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白い蝶々と作戦会議

 さて、乙女ゲームで『友情』エンディングを求めるとき、果たしてどのような行動を取ればいいのか。何事もケースバイケースなのだからゲームにもよる、としか言えないのが正確なところだけれど。実装されていない、即ちそう作られていない世界で結末を共にするほど一緒にいるには、相当骨を折らなければならなかった。

 特にレナは前提である乙女ゲームの知識が乏しく、メディアミックスされているタイトルですら知っているものと名前くらいがやっとな程度を同居させている不馴れっぷり。

 いわゆるオタク的な嗜好を持っていても、見ているジャンルが違えばやりかたが変わってくるのは当たり前といえば当たり前。

 おかげで道を切り開こうにも、当面はサラが大体なんとかする方法しか残されていなかったりして……。


「ご、ごめんなさい。あの、もうちょっと頑張れたらよかったのだけど」

[あはは、まぁそれも想定の範囲内だしなー。どっちにしろ、『選択』しなきゃいけないのは主人公(あたし)なんだから中途半端に知識持ってるよりはマシだったんじゃない?]


 肩を落とすレナの横で、真白き蝶がヒラヒラ舞っている。『ルミネパピヨン』――主人公(サラ)にしか扱えない物のひとつで、彼女に宿る『聖なるチカラ』で活動するシャレオツ電話みたいな魔道具だとか。

 レジーナ主軸のスピンオフ漫画ではあまり描かれていなかったが、どうやらタイーブ王国では身分を問わず母親の妊娠が発覚するたび“とある期待”を抱く風習があるらしく、このルミネパピヨンの覚醒もそこに含まれていたようだ。


 タイーブ人は、王家も含めて数百年ずっと待ち焦がれ続けている。【始まりの聖妃】と呼ばれた彼女、あるいは彼女の能力を持った少女がいつか再び王国へ(あらわ)れるのを。

 聖妃の(もたら)した奇跡を発展した現代でもう一度手に出来れば、王国は末永く発展し他国に二度と脅かされない領域まで到達出来る。

 故に、産まれる子は女でないか、()()()()()()()()()()()()()()()()がタイーブでは重視されていた。『ヤンデレ☆きんぐだむ』が複雑な人間模様を描いていたのは、その世界観設定も大いに関係してくる。

 それは【完璧な王妃候補筆頭】レジーナ=オレンツィーが美しい銀の長さと艶を常に整え、『主人公』サラ=トレヴィラが焦げ茶色を伸ばすよう物語の途中で命じられる点で察せられるだろう。

 そう、レジーナはそんなところでも完璧なのだ。というか、頭髪に至っては染めてこそいないが銀色として産まれてくるよう“調整”されたのが実態である。何を隠そう、スピンオフで発覚したエピソードがレジーナ=オレンツィーの正体……改め、背負わされた過去を紐解く内容だった。


 野心家を極めたオレンツィー公爵夫妻は、一族内から聖妃の再来を輩出することで王国を乗っ取る計画をもう随分と前から進めている。

 手始めに聖地管理の権限を手に入れ、聖地内で秘密裏に『実験場』を建設した。『実験場』では、公爵の精子と夫人の卵子を専用培養液の中で混ぜ合わせ、更に複数のパターン異なる要素を加えたくさんの赤ん坊をつくっている。より純度の高い魔力、より鮮やかな銀色の髪を目指して。

 げに恐ろしきは、律儀に年月を経ずとも三日程度でそれなりの結果が表れる圧倒的時短方式の便利さとでも言うべきか。あるいは、聖地で人工授精計画を進行させる真横で自身も肉体を交わらせていた公爵夫妻のメンタリティーの危うさを指すべきか。

 どちらにせよ、数年間『実験場』は稼働され続け、何十人もの“失敗作”を廃棄した結果【究極の完成形】がタイーブに顕れる次第となった。

 魔力計量器を破壊するほど高い魔力を持った、誰もが見惚れる見事な銀髪の赤ん坊。ようやく産み出された、自分達の悲願を達成するための『娘』。

 彼女ならば間違いなく玉座を獲れると信じ、夫妻は既に失われた数百年前の文献に綴られていた響きを名前として与えた。

 【Regina】……意味は旧言語で『女王』。個体名【Regina】は公爵令嬢という立場上、第一王子との縁談を結びやすい。

 王宮へ送り込んでしまえば、こちらのものだ――


 そんなレジーナ=オレンツィーが、幼い頃より両親に立派な令嬢として振る舞うよう言い聞かされ、自身の銀髪を保ち続けることこそが唯一の命綱であると心得ていた少女が、サラ=トレヴィラの存在を知ったとき。

 一体どれほどの絶望を抱いたことだろう、とレナとサラは思いを馳せる。

 慣れない令嬢生活で失態を犯すサラ=トレヴィラは、銀とは程遠い髪色をしているにも関わらず聖なるチカラに目覚め、挙げ句の果て第一王子を中心としたヤンデレメンズに囲まれる日々を送る人間だ。

 レジーナ=オレンツィーの存在意義をすべて奪い、その上で(たとえ何人か歪んでいても)たくさんの人々から愛されている健気な美少女。


[それでも、“レジーナ”は“サラ”を殺さないどころか痛めつけすらしないんだよねー……。【レジーナ派】ってのはいたっぽいけど、周りが勝手に名乗ってただけで本人何の関与もしてないっていう]

