既に星や月が天に昇ってるような時であった。
「シーラ、行こ」
「うん」
穴から抜け出し、私はシーラの手を引いてひたすらにセントール子爵領を目指した。
抜け道を利用して、教会都市の中央地区からはかなり離れたけど、この場所も既に荒らされた痕跡が多かった。
──血痕だ。
足を止める。
道の先には、ズルズルと引きずられたような血痕と細かな肉片。
「うっ……!」
シーラは顔を歪め、口を押さえる。
何かがいる。
真っ暗な林道。
先が見えないのが余計に不気味だ。けれども、戻るなんて選択肢は私たちに残されていなかった。戻れば、教会都市を襲った怪物たちに好き勝手に殺される。
「アイリス、進むの?」
「うん。先に進むしか──私たちは戻れない」
──あの時の選択は間違いだったのだろうか。
今となってはそれすらも分からない。
戻れば私も死んでいた。
先に進んだから、シーラを失った。
どうすればよかったのだろうか。
「逃げて」
「振り返らないで」
「忘れないで」
「痛い、助けて」
「死にたくない」
頭に響く声が生々しく思い出させてくる。
魔物に襲われ、私を逃すためにシーラは犠牲になった。
「これを……」
最後にシーラは、私にとあるものを託してくれた。
虹色に輝く手のひらに収まるくらいの綺麗な宝石のような球体。
「いざとなったら、それを飲んで」
彼女の言った意味がその時は理解できなかった。
けれども、それがシーラが最後に私に伝えたかったことだったから、私は何度も頷いた。
「分かった。いざとなったら必ず──」
私は振り返らない。
がむしゃらに走ってその場から逃げ出した。
何も出来ない非力な自分が嫌いになった。
後方から、物音が聞こえてくるたびに目を瞑った。
──信じない。こんな現実。
【エクスポーション】に入ることになるまでの間、私は全てを失った抜け殻のような状態だった。
偶発的に引き起こされた悲劇。
今まで、そう考えてきた。
けれども、それは違った……。