【104話】モナと交わした約束
俺とモナは薄暗い通路を歩く。
決勝の舞台へ向けて、静かに歩く。
足音だけがコツコツと響き、言い表せない緊張感とやる気に満ち溢れていた。
「レオ……」
俺の先を歩くモナがそう呟き、歩みを止めた。
彼女は振り返ることなく、拳を握りしめる。
「どうした?」
「決勝前にひとつだけ言いたいことがあるの」
「言いたいこと?」
「ええ、大事なことよ」
──何だろうか?
決勝での戦い方の打ち合わせは既に済ませた。
確認事項も記憶する限りないはずである。
モナは、息を吐き、意を決したように口を開いた。
「武術大会が始まる前から、思っていたことがあるの」
「おう」
「せっかくだし、今それを言うわ」
モナは、握りしめた拳を胸の位置に置き、目を大きく見開いた。
「なんで、冒険者を続けるのに、こんな武術大会で優勝しなきゃならないのよ!」
──は?
「そもそも、私が冒険者を続けるのは決定事項だし、優勝したところで、『冒険者を続けてもいいぞ』とか言われたところで、やったー! って喜べるはずないじゃない!」
──いやいや、待ってくれ。
「モ、モナさん? それだと本末転倒な気が……」
そんな風に言ってしまえば、これまで優勝を目指して戦ってきた2日間にどんな意味があったのかと問いたくなる。
そもそもだ、これはモナが父親から出された課題に嬉々として挑もうとした結果である。
それこそ、これまでの戦いを否定するようなものだ。
けれども、モナが言いたいのは、そういうことではないみたいであって……。
「違うの。今回の武術大会は優勝してやるし、冒険者を続けてもいいようにお父様を見返してやるのも、私の中で決めてることなの。だから、ここまで戦ってきたのが無意味だとか、そういうことは言わない」
彼女は、今回の大会参加自体に文句を言いたいわけではなかったようである。
「だったら……」
モナの不満。
それを解消するのには、どういう部分が足りていないのだろうかと、俺は考え込む。
勝ってもそれは解消されない。
モナにとって、勝利は当たり前。
つまり、その先に何かが必要であるとモナは言いたいのか……。
……いや、それが何か分からないじゃないか。
俺が言葉の続きを言えずにいると、モナは改めて話をする。
「私が言いたいのは、せっかく大会で優勝したのに、嬉しいことのひとつもないなんて、納得がいかないってことなの」
──ああ、そういうこと。
つまり、モナは今大会で優勝したことへの見返りに不満が溜まっているということらしい。
俺としては、今後もモナと共に冒険者を続けられるというだけで満足であるのだが、モナ的にはそれだけでは足りないと訴えてくる。
「優勝したら、欲しいものがあるの!」
「欲しいもの、か」
モナは「だから」と付け加えて、俺に顔を向けてくる。
「レオ、この大会で優勝したら、私の欲しいものをプレゼントしなさい!」
……プレゼント提供するの俺かい。
まあ、別にいいけども。
ほんの少し前に槍をモナに贈って、ビックリするくらい喜んでくれたし。
だから、ささやかなモナのお願いを聞いてあげるくらい容易いことである。
「分かった。モナの望むものを渡すよ」
俺はモナにそう約束する。
モナと共に冒険を続けられるという部分さえクリアできれば、俺はもう十分だ。モナの士気が上がるのであれば、彼女の願いが何であれ、叶えてやろう。
……それに、モナの喜んでいる顔が俺は好きだしな。
モナは顔を赤くして、嬉しそうに微笑む。
「そう。いいんだ……うん。じゃあ、お願いね! 絶対よ?」
「ああ、任せてくれ!」
貯金は十分ある。
多少高価なものであっても、なんとかなるだろう。
モナが何を欲しているのかを色々と想像しつつも、俺はその約束を軽いものであると考えていた。
まさか、この時にした約束が決勝戦の勝敗を分ける重要なきっかけになるなんて、思いもしないで──。




