焦げついた光景
(あぁ、なるほど。これは確かに綺麗な外見だわ)
五歳より婚約者として縁を結んでいるものの、未だ直接出会ったことも無かったレナはリケヴィルの顔を一切知らされていなかった。
原作ゲームをプレイしていたサラから、
『第一王子はねー、なんていうかこう……絵師さんが神だったおかげでルックスはレベチなんだよね。うん、性癖は全然スタンダードじゃないけど』
そう伝え聞いていたため、アッシュブロンドでスミレ色の瞳を持っているのはそれとなく把握していたが……。透き通りそうな肌も相まって、間違いなくメイン級の顔つきだと分からせられる。いや、事実パッケージヒーローではあるのだけど。
THE・正統派(?)王子オーラ漂う彼が、そう遠くない将来サラを追い回すようになるかと思うと。近づきがたくて落ち着かないのは、果たして自分だけで済むのか否か。
「ぶつかってすまない。トレヴィラ嬢、怪我は無いか?」
「え? ……あっ、いえ、ありません、けど。あの、わたしのほうこそ、よく見ていなくてすみませんでした」
期せずして発生したイベントをどう傍観していいか分からず、静かに混乱するレナを置いてリケヴィルとサラが比較的穏やかなやりとりを繰り広げている。ここだけを切り取って拝めば、すわ少女漫画かはたまた乙女ゲームかと騒がれてもおかしくない。本来は眼福とみなしていいところなのだ。
……彼がとんでもヤンデレ精神の持ち主で、後々婚約者レジーナを陥れてまで主人公サラを手中に収めてみせる男だという前提さえ無ければ、だが。
(それにしても)
レナからすれば、寧ろこちらへの蔑みを隠そうともしない彼の視線を誰かどうにかしてくれという感想しか持てずにいる。
リケヴィルのすぐ側に控えるあの緑髪は、以前メイドから教えてもらった記憶が間違っていなければ、彼の従者としてずっとリケヴィルを護衛し続けているトール=セヴィロ侯爵だかいう青年だったか。まだ二十代前半にも関わらず、王立騎士団の一部を任されている超絶エリートだと先日サラが情報を補足してくれた。
うん、彼女が知っている時点でなんとなく察せられたとは思うが、トールもまたヤンデレ要員である。主を裏切ってヒロインとの恋愛に耽るパターンと、主と彼女を“共有”するパターンが実装されているとかなんとか。
成人指定ゲームだったら十中八九3…ホニャララしていた男だと思うと、邪魔者を睨みつけてくるのはある意味当然の行為なのやもしれない。
だとしてももうちょっと敵意を抑えろと思わないでもないけども。
(素人である私にも分かる殺気って、それ騎士としては未熟なんじゃないのかな)
とはいえ、リケヴィルが制止しない辺りトールの視線は第一王子公認のものとして処理していい問題だろう。彼等はレジーナ=オレンツィーがとにかく目障りで仕方ないはずだ。たった数秒すら会う機会を設けてくれなかったレベルで。
「しかし、このタイミングで会えたのは幸いでした。トレヴィラ嬢にも是非見届けてほしかったものですから」
「見届けて、ってこちらの第三庭園に一体何があるのでしょうか。確かに見事な彩りですけれど……」
「いえいえ、そんなありきたりなものではございませんよ。――トール」
「はい。……オレンツィー嬢、失礼致します」
「!」
取り繕った笑顔を浮かべていたのが災いしたか、冷えたスミレ色に命じられて動いたトールの掌を見えているのに避けきれず、持っていた種を奪われてしまう。
正妃候補が育てねばならない大切な二粒の透明は、あれよあれよといううちにリケヴィルの手の中へと渡り、
「“徒花のもとよ、煤けてしまえ”」
――制止の声など一切届く余地も与えられず、彼の唱える火炎魔法で跡形も無く灰へと変換されたのだった。