私は処刑待ち令嬢です
運命って、あるいは『設定』ってすごいなとレナは改めて痛感する。勿論とびっきりの悪い意味で。
自身の末路を知った、というよりも思い出した五歳の誕生日。あの日から数日後、レジーナ=オレンツィーに王家から打診が来た。
内容は想像どおり、第一王子の婚約者として縁を結ぼうというもの。本人が返事するより先に、両親が快諾の旨を送ったと聞かされたときは流石にもうちょっと慮ってくれよと思ったけれど。すぐさま始まった正妃教育があまりに厳しくて、そう嘆いてる暇も与えられなかった。
タイーブ王国だけでなく、周辺地域の国々すべての言語と歴史を覚えさせられたし、なんでも踊れるようダンスだってたっぷり仕込まれた。素直に処刑を待たずとも、最初の教育の時点で使えないと判断されれば、婚約も無かったことにならないかなーなんて企てて手を抜いてみたりもしたのだが。
何度逃れようとしても、レジーナ=オレンツィーの頭脳は一度読んだ教本の内容を一字一句きっかり記憶し、優雅な仕草は完全に身体にインストールされていて、ダンスのステップも教師すら見惚れるほど見事に仕上がった。
今の自分がどれだけ嫌がっても、【完璧な王妃候補筆頭】と固く『設定』されているレジーナ=オレンツィーの優秀さは揺らがない。誰が見ても明らかな“シナリオ補正”にゾッとしたのち、なりふりかまわず泣き出したくなった。
そこまで遠くない将来“処刑”されるために生かされている、この矛盾した日々は一体なんなのだろう。施される教育のせいで、微笑むのばかりが上手くなっていく。
本来なら一番笑顔を向けるべき相手、第一王子が一度も会いに来てくれたことは無いのに。顔すら知らない男にいずれ媚びるための言葉を、振る舞いを習う意味は果たしてあるのか。
「――どうしよう。書けないよ、私」
「お嬢様……」
第一王子へ手紙を書け、との課題を前にレナは何も出来ずただ一枚の羊皮紙を見下ろしていた。
オレンツィー家からついてきてくれた、唯一信頼しているメイドへ向かって普段隠している本音をそっと吐き出す。
……書こうにも、書けるはずが無いのだ。容姿を褒め称えようにも、直接見ていない相手の色合いなんて何に例えたらいいのか分からないし、お互い様とはいえ物を贈りあってもいないため感想を伝えるという方法も取れない。
すっかり困り果て、苦笑するレナをどう慰めたらいいものかメイドがオロオロしはじめる。
(あーあ、困らせちゃった)
折角穏やかに接してくれる人だったが、これをきっかけに面倒な奴に仕えないといけなくなったと判断されてもおかしくない。
「……なーんちゃって。冗談だから、あなたは気にしないで。それよりも、紅茶のおかわりを持ってきてくださると嬉しいわ」
だから、必死にわらって誤魔化した。
ごめんなさい、なんでもないの。なんでもないから、そんなかおしないで。
気まずげに目を逸らした彼女が紅茶を淹れに行っている間に、課題を済ませておかねばと思いペンを取る。結局、たどたどしく好きなものを訊いただけの手紙になってしまった。知らないのだから、本人に教えてもらう以外の道はない。
リケヴィルさまは◯◯が得意だと聞き及んでいますが、もしかして◯◯方面もお得意だったりするのでしょうか、みたいな。単なる質問コーナーじゃん、と思えなくもない本文でもとっかかりが欲しくて夢中で綴った手紙だ。
“二人はお手紙を交わしている”という事実を広めるためにも、きっと彼は無視してこない。ならば、どんな答えを返してくるのだろう。一度も会いに来ないリケヴィル王子は、自分へ対してどういう感情を抱いているのか。
【お前に教える理由は無い】
「……さすがに、ひどくない?」
綴られていたのはたった一言、加えて筆跡が本人のものではなかった。王子の筆跡はチェスのスコアで幾つか見たものしか覚えていないけれど、ある文字をハネさせる際の角度がまったく違うのを見れば疑問視するまでもない。
直筆ですらない拒絶がリケヴィルの返答で、同時にレナへの通告でもあった。レジーナに理解され、理解されるつもりも毛頭無い、と。
別にこちらも淡い期待なんて持ち合わせていなかったし、今更傷つくなんて変な感じだからしてやる予定も用意していなかったが、それにしたって。
「……はやく、物語が始まらないかなぁ」
そうしたらきっと、処刑まで秒読みだ。
レナは大きく深呼吸し、机の引き出しの奥へ手紙を押し込んだ。もう二度と発見しなくていいように、両親が寄越した手紙を入れている箱の中で一緒に眠っていてもらおう。そうしておけば、処分するとき一気に燃やせるから都合がいい。
震える掌を、口角の前へ持っていく。震えている事実を万が一でも目撃されるわけにいかなくて。
(ねぇ、はやく。はやく)
――早く、誰か私を殺しに来てよ。