【117話】不安は募るばかり
「邪魔よ!」
「ギャァァォッ!」
モナの槍を振るう音が背後から聞こえる中、俺は前方から押し寄せてくるゾンビの大群を大盾ひとつで止めていた。
重い、臭い、気持ち悪い……。
気分は最悪だが、それでもここでしっかりとガードしていなければ、2人が満足に戦えない。
幸い、後方から来ているゾンビは少ない。
モナとアイリスの力量であれば、容易く対処できる範疇だろう。
──ただ、【腐食】によって倒せるゾンビよりも、こちらに寄ってくるゾンビの方が多いというのが問題だ。
少しずつ数は削っているものの、終わりが見えてこない。
どれだけの数がいるのだろうか。
「くっ……!」
押され始める。
物量で押し潰す気か……。
理性はないのに、目の前の俺たちを襲う点に関して、ゾンビは同じ目的を持っている。こちらに向かってきて、爪でひっかいてきたり、噛みついてきたりする。
「レオ、こっちは終わったわ!」
モナは、こちらに走り込んできてから、槍で俺の盾に張り付いたゾンビを薙ぎ払っていく。
「助かる!」
「それはこっちのセリフよ。個々はそんなに強くないから、レオが抑えてくれてるのが本当にありがたいの」
俺とモナが目の前のゾンビの大群を格闘を続けていると、アイリスが物凄い魔力を編み出す。
「2人とも、魔法で一掃します。そこから離れてください!」
俺とモナは、即座にその場から退避する。
「アクアストリーム!」
アイリスの放った魔法のとてつもない水流によって、ゾンビの大群は吹き飛ばされる。
宙に放り投げられ、地面に打ちつけられれば、流石のゾンビであっても当分の間は動けないだろう。
「アイリス、ありがとう」
「はい。ですが、また来るかもしれません。一旦この場を離れましょう」
俺たちは、ゾンビの湧いてきた方向とは逆の方へと走った。
▼▼▼
逃げ切った。
はぁはぁと呼気が漏れる音が、静まり返った物陰で小さく響く。
ゾンビの大群は、もう追ってきていない。
足音も聞こえない。
……助かったぁ。
「大丈夫か?」
疲労の色を滲ませるモナとアイリスに視線を向ける。
体力に自信のあるモナは、息を整えると全然大丈夫そうな感じである。しかし、それとは対称的に特大の魔法を撃ちかまし、その後長距離を駆け抜けたアイリスは、かなり苦しそうである。
「水でも飲むか?」
「は、はい……」
アイリスを休ませてやらなければ。
すぐには動けない。
周辺の様子見をしたい気持ちもあるが、こちらがみつかるリスクも大きくなるため、大人しくしていよう。
こじんまりとした空間に膝を抱えて座る。
「……狭いわね」
「文句言うなよ。他の場所だと見つかるんだから」
「そうなのよね。まともな場所がないなんて……やっぱりこんなとこ来るんじゃなかったわ」
盛り下がる空気。
んんっ〜、と窮屈そうに伸びをするモナは、不満げである。
「これからどうしますか?」
アイリスは、今後の予定を聞いてくる。
正直、あんなにゾンビが徘徊していると、動きにくいし、囲まれたらと考えるとこれ以上の探索はしたくない。
「落ち着くまで、ここでじっとしていよう……と言いたいところなんだけど」
「酔っ払いリーダーが心配?」
「ああ、大丈夫だとは思うけどさ」
ヴィランなら、異変に気付いているだろう。
それでも、あの場所にひとりだけで残っているヴィランのことが気掛かりである。
こんな状況。
アレンの安否も怪しくなってきた。
「……最悪な結果は考えたくないよ」
まさか、アレンがやられているなんてことは考えたくないが、それでも可能性としてはあり得てしまうというのが気分を悪くする。
「どっちにしても、今は動けないですね」
もどかしい気持ちは募るばかり。
俺たちは、ゾンビとの邂逅を避けるために息を潜めた。




