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死んだほうがマシな現実ってあるよね

 数百年前に実在し、数多の奇跡を成し遂げたと語り継がれる【始まりの聖妃】が有名なタイーブ王国の公爵令嬢、レジーナ=オレンツィーは頭を抱えていた。

 齢五歳とは思えないくらい悲惨な表情を浮かべ、彼女はドレッサーチェストに備え付けられた鏡へと再度手を伸ばす。


「やっぱりこの顔……、『ヤンデレ☆きんぐだむ』に出てきたライバルキャラの幼少期じゃないの……!?」


 今の今までぼんやり令嬢ライフを満喫しまくっていたレジーナの心には、誰にも知られていない(というか知られてはいけないと思っていた)とある杞憂がずっとあって。

 それが今日、五歳の誕生日を迎えた日に母親より贈られたこのドレッサーチェストを眺めたことで確定してしまった次第なのである。

 初めて自室を与えられ、初めて鏡を覗き込んだ瞬間、視覚情報と共に流れ込んできた“前世”の記憶。

 昔のレジーナ……かつての富宮玲奈は、普通の日本人として神奈川でそれなりの暮らしを謳歌していた。トミミヤレナという名前の読みをもじってフグウレナだの呼ばれていた時期もあったが、そういうときは「この人はそういう私にはどうしようもないことでしか揶揄出来ないんだなぁ」と哀れみの視線をくれてやるだけ。

 あくまで何も言わず、ただひたすらカワイソウなものへ向けているのだと誰にでも分かるほど、明らかにそっと細められる両目。程度の低い連中はそれだけで逆上し、時に暴力を振るったりもした。

 けれど、こちらの望みは寧ろその落とされる拳。何も目撃していない第三者は、いつだって先に暴力を向けたほうに疑いをかけていくから。探られて痛い腹があったからじゃないか、と勝手に判断して庇ってくれたり。

 一体どちらが本当の意味で可愛くなかったかは疑問だが、数度やり過ごせば後はもう放置されていた。なんだったら実の両親にも。

 それでも、富宮玲奈は別に死んだ目なんて浮かべていなかったし、ましてや人生はクソゲーだなんてありきたりな絶望もしなかった。割と楽しんでいたと言ってもいいくらいだ、他人に線路へ突き落とされるまでは。


(あれ、完ッ全にこっちを狙ってたよね)


 学生時代揉めた相手かもしれないし、単なる通り魔の標的にされただけかもしれない。はっきりしているのは、“殺された”一点のみ。

 まぁ聖人として定評があったわけでもあるまいし、ちょっと(?)ひねくれた性格してたのは一応自覚しているし。許せる許せないを置いといても、「私が誰かに殺されるはずが無い!」なんて堂々と言い張れるほどの人間でなかったのは確実だ。そこまでやさしかった記憶も持っていない。


「っていうか、この際“玲奈”だったときのことはもうどうでもいいんだよいっそ。問題なのは……」


 改めて、鏡の中の少女を見つめる。一言で表すなら【高嶺の花】、あるいは【完璧な王妃候補筆頭】として確立するレジーナ=オレンツィー――その幼少期が“今”の自身の立ち位置だった。

 家柄も気品もパーフェクトで、両親どころか国王夫妻からも太鼓判を押されるレベルのスーパー令嬢。だがしかし、彼女は『主人公』ではない。

 攻略キャラは全員ヤンデレ!? なキャッチコピーで有名になった乙女ゲーム、『ヤンデレ☆きんぐだむ』のヒロインのライバルキャラとして立ちはだかり、公爵令嬢兼第一王子の婚約者目線で厳しい指導をしてくる存在なのである。

 といっても、レジーナの指導はいつだって正しく、厳しいだけで決して理不尽ではなかったため、プレイヤーにも『主人公』本人にも結構好評価を得ていたりした。

 選択肢ミスをした瞬間寄ってきては、“どうしてこう振る舞えないのか理由を添えて”教えてくる徹底ぶり。クイックセーブ&ロード、更にレジーナからの指導を活用すれば誰だってトゥルーエンドへ辿り着ける。最早下手な好感度アイコンよりも適切な動きにファンも多くつき、過去編という名のスピンオフ漫画まで登場した。

