【114話】旧教会都市の闇
旧教会都市。
それは、魔物の巣窟である。
3年前に起こったスタンピード。
それによって、教会や孤児院の集合地帯であった教会都市は、完全に崩壊した。
今では、誰も寄り付かない。
生活感を感じさせる残骸と煤にまみれた廃屋だけが残される過去の場所。
まるでそこだけ時間が止まってしまったかのような雰囲気があった。
「それで、アレンは旧教会都市の調査に向かったと?」
「そうなの。最近、怪しい動きが見られたってことで、冒険者ギルドが調査隊を編成しているらしいの」
「旧教会都市。……よくあんな不気味なところに行く気になったわね。私なら行きたくないもの」
朝食のを食べ終え、俺とアイリスとモナは、旧教会都市という場所について話していた。
モナは不気味であると称したが、その感性は正しい。
魔物の襲撃から逃れられず、今なおそこに取り残された人々の思念が亡霊となって現れる。
そんな噂が立つくらいにあの場所は空気が澱んでいる。
「旧教会都市は、セントール子爵領に面しているから、少しでも不審な動きがあった場合見過ごせないってことらしいよ」
アイリスは心配そうな顔でそう告げる。
その場所に向かったアレンが大丈夫なのか気になるのだろう。
──旧教会都市。あそこは、何かと気になる点が多い。
これまでも旧教会都市が魔物に占拠された原因を調査しようと、多くの者が出向いたことは多々あった。
しかしながら、スタンピードに見舞われたというだけで、有力な情報は得られていない。
それでもなお、旧教会都市に対しての調査が度々ある。
不審点が多過ぎるからだ。
スタンピードに見舞われたとはいえ、あの場所はそう簡単に魔物が入り込めるような場所ではなかった。
外壁が厚く、人口も多いことから、見回りをする兵士や冒険者もそれなりにいた。
にも関わらず、旧教会都市が崩壊するのにかかった時間はたった半日。
これは流石に速すぎる。
「あそこの調査はこれで何回目になるのかしらね?」
水を飲みながら、モナは平然とした顔で告げる。
「何回目なんだろうな。多過ぎて分からない」
「そうなのよ。結果の得られないような調査を何度も繰り返して、意味のないことをひたすら続ける精神が私には分からないわね」
「そうは言ってもなぁ……」
自分たちの住まう居場所に危険が迫っているのであれば、動かなければならないのが冒険者ギルドというもの。
避けては通れないこと。
それに旧教会都市と言えば──。
「……本当に危ない場所、なんだよね」
「アイリス……」
アイリスの故郷。
彼女は、3年前のスタンピードから逃げ出せた子供の1人であった。
住み慣れた場所。
それが突如奪われた。
その後立ち入り禁止になり、アイリスは親しい人たちの安否も分からないまま、ヴィランと出会うまでずっと孤独に過ごしていた。
──アイリスにとって、あの場所は嫌な記憶を呼び覚まさせる場所。そこにアレンが向かったとなれば、不安にもなるだろう。
「心配する必要はないわ」
重々しい空気をバッサリと切り捨てたのはモナであった。
「アレンは帰ってくる。あの男がアイリスを置いていなくなるとか、考えられないもの」
アレンを軽んじた発言ではない。
彼女なりに確信を持った言葉であった。
それに、アレンはアイリスのことを気に掛けているし、アイリスを不安にさせるようなことはしないだろう。
俺は頷いた。
「モナの言う通りだ。アイツはきっと大丈夫だ。調査任務って言ってたから、そんなに危険な仕事でもないだろ」
「そう、だよね」
「ああ」
この時の俺たちは知らなかった。
アレンが本当に帰ってこないことを──。