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【126話】危険地帯に残る理由




 意識が蘇るのは一瞬であった。


「──っ!」


 仰向けに横たわり、やはりそのまま眠っていたようだ。

 違和感があるとすれば、固い地べたに頭を預けているという感覚がないという点。

 柔らかく、それでいて冷ややかな感触。


「……気が、ついた?」


 見上げれば、そこには真っ黒い服を着た墓参りの女性が顔を覗かせていた。

 身体に痛みはない。

 幸せな夢だったのかもしれない。

 それでも、あの夢はなんだか、妙にリアリティがあり、朧げに消えていく印象ではなく、ちゃんと記憶に残っている。


 ──【女神の心】って、なんなんだろうな。


「あ、あの……」


 控えめに小さく声を出す女性。

 そういえば、今どんな状きょ……っ⁉︎


 目が冴えた。それもありえないほどにすぐ。

 即座に頭を上げて、そのまま黒服の女性と距離を取り、土下座をした。


「すみませんでした。……ご迷惑をおかけしました」


 ──なっ、なんてことしてんだよ!


 頭にあった柔らかい感触。

 あれは、目の前の女性の膝枕のものであった。

 恥ずかしい。

 意識を失って、夢の中で意味の分からない場面に飛ばされて、目が覚めたら、膝の上で介抱される。どうしようもない自らを呪い殺したくなる。


 爆速で謝ってみたものの、目の前の女性は気にしていないと、頬を緩める。


「良かった……急に、倒れたから……どうしたのかと思って」


 女性は胸を撫で下ろす。

 こうも無防備に笑われると、なんとも言えない。

 心配してくれたのもそうだが、優しげな表情を浮かべている彼女は、本当にいい人なのだなという雰囲気が窺える。


「あの! お礼がしたいです。お名前をお伺いしても?」


「名前……私の?」


「そうです。俺は、レオって言います」


 会ったばかり、まだまともに名乗り合ってもいなかった。

 黒い服を着た女性は、そんなことは特に気にしていなかったようだ。

 俺の名前を聞き、特に感情の起伏も見せず、土下座したままの俺の方にゆっくりと歩み寄ってきた。


「私の名前は……ギフリエ」


「ギフリエさん、よろしくお願いします」


 聞き覚えはない。

 懐かしい感じがしたというのはやっぱり気のせいだったか。

 それはそうだ。初対面であるというのを自覚しておきながら、懐かしいなんて感想を抱くこと自体が間違っている。



「その、よければ俺に同行しませんか?」


 危険な場所に彼女を残していくわけにはいかない。

 保護も兼ねて、一緒に行こうと提案するが、ギフリエさんは、悲しそうな顔をしながら視線を逸らす。


「ごめんなさい、レオ……私は──」


 ギフリエがその続きを口にしようとした瞬間のことであった。


「グオオォォォッン!」


 ──今のは⁉︎


 そこまで遠くない場所からだろう。

 地面が大きく揺れるような雄叫びが頭に響くくらいの音量で聞こえてくる。

 ゾンビなんかではない。

 嫌な予感がする。

 身震いを挟みつつ、周囲にゾンビがいないことを確認する。


 ──問題ない。進路を塞がれたりはなさそうだな。


 有無を言わさず、俺はギフリエさんの手を掴む。

 こんな危ない場所に残していくことはできない。

 例えそれが、彼女の望まないことであったとしても、俺は彼女にまだお礼ができていない。


「行きましょう」


「行けません……」


 しかし、彼女はそれを明確に拒絶した。

 振り払われた手には、彼女の爪が僅かに付けた浅い傷。

 どうして?


「ギフリエさんも今の鳴き声を聞いたでしょう。この旧教会都市は危険なんです」


「それでも……行けない……私は、ここに残る」


「どうして……」


 危ないと認識はしている。


 その上で彼女は、ゾンビに襲われるかもしれない可能性を持ち続けても、この場所に残るという。

 ギフリエさんは、墓地に視線を向ける。

 その瞳は隠れていて確認できなかったが、多分、とても慈しむようなものであったと思う。




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