 正確には、原作ゲームのコミカライズ版のスピンオフ、なのだけども。そこで初めて主役を張り、描かれたエピソードに泣かなかった原作ファンはいないとまで言われている。

 レジーナ=オレンツィーがただのライバルではなく、一人の女の子としてどうやってゲーム内世界観で生きていたかを知ってしまえば、やりこんだプレイヤーほど攻略キャラクター達をお恨み申し上げていたとかいないとか。

 なにせ彼女……レジーナは、処刑されないルートのほうが珍しいくらい悲惨な結末を迎えるシナリオしか用意されていなかったので。


「大体が処刑か奴隷行き、運が良くても変態オヤジの愛玩具コースとか……なんで転生したのに来世(いま)のほうがやばい状況なの……?」


 タイトルが物語っているとおり、『ヤンデレ☆きんぐだむ』はヒロインが攻略すべきメインキャラクター全員が見事なほどヤンでいる。

 具体的には、“会いたい”と手紙を出したその日にヒロインの屋敷を訪ね、ハイライトを欠いた瞳で「どうしてキミは会いたいって言ってくれないの……?」と詰め寄ってくるくらい、脳味噌と常識力がおバグりなさっている。

 正直、本編内で扱われる好感度は彼等からの逃亡失敗率とほぼイコールで結んでいいだろう。シナリオを担当したライターが性描写を書くのが不得手なため年齢区分がR18ではなかった、とは有名な話だ。

 つまり、キャラ造形だけなら成人指定ゲーム並みの倫理観で紡がれていると言っても過言ではない。そしてそれほどトんでいる攻略キャラクター達が、自分の愛するヒロインに厳しく接するレジーナをどう思うか。しかもメインヒーローたる第一王子の婚約者とか、目の上のたんこぶ極まりない。

 故に、レジーナはいつだって意味不明な理由をつけられて“処刑”されるのだ。お前はヒロインを陥れようとした、などとふざけた捏造証拠を攻略キャラクター達が率先して発表する。実際にレジーナがしているかどうかすら最早関係なく、ただ煩わしいから排除したくて吼える彼等。

 『主人公』は心優しく大人しい少女で、男複数を止めるにはどうしたってパワーが精神的にも物理的にも足りなかった。なので、殆ど毎回処刑されたレジーナに向かって泣き叫んで謝る『主人公』のスチルが登場する。共通イベントかな? と言いたくなる頻度で、鮮明に描かれる少女の嘆き。

 尊厳破壊というか、なんというか。イラストレーターの力の入れどころが一番発揮されるのがそこのスチルな辺り、スタッフの性癖が見えなくもないとまで言われているのも無理はないのでは? レナは深く重たい溜息をついた。


(……もう、これ、諦めたほうが早いよね?)


 富宮玲奈は、スピンオフ漫画の愛読者ではあったが原作ゲームに触れたことは無かった。スピンオフで描かれているのもあくまで過去編なので、いつから“本編”が始まるのかすら分からない。

 キャラクター達を避けようにも、公爵令嬢である以上いずれ必ずどこかで巡り会う。未だ第一王子との縁談は出ていないが、両親は野心家なほうだからそう遠くないうちに紹介されそうだ。否、既に準備が始まっている可能性が高い。

 何故なら、五歳になるのだし教育レベルを上げてもいいかもしれないと話し合う両親を昨夜見かけてしまっていた。十中八九、始まるのは正妃教育に間違いない。でなければこんな、王家御用達ブランドのドレッサーチェストなんて贈られるものか。


「……、あ」


 自分で思い至ってレナは愕然とした。

 そうか、社交界参戦(デビュタント)もまだなのにどうして綺麗な物を珍しく寄越してきたのかと思えば、そういう狙いがあったのか。成程、成程。

 ……はは、なんてクソッタレな世界だ。


(気づきたく、なかった。こんな、こんな理不尽な人生で精神をすり減らすくらいなら、いっそ)


 ――いっそたったと処刑されて、解放されに向かったほうがよっぽどマシだ。


 富宮玲奈の魂は、前世ですらついぞ抱かなかった絶望の感情を、この瞬間初めて丹念に自身へと刻み込んだのだった。

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