あなたの涙が、SOSを伝えていたから
「……その前に、ひとつ確認しておきたいんだけど」
“レジーナ”は、“サラ”と『友情』エンディングを迎える気があるか。
サラ本人が確かめたいこちらの気持ちは判明したが、肝心なのは寧ろ逆転させることだと続けるレナ。そもそもどうして、彼女はレジーナを助けようと思うのだろう。
いや、【推し】だという話は聞いた。聞いたからこそ余計、レジーナとレナの解離を認められないのではないかと疑問である。
だって、自分の『設定』はともかく性格はどう考えても気高いレジーナ=オレンツィーのそれではない。大人しくて心優しいはずのサラ=トレヴィラが、前世の記憶を取り戻して快活な少女になっているように。
【推し】ならば尚更、レジーナらしくないと見なす場面なはずだが……。
「私、ポジションがレジーナだけで、あなたの推してる素敵な公爵令嬢じゃないのよ……? わざわざ、あなたが手を伸ばす必要なんてどこにも、」
ぎゅっと、ちいさく拳を握る。いつの間にか身についた癖だった。祈りも、諦めも。
どちらも内包したレナの仕草に、サラは「それがどうした」とばかりに眉を上げ、
「あたしだって、何も悪いことしてない人が処刑されるのを泣きながら黙って見送るだけのオンナノコじゃないですよ。“本家”が見たら怯えられるくらいにはワガママで扱いにくい自信もあります。
でも、自分が進んでそうしていくことに戸惑いはありません。好き勝手に生きて上等じゃありませんか。だって、同じ人生をもう一度やれはしないんだから」
“あなた”だって、そうでしょう? そう、強気な笑みを浮かべている。
転生者だからこそ、来世があるのに期待はしても前世の未練が拭いきれるものではないと知っているはず。また、この『ヤンデレ☆きんぐだむ』において、悪の道を極めたわけでもない“レジーナ=オレンツィー”が死ぬ道理なんて何も無いことも。
あたしは、少なくともそうなんです。躊躇いなく手を伸ばしてくるサラ。彼女の掌には、複数の擦過傷が残っていた。
元々市井で過ごしていたサラが、男爵令嬢らしく貴族生まれなら誰でも扱える魔法を短期間で叩き込まれていた証。まだ魔力コントロールすらままならない状態なのに無理矢理教えられたせいで、制御しきれず暴発で終わった結果行き場を失った自身の魔力が襲いかかるために出来る現象だ。
物語が始まる前から、彼女が『主人公』として働かされていた残滓を見せられ、思わず必要以上のやわらかさで彼女の手を取ってしまう。レナがハッとしたときには、嬉しそうなサラが握り返していた。
「……大丈夫、あたしにだってメリットはあるんですよ。茹だった恋愛脳野郎共と結ばれなくたって済むし、必ず泣くって決まってるあなたの未来を救ってあげられる自分、なんてめっちゃくだらない自尊心だって満たせる。
そういう意味で、あたしはあなたを『利用』します。だから、あなたもあたしに対して『そう』してもいいんです」
お願いだから、あたしと生きてよ、レナ。
桃色の唇で紡がれたのは自分の名前。恐らく一般的なレジーナの愛称ではなく、かつての富宮玲奈を指して。
前世について詳しく明かしてはいないけれど、互いの警戒が揺らいだ最初のきっかけは転生前のほうで淀みなく自己紹介出来た瞬間なのである。
あたし、鈴城咲空って呼ばれてました。その一言に戸惑わず富宮玲奈と返せた時点で、自分達しか伝わらない秘密と真実を共有したようなもの。
十五年間、振り分けられた『役割』に翻弄され、またその結末を良しとはしていない同士。
サラの宣言に、レナは瞬きをした。透明な筋を幾つも溢れさせながら。
「……私だって、選んでいいなら、“あなた”がいい」
心優しく大人しいだけで終わる『サラ=トレヴィラ』では、きっと思い浮かばない選択肢。
生まれ変わり、前世から破天荒さをインストールした主人公だからこそ成せる奇跡。実装されていない『友情』エンディングへの提案は、世界を引っくり返すに等しい所業にも関わらず。
実際のところ、なんとなくの粋を出ないが勝算も少しあったりする。
カフェテラスで彼女と勢いよくぶつかった時点では『レジーナ』の台詞をなぞる行動しか取れなかった自分が、「助けたい」と願われた瞬間から自由に動けているのが期待を込めて掲げる根拠のひとつだ。
まるで強制された枠組みを取っ払われたみたいに、今のレナは自分の意志で立っていられるので。
「お願い、私の手を取って、主人公」
それは彼女が、正確にはその立ち位置が『ヤンデレ☆きんぐだむ』のヒロインのものだから。
物語を変えるため、未来を選び取るためには欠かせない要素。“シナリオ補正”が、サラの味方だろう。彼女に選ばれ続けている限りは、レジーナ=オレンツィーも多分範囲内でいられる。
「――もちろん!」
華やかに綻んだ彼女の微笑。
“約束”が交わされた証明の手繋ぎ。
かくして、『主人公』と『ライバルキャラ』は、本家ゲームに存在しなかった結末を掴むべく『本編』を進んでいこうと互いに誓ったのだった。