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You are 『XXX』.

「あたし、レジーナ推しだったんですよ」


 中庭でサンドイッチを頬張りながら、『ヤンデレ☆きんぐだむ』のヒロインであるサラ=トレヴィラ男爵令嬢が自分視点での“これまで”を振り返る。

 昨日はカフェテラスで見るこちらが可哀想なほど縮こまったまま走り去ったにも関わらず、今日になってからの彼女はやたら明るくて強引だった。

 レジーナの机にいつの間にか手紙を仕込み、それが中庭への呼び出しだったので避ける必要も無いかと来てみれば……。

 改めて謝罪と転生者COをかまされ、危うく脳内がオーバーヒートしかけたレナを落ち着かせたのもサラなのだから全く話についていけない。

 とりあえず互いの自己紹介から、と促しても「でもあたし、あなたのことめちゃくちゃ詳しいですよ」の一言で終わってしまった。因みにその詳しい、は事実だったのだからまた空恐ろしい。

 両親ですらきっと知らない好き嫌いを当てられたときは素で引きつった声が出た。どうも原作の設定資料集に載っていた基礎プロフィール欄が情報提供元らしい。そんな物が存在していた辺り、やはりここはゲームの世界なのだなぁと再認識させられた。

 レジーナ=オレンツィーがどうしたって酷い目に遭う場所なのだ、と。


「じゃあ、やっぱりあなたもあのスピンオフで……?」

「や、あたしの場合はゲームやってたときからですね。“待って、レジーナって別に変なこと言ってないよなぁ?”って。サラが貴族社会に不慣れなのは事実だったしね」


 サラ=トレヴィラは、トレヴィラ男爵の実の娘ではない。男爵が今の妻との政略結婚のため当時許されず、本来心の底から添い遂げたかった女性の産んだ子供という微妙な立場にいるのが彼女だった。

 女性亡き後、保護する目的で男爵が養子としてサラを迎え入れたのが関係の複雑さに拍車をかける。案の定、当時の男爵夫人は“娘”が出来るのにいい顔をしていなかった。

 けれど、夫人は主治医に貴女は子を宿しにくい体質だと診断されている。いずれにせよ男爵家を継ぐ男子が必要になるのだから、前段階として“娘”を受け入れても問題は無いはずだと男爵は主張した。

 彼の(こじ)らせまくった初恋が、一夜にして少女を市井の者から男爵令嬢に……というのが、彼女の説明する『主人公』の『設定』。


「なんていうか、ヘビーだね」


 思わず漏らせば、「乙女ゲーの設定だと重くないバックボーン持ちのほうがいないでしょうね」とのお言葉が返ってきた。

 怖すぎるでしょ、乙女ゲーム界隈……。そう思いつつも、重量感マシマシな過去があるからこそ『主人公』と出会って変わった現在を起点に、幸せな未来を紡いでいけるものなのだとも感じられる。

 あくまで、成人指定ゲームでなければ、の但し書きはつくが。


「でも、いきなり環境が変わったんだから大変だったでしょう。家庭教師とかもつくわけだし」

「んー、そりゃまぁ、それなりのメリットとデメリットは両方ついてまわりますけど。ちっちゃいときからずーっと正妃教育させられてることに比べたら、大したことないと思いますよ?」

「それは……」


 彼女は慰めるように笑ってくれるが、レナからすればその正妃教育こそ大した苦労も無くこなしてきた学習に過ぎなかった。

 『レジーナ=オレンツィー』で在る限り、『設定』がレナを優秀な令嬢で留めているから。


「? ……あぁ、もしかしてレジーナさんも『設定』に振り回されたりしちゃってます?」

「! どうしてそれを、」

「だって、真っ先に察してあちゃーってなったのあたしですもん。信じられます? 家庭教師も義理の兄弟も庭師の息子も、あたしの回りの男がみーんなヤンデレになっちゃうんですよ!」


 曰く、家庭教師シルバー=クラークは彼女の握ったペンで自分の唇をなぞるのが好きであったり。

 曰く、義理の兄エドワードがサラを模した人形で着せ替えショーするのが日常茶飯事であったり。

 男爵家へやってきてから向けられる男達からの感情が、明らかに異常な性欲を伴っているのだとか。


「それもう、ヤンデレを通り越してヘンタイなんじゃ……!?」


 あっけらかんと話すサラが信じられず、思わず拳を握り締めた。間違っても笑顔のまま話していい内容ではない。

 本人は「“あたし、もしかしてサラじゃね?”って気づいた時点で覚悟してましたんで」の一点張りだが、ヤンデられる覚悟というのもまた奇妙なものではなかろうか。

 ドン引くレナに、「いやぁあたしだって絶望したことはあったんですよ~?」と彼女は畳み掛けた。当然の流れで抱いた混乱も、一晩経って辿り着いた発想の転換で乗り切ったのだと。


「発想の転換……?」

「『ヤンデレ☆きんぐだむ』にはシミュレーション要素があります。“あたし”がどう動くかで未来が決まる。つまり、一度本編さえ始まってしまえば、あたしは『設定』に縛られなくなる!」


 勿論、元々の目的が“サラ=トレヴィラがヤンデレ男性陣に愛される”話なのだから、その部分の解決は見込めないけれど。

 好き勝手に行動して、選んで求めた結末を進んでいけるはずだと髪と同じ焦げ茶色の双眸は高らかに語った。


 ――あぁ、それは紛れもなく『主人公』にしか放てない輝き。

 いつだって何かを変え、誰かを救うのは彼等彼女等の役割なのだ。恐らく正しい“シナリオ補正”の扱いかたを、彼女は十全に理解している。ただ、振り回され続けるだけの自分(レジーナ)とは違って。


「……だから、ね。えへへ、ここで話が戻るんですけど。あたしは、あたしが動かすサラ=トレヴィラは、あなたの手を取ろうって決めているんです。

 レジーナさん、お願い。改めてあなたに訊かせてください」


 あたし、あなたとの『友情』エンディングを望んでもいいですか。


 食べ終わったサンドイッチの欠片をはたき落としながら、サラは先程とはうってかわって真剣な表情をこちらへ寄越してきた。

あなたは、しゅじんこう。

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