こんなはずじゃなかったのに
気分転換に書き散らしたものをまとめたものです。拙いですが、読んでくださる方がいればうれしいです。
アーリエの母親は自由気ままな占い師を本業としている。
そこそこの美人で、家事が壊滅的に出来ないが、お酒好きで豪快なところがあえう。占いはそこそこ当たると評判の自慢の母だ。
父親は厳めしい顔つきで背が高く、体格のがっしりとした軍人だ。が見た目によらず、家庭的で編み物が最近趣味の変わった父親だ。愛国心溢れる、母性を抱えた大好きな父。
占い師である母の血を継いでいるにも関わらず、占いが出来ない私。
上級軍人として勤める父の血を受け継いでいるにも関わらず、成績は普通の私。
美人な母の顔をほんわかくらいにしか引き継いでいない、凡人極まりない私。
ごくごく普通の一般人、それが私。
そんな私が、特級クラスの生徒に選ばれてしまった。
西暦2×××年、世界は少子化の一途を辿り、平均寿命が180歳を超え、完全なる高齢化社会。
人口一万人に対し、自然出生率は10パーセントを下回って久しい今日この頃。
200年以上前から非常に少ない子供の教育機関は縮小されにされて、学校というものは消滅した。
それでも伝統や格式、子供同士の交流の場が完全に失われることを危惧した政府より、一般生徒は一年間の合同教育義務を受けることとなった。
一般以外、成績優秀者や血統有識者は特別クラスと格式分けされ、一年の教育機関がさらに短くなり一ヵ月と短縮されている。
ちなみに