「私は本編をやってないから、レジーナが何を思って何の手出しもしてなかったのかまでは分からないけど。多分、()()()()()()()()()()()っていうのが本当に正しいんだろうな。令嬢として失敗したらどれだけ大変な目に遭うのか、レジーナが一番知ってるから」

[……正妃教育、聞いてるこっちが頭おかしくなるレベルの厳しさだったもんねぇ。それをいつサラがやるんだって流れになっても動けるようにしてたんだろうなぁ]


 余程無理を通さない限り(まぁゲームの彼は通すのだけど)、男爵令嬢が正妃として迎えられる展開は無い。いくら聖妃の再来といえど、王家の血とレジーナの魔力が合わさった子を越える価値には及ばないからだ。なにせ聖なるチカラは遺伝しないものだと認識されていたので。

 とはいえ、王子自体がサラを強く望む都合で彼女を妾妃として扱うならそれなりの妃教育を施さねばならなくなる。そしてその教育は、年齢と立場も鑑みるなら正妃(候補)たるレジーナ=オレンツィーが務めるのが采配的に妥当だった。

 レジーナは厳しい正妃教育をこなした完璧令嬢、サラや王子と同じ年齢なのも手伝って妾妃の支援を任せるにはこの上ない人物である。

 物語序盤こそ、一夜にして貴族生活をしなければならなくなった同級生への手厳しい彼女なりのフォローで済んでいたが、ヤンデレ王子が頭角を表した瞬間恐らくレジーナは察したはずだ。

 第一王子(リケヴィル)の心はサラ=トレヴィラにあり、このままサラを王宮へ迎えれば彼女のほうが恥をかいてしまう。『主人公』が攻略キャラクター達と近づく毎にレジーナの“指導”が増えたのも、つまりは、全部サラの将来を考えて……。


「すごいね、本家レジーナ。誰よりも皆のためを思って動いてた」

[そうなんだよ~~~。なのにゲームコンセプトのせいでレジーナだけが助からないの。おかしいでしょどう考えたってバグとしか思えないわ。尤も、()()だったんだって確定したのはスピンオフからだけど]


 何度も言うが、ゲーム本編ではレジーナの過去エピソードは伏せられていた。それが『ヤンデレ☆きんぐだむ』そのものが人気になり、漫画化され、視点としてユーザーが気になっていたレジーナ編スピンオフが公開されたときの心情たるや。

 やりこんだファンほど本編のレジーナの健気さに心を打たれ、報われなさすぎて泣いた。随分とレジーナ救済二次創作も横行したようだ。かつてのあたしも書きまくったもんだよ、とは通信相手の言。


[公式が一回だけ企画したんだよね、人気投票みたいなやつ。そこの中のひとつに、“主人公の相手としてあなたが相応しいと思う人物は~?”みたいなのがあって。あたしも入れたけど、もう桁違いでレジーナが一位獲ってたもん。あれは完ッ全に乙女ゲームの概念崩れてたわ]


 タイトルからして、無類のヤンデレや愛され好きが集うゲームである以上、多少他のキャラクターにも票が入ってはいたけれど。

 公式スピンオフであそこまで切ないレジーナ=オレンツィーという女の子を知ってしまったら、ユーザーとしては彼女が少しでも報われるルートを求めるしかなくなってしまっただとかなんとか。

 結構な数の人間が集団幻覚を見続け、レジーナを妄想の世界で生かしていた。処刑ではなく、修道院への追放で済むとあるキャラのルートが支持される流れもあったらしい。


「サラが“レジーナ”推しになる理由、分かる気がする。話を聞く限りだと、めちゃめちゃいい子だもの。そりゃ死なせたくないよね」

[でしょ? でしょ? ってことで、あたしはあなたを死なせないために頑張るからね。ステータス上げとか、色々]


 王立学園内に封印されていたルミネパピヨンを、サラがうっかり目覚めさせてから三日。次の休日、王家に呼ばれているのだと彼女は語った。

 そこで王と話し合い、聖妃の再来が降臨した旨を王国内に周知するまでが共通プロローグなのだとか。それが終わったら本格的に物語も始まり、サラは聖妃覚醒を目指して勉学やら何やらとにかく自分磨きをするよう求められる。

 育成如何によって聖妃ルートや魔法士ルート、魔法騎士ルート等に分類されると聞いてレナは苦笑した。職業チョイスも含めて、やはり“レジーナ”との道を拓きにくくなっていると痛感する。上等だよ、と彼女は蝶の向こう側で笑っているけれど。


[身分差とか外野の声とか、そういううるさいの全部はねのけたいからなんだってやる。絶対諦めてやらないんだから]

「そっか。……ありがとう、サラ」

[なんのことやら。言ったでしょ、あたしにもメリットあるんだって。レナは気にせず、ずっとあたしの側で笑っててよ]


 ヒラヒラと、ルミネパピヨンが羽ばたいて。形にならない光の鱗粉が寮のベッドへ腰かけるレナの膝に降り注ぐ。見た目は触れれば消えそうなのに、案外しっかり佇んでいる様が持ち主に似ているなぁと思いながら。彼女は静かな相槌を打った。


 ――ルミネパピヨンの真の意味と、サラの覚悟にも気づかないまま。

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