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唱えた『せいひ』

 風に舞って、とけていく。透明の種だったモノ。きっと、本来の正妃候補(レジーナ)ならば泣き叫んででも惜しんだ課題(チャンス)が。見事な陣によって編まれた火炎魔法で、こうもアッサリ。

 たった一欠片すら残さずはたき落とすように動かされる白手袋を、レナはどこか呆然とした様子で見届けていた。だって、何を言えばいいの。

 自分が望まれていないなんてとっくに理解している。リケヴィルは直接行動で示しただけ。……それ以外に、何をどう行動に移せというのか。


「リケヴィルッ、王子、どうしてこのようなことを……!?」


 けれど、友人(サラ)はやさしいから怒ってくれる。

 あまりの剣幕に、別にいいのよ、と遮れなくなってしまった。ただ、どうしようもなく震える手を、そっと抑えることしか出来ない。

 大丈夫、傷つかなくていい。愛してもいない男の振る舞いで、わざわざダメージを負ってやる必要なんて……。


「お優しいですね、トレヴィラ嬢。咲きもせず終わった種を惜しまれるか」

「けれどリケヴィル様の手で処分せねば、きっと理解してもらえないと思われまして。オレンツィー嬢の大いなる勘違いへ繋がるのも困ります」

「“勘違い”? レナは正妃筆頭候補として正式に認められています。仮に想いが通じていなくとも、彼女を次期国母扱いで気にかけるのは血統的にも正しいはずだわ!」


 オレンツィー公爵家の『一人娘』。無論誕生までの経緯を見れば素直に歓迎されるものではないかもしれないが、レジーナが公爵夫妻の遺伝子情報をどちらも欠かさず持っている事実は変えられない。

 後に産まれた『弟』も同様、オレンツィーの血が子供達にはきちんと流れている。第一王子との縁談を真っ先に打診された点でも、レジーナの立場は揺らがないはずであった。

 たとえ伴侶となるリケヴィルと心を通わせられなくとも、高位貴族ならば政略結婚を視野に入れていて当たり前。不貞をしでかしたわけでもあるまいし、不当に彼女を傷つける行為は何者も決して許されてるべきではないのに。正妃候補の課題を取り上げたばかりか、台無しにしてしまうなんて。

 酷いを通り越している、とサラは吼えた。だがそれもどこ吹く風、リケヴィルもトールもレナへ向ける冷ややかな視線をやめはしない。

 二人ともまるで親の敵を見るかの如く、彼女をキツく睨みつけている。所在を失い、微苦笑を浮かべるばかりの友人が果たしてサラにどう映ったのか。


「……お二人の態度が変わらないならば、致し方ありません。本当は公の場で宣言したかったのですが、第一弾を今放って差し上げます」


 そう言って、聖妃候補は正妃候補の手を取った。あたしはいるよ、と告げる眼差しと確かな温もりに被ったレナの仮面が緩やかに外れる。令嬢らしい微笑から、素の感情を通した動揺へ。

 ねぇ、どうして。唇が動ききる前に、焦げ茶色の双眸は男達を射抜いていた。


「レジーナ=オレンツィーは聖妃候補(あたし)の“蝶”です。疑うなら調べてください。真っ白なルミネパピヨンを、既にこの子に渡しています」

「――ッ!」


 サラの宣言で、彼等は明らかに顔色を悪くした。聖妃候補についての詳細を知らないレナだけが、意味が分からず首を傾げている。


(白いルミネパピヨン、って。あの、サラが私にくれた魔道具よね? ……何か、特別な意味合いでもあったのかしら)


 それこそリケヴィルとトールが揃って絶句する“何か”が。

 しかしいつまで経っても誰も何も言葉を発さず、重たい沈黙が第三庭園内へ漂っている。事態を進展させようにも、そもそも何故二人が驚愕したのか突き止めていないため、的確な反応を投げられない。

 それでも、サラは掌へ込める力を強くした。どんなに友人(レナ)を置いてけぼりにしても、繋ぎ止めると決めていたから。


「……チッ、」

「! リケヴィル様!」


 数分の膠着状態のち、一番最初に折れたのはリケヴィルだったらしい。舌打ちひとつ落として、無言で“遠所転移”を発動させた。

 まさかの、そして突然の無詠唱。残されたトールも彼を追おうと慌ててサークルを呼び出していく。


「……あの方のためにも、貴様の思いどおりになどさせやしないからな」


 最後の最後で、もう一度レナの心を刺すのを忘れずに。


「ちょ、醜い最後っ屁なんて残してくんじゃないわよアホンダラ!」

「いいよ、サラ。……いいの、もう」

「レナ、」


 こちらとしては、ようやく届いた制止の声を噛み締めるのが関の山で。

 彼等がいなくなっても離されないサラの手に、安堵の笑みを浮かべるくらいしか取れる行動コマンドが見当たらなかったのである。

正妃、聖妃、正否。

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