【128話】蘇るあの時の悲劇(アイリス視点)
後悔ばかりの人生だった。
私の生きてきた道筋なんて、輝かしいものでもなんでもない。
教会都市にて生活していた3年前。
親の顔も知らず、私はひとつの教会に保護された孤児として、人生のスタートを切った。
──今日も平和。
孤児ではあったが、不遇な生活は送っていなかった。
衣食住が整い、それでいて私のお世話をしてくれたシスターたちも皆優しかった。
「アイリス。やっぱりここにいたか!」
「エッダくん、待ってよ〜」
友達もいた。
同じく孤児。
隣接している教会で私と同様に保護されている子。
名前は、エッダ。元気な男の子だ。
そして、はぁはぁと息を切らして、エッダの後から現れたのは、それなりの家柄を持っているであろうシーラ。親の仕事で立ち寄った際には、私とエッダに会い、よく遊んでくれていた。
「シーラは無理すんなって」
「だ、だって……」
エッダは心配そうにシーラの背中をさする。
シーラは裕福な家の子であったが、病弱な子だった。
「もう、エッダくんが走ってくるから」
「俺のせいなのか⁉︎」
「そう。シーラに謝って」
「えぇ……」
いつもの会話。
私たち3人は仲良しであった。
──あの時もそう。全てを失う最悪な日。
私は夕暮れ時まで2人と一緒に遊んでいた。
そして、その時は訪れた。
「おい、教会都市の壁が破壊されて、魔物が外から大量に入ってきたらしいぞ!」
教会都市が終わる日。
すぐに鎮圧されることだろうと、子供ながらに考えていた。
「なんだ。魔物だってさ。念のため教会に帰るか?」
「そうだね。シスターたちも心配するかもだし」
「あっ、私も行く。お父様が迎えにきてくれるまで!」
恐怖はなかった。
私たちは教会に帰還した。
大人しくしていよう。今日は残念だったけど、また明日遊べばいい。
そんな日は来ないのに、危機感のまるでなかった私はそんな風に考えていた。
「3人とも、ここに隠れてなさい! 私が戻るまで、絶対に扉を開けてはダメ」
緊迫した様子のシスターは、そう告げ、私たち3人を教会内にある最奥の部屋に入れ、そのまま重厚そうな扉を閉めた。
外から鍵が掛けられる。
教会の周辺では、悲鳴や大きな物音が無数に聞こえてきた。
「どうしよう……」
事態は明らかに私たちの予想を上回っていた。
「お父様、大丈夫かな……?」
「分かんねぇよ」
やがて、扉越しにシスターらしき人の悲鳴が聞こえてくる。
ぐちゃぐちゃと耳障りな咀嚼音。
私たちは耳を塞いで丸まった。
「私たち、どうなるの?」
シーラの弱々しい言葉は今でも頭に焼き付いている。
恐怖に怯え、外の様子も分からない。
扉越しに得体の知れないものが近付いてきたのは、そのすぐあとだった。
ドンドンッ!
「きゃっ!」
「落ち着けシーラ。アイリス、抜け道を使うぞ」
「うん」
ノックなどではない。
力任せに体当たりをしているような音。
頑丈な鉄で出来た扉が外部からの圧力によって変形する。
──大丈夫、抜け道を使えば逃げられる。
部屋の床には細い穴があった。
セントール子爵領に近い場所に通じている。
扉が破られたとしても、逃げればいい。しかし、私たちに残されていた時間は僅かだ。
「アイリス、急げ!」
「う、うん!」
隠し扉を開け、青い顔をしたシーラを先に穴へと入れる。
私も穴に入り、エッダを呼ぼうとしたその時だった。
ガシャンッ!
扉が破られた……。
「エッダ!」
「アイリス、扉を閉めろ!」
「で、でも……」
魔物がエッダのすぐめのまえにすぐ目の前まで迫る。
トカゲのような目がギョロッとした気分を害するような見た目。
震えが止まらなかった。
「アイリス……」
エッダが1番怖かったはずだ。
それなのに、エッダは最後に私に向けて涙目の笑顔を向けてきた。
「生きてくれ」
「──っ!」
私は、隠し穴の扉を閉めた。
グロテスクな音はついぞ聞こえてきた。
振り向かない。……振り向けなかった。
涙を我慢し、鼻声を抑えつつ、私は虚な目をしたシーラの手を引いた。
「行こう……」