終わりに向かって始まるよ
とうとう第一王子と出会えないまま、本日レナは十五歳の誕生日を迎えた。幸か不幸か、一度も暗殺者に狙われることも無く。
しかし、どうやら代理を用意しているらしく世間ではレジーナ=オレンツィーとリケヴィルの仲は相当良好なものだと定着されつつある。王子がレジーナの魅力に骨抜きにされているだとか、レジーナのデビュタントではそれはもう美しいダンスを拝めただとか。
本人としては、本人の行かないデビュタントってあるんだーと大いに皮肉ってやりたい気分だが、誰一人咎めない“現実”をわざわざひっくり返してやる意味も無いのでやめておいた。ただ、デビュタント用の特別なドレスや宝石を纏う機会すら失くなったのだと認識するだけ。
心も表情も凍りつかせた状態で、彼女は王立学園の門を潜っていく。タイーブでは、十五歳になったら絶対この学園へ通うよう定められているのだ。国民達の魔力適性を把握しておくには学園の形をしていたほうがスムーズだったかららしい。
さて、それはともかく何度も言うが『レジーナ』は【完璧な王妃候補筆頭】である。磨かれた美貌で他の生徒達が注目するのも想定の範囲内、と表せば正しいような微妙なような。
どちらにせよ、彼等の上げる声をいちいち拾えるほどレナに余裕など無いに等しかった。例の過去編スピンオフ漫画では、入学式へ向かうレジーナの背中で最終回を迎えている。即ち、ゲームのメイン舞台は王立学園のはずだ。
ここで『主人公』に出会い、物語は始まっていく。レジーナ=オレンツィーの終わりへ向けて。
(っていうのは、まぁ、予想してたし待っていたからいいんだけどさ)
ところで、一体“自分”は学園内のどこで『主人公』と遭遇するのだろう? 原作をプレイしていないのがまさかここにきて響くとは思いもよらなかった。シナリオを順当に進めるには、彼女を探しておくのは必須事項なのに……。
何日経ってもそれらしい姿が見当たらない。寮内名簿で探ろうにも、スピンオフでは顔のみの登場で名前の手がかりは一文字たりとも出てこなかった。
こうもとっかかりが無いと、いっそ本人よりも乙女ゲームのヒロインなら必ず接触する相手――攻略キャラクター達を先に見つけておいたほうが話が早く済む可能性がある。
そんなわけで、人が多そうなところを回ろうと最初のチェックポイント、カフェテラスに足を踏み入れた瞬間の出来事だった。
「う、わわ、ごめんなさい!」
焦げ茶色の髪の少女が、真っ正面から突っ込んできたのは。
「大丈夫よ。だけど、人が大勢いるところで走るのは感心しないわね。あなたも怪我をしてしまうし、次からは気をつけることをおすすめするわ」
(えっ、な、なんで勝手にこんなこと……!?)
彼女に対し、「大丈夫だよ。危ないから走らないほうがいいけどね」程度の軽い言葉を投げかけるつもりだったレナは、自身の口から飛び出たトゲに自分が一番驚いて瞠目した。
出入口付近で事態が勃発しただけに、必要以上のざわめきを生んでいる気がする。王妃候補筆頭にぶつかるというとんでもない所業をやらかした少女への非難の目や、ぶつかられたからって嫌味を隠せなかったレナの未熟さを嘲笑うかの如く潜められる意味深な声。
原作ゲームでも存在した【レジーナ派】と【ヒロイン派】の派閥がこうも早い段階で形成されつつあるとは。なんとかフォローしようにも、つい先刻起こった現象を未だ整理しきれない頭ではどうしようもなかった。
だって、だってあまりにもありえなすぎる。どうしてこんな、意思と反する言葉ばかりスラスラと出てきたのだ。まるで、そう言い放つよう『設定』されていたみたいに――
(ま、さか、)
目の前の彼女が、『主人公』……?
そっと一歩分、静かに遠ざかって距離を取ろうとしたレナをどう捉えていたのやら。鼻を押さえながら体勢を整える少女が、レナにのみ聴こえる声量で非常に気になる一言を囁いてきた。
「あの、公爵令嬢のレジーナさん、ですよね。ごめんなさい、あたし、あなたにこれだけは伝えておきたくて」
――あたし、ずっとあなたを助けたいと思っていたんです。