誕生日と歌の奉納
ティアの誕生日の撮影会です
春。
私の誕生日当日が来た。
両親や城の者達、騎士達には、ライリーの城の祭壇前で朝から「誕生日おめでとう」の言葉を貰った。
この後の撮影予定が無ければ今日一日ほっこりと幸せな気分で過ごせただろう。
軽く朝食を済ませ、複数の衣装を亜空間収納に入れ、神殿へ向かう。
領主夫妻と小さい弟まで出かけるので、城の守りにはまた、アシェルさんにお留守番を頼む事になった。
申し訳ありません。
いつもありがとうございます。
「帰ったら記録したの、見せてくれよ」
そう言うアシェルさんの希望を聞くと、とんだ羞恥プレイになるんだけど仕方ない。
今回、殿下達は神殿側の転移陣を使って来るので現地集合だ。
まず白いドレスで神殿へ向かう。
ラピスラズリの衣装は大きめなので引き摺らないよう、現地で着替える予定。
こちらは当初神殿まで馬車移動のつもりだったが、結局、移動が一瞬なので寄付金を払って転移陣を使わせて貰う事にした。
神殿へ、いざ、転移。
輝く転移陣の中から現れた我々を迎えてくれたのは、殿下達と、神殿関係者。
「誕生日おめでとう、セレスティアナ」
「あ、ありがとうございます。殿下。わざわざ出迎えまでいただいて」
「最初におめでとうを言いたかったのだ」
そう言った殿下の蒼い瞳は真っ直ぐにこちらを、私を……見ている。
……す、素直か! 健気で照れる。
殿下の側近や神殿の人も挨拶をくれた。
我々が転移陣上から移動したら、また魔法陣が光り始めた。
「あら? まだどなたか……」
眩い光の中から現れたのは、なんと、光を集めて編んだかのようなプラチナブロンドに、金色の瞳の、美しい聖下だった──。
「おや、どうやら、奉納歌の前に間に合いましたね。良かった」
え、歌──? まさかこの方、私の歌を聞きに?
「お誕生日おめでとうございます、セレスティアナ嬢」
「あ、ありがとうございます。聖下、あの、まさか奉納歌って」
「もちろん、本日は浄化の奇跡を起こした君の歌声が聞きたくて時間を作って来たんだよ」
そう言って、聖下が手を伸ばしてくる。
あ、握手かな? と思って、こちらも片手を差し出す。
彼はスッと指先を掴んで屈んだと思ったら、手の甲に唇の感触が触れた。
……キスだコレ──ッ!!
王子様や騎士のたぐいがお姫様とか令嬢にする、あの、ノーブル極まる挨拶のキスだ──っ!!
きゃ────っ!!
脳内で悲鳴を上げていると、一気に顔に熱が集まる。
「おや、お顔が真っ赤だ。セレスティアナ嬢は可愛いらしいですね」
聖下! 貴族風挨拶に慣れて無い、中身日本の庶民な私になんて事を──!!
恥ずかしさのあまり、思わず後ずさった後に、膝から崩れ落ちそうになる。
「あ、そう言えばあの手の挨拶、私もまだやって無かった!!」
殿下が聖下の次に私の手を取ろうと私の前方に足を踏み出したものだから、私はてんぱって、
「本日のキスの受け付けは、終了致しました!!」
などと、ふざけた事をのたまってしまい……本日の業務は終了いたしました。
またのご利用を──じゃないって言うの!!
「何だと? 明日なら良いのか?」
──違う、殿下、そうじゃない。
ショックだとか不満だという顔を隠さずに言うのだけど、
「ほ、本日は既に許容範囲を超えております……」
そう言ってキスから逃れようと、よろよろとした足取りで、お父様のマントの中に隠れる私。
こ、ここは安全圏のはず……!!
「申し訳ありません、ギルバート殿下。うちの娘はかなりの恥ずかしがりであり……」
「ティア、貴女もう少し、貴族の令嬢としての挨拶に慣れないと……」
お父様に庇われ、お母様に窘められるけど、顔が良すぎるイケメンが悪いよ!
マジで無理ですよ!
ちょっかい出す方ならいけるけど、される側だと恥ずかしい。
「……はぁ、父親の辺境伯にそう言われたら、どうしようもないな」
殿下はガッカリしつつも諦めてくれたっぽい。
「は、早く終わらせて帰りましょう」
私は羞恥プレイをさっさと終わらせて帰りたい。
ギャラリーが大物過ぎて辛いけど!
「セレスティアナ様、ご案内致します」
巫女さんに促され、お父様のマントで顔を隠したまま移動する私。
ギリシャのパルテノン神殿のような柱の立ち並ぶ場所に来た。
奥にステージのようなものがあり、床には絨毯が敷かれ、周囲には春に咲いた花々が美しく飾られている。
「こちらで一曲奉納をお願い致します。お着替えはあちらの幕内で」
巫女さんがステージを指して言うので、やはりあそこで歌うのかと、覚悟を決める。
私はお父様のマントから出て、着替えに向かった。
巫女さんに手伝われ、前世、本や映画等で見た、中世のギリシャ系女性の衣装に着替える。
白いドレスの上に、ラピスラズリの衣を纏う。
結局、腰のベルト代わりには、金属よりも金糸を使った刺繍の帯を使う事になった。
ラピスラズリの生地を傷付けないようにと。
着替えが終わって敷かれた絨毯の上を静々と歩く。
垂らした布は巫女さんが、花嫁のベールを持つベールガールのように持って移動している。
その姿を見た周りの者から、「ほう……」という、感嘆の声がもれる。
リナルドは歌の最中、レザークの肩の上にいると言っていた。
聴衆を見ると緊張と恥ずかしさでどうにかなりそうなので、神事を行うのだと、あえて気にしないようにした。
本日、神様に捧げ歌うのは、昔からこの世界に伝わる歌だ。
なので伴奏は神殿で用意してくれた人がやってくれる。
巫女が祝詞を唱えた後に、
傍に控えていたハープ奏者が指先をかき鳴らすと、それが合図だ。
「春を言祝ぐ歌」
風よ、森渡る、銀色の風
春を言祝ぐ者よ
木々の葉も水面も光纏う
花よ咲き誇れ
大地を彩る者よ 地に満ちよ
鳥達の歌声 響く 遠く高く
春を知らせ
緑なす大地へ
風渡る大地へ
芽吹く者よ
我が大地に命の祝福を
君に 空に 星に 大地に
捧ぐ祈り 祝福の歌
──私が歌い終わると、サーッと光が天から降って来た。
思わず周囲の者達も皆、空を見上げた。
雲の隙間から太陽の光がさし込んでいる。
「これは……素晴らしいな。この現象は天使の梯子か……天が、神が喜んでおられるようだ」
そう言った聖下の声が響いてから、湧き上がる聴衆。
巫女や神官、それに護衛騎士達や身内勢。
私の周囲に色とりどりの花びらが撒かれる。
どなたか、風の魔法使いが舞わせているみたい、魔力を感じる。
風に舞う青色の花びらをつい、目で追うと、蒼穹を思わせるような蒼い瞳の殿下と目が合った。
彼の美しい銀の髪も吹く風に揺れている。
記録の宝珠をしっかりと握ったまま、その美しい瞳はしっかりと私を捉えていた────
* *
その後にまた本格的な撮影会が始まって、右手は下に、左手は上に、手のひらは舞う花びらを受けるようにしてとか、横座りで角度はああでこうでと、ポーズの指示を色々出された。
私はグラビアアイドルじゃないのだけど!
なお、ライリー側の撮影者はお父様とお母様と何故か騎士まで参加していた。
──カメラマンは楽しそうで良いわね!
私も撮影する側にまわりたいな、などと考えていたら、聖下が私に向かって言った。
「ところで、私が贈ったリボンはお気に召して下さったでしょうか?」
ひえっ!
「も、もちろん気に入っております。今から髪型を変えて飾りますね」
私はあわててポニーテールにして、亜空間収納から取り出し、贈られたリボンを髪に飾った。
「ああ、とてもお似合いですね」
聖下は華やかな笑顔で喜んだ。
「微妙に複雑な気分だが、可愛いから記録せざるを得ない」
殿下、何も自分が贈った生地で作ったドレスと他の男性から贈られたリボンのコラボ状態で無理に撮影しなくても……。
この衣装のまま、リボンを飾ってしまったのは私だけど。
「聖下、パンの返礼にしては宝石を使ったリボンは豪華過ぎますよ」
一応このリボンはとても綺麗ですが、やり過ぎですとアピっておいた。
「いただいたパンがあまりにも美味しかったのでつい……。
ああ、お礼のお礼にいただいてしまったパンも大変美味でしたし、あの美しい蝋燭も、気に入りました。
ありがとうございます」
「特にいいお返しが思いつかなくて、あのような物で申し訳ありません」
「大変素晴らしいですよ。あの蝋燭には祈りも込められておりましたし、火を灯すとお守り効果がある尊い物でしょう」
「ええ、まあ、はい」
好みに合ったなら良かったけれど。
「聖下、そろそろお時間です」
「ああ、名残り惜しいが仕事に戻るとします、では皆様、ごきげんよう」
神官に声をかけられ、聖下は王都の神殿に帰って行った。
「この後、ライリーの城で誕生日パーティーか?」
「節目の10歳の誕生日ではなく、9歳なのでちょっと豪華な食事とケーキがあるだけです」
パーティーというほどの事はしないと、私は殿下の問いに偽りなく普通に答えた。
「其方の誕生日なのに?」
「ええ、10歳の誕生日の時には、お父様が私専用の護衛騎士を数人選ばせて下さるらしいのですけど」
「……っ!!」
ものすごく、何か言いたげな顔で、私を見つめてくる殿下。
「ええと、ライリーの城に、お食事をしに来られます……か?」
殿下はーーふう、と、深いため息を吐いた後に言った。
「それは是非とも。誕生日を一緒に祝いたいからな。まだプレゼントも渡していないし」
──と。
ギャラリーが増えて大変だったね。
ブクマ、評価、感想、コメント、ありがとうございます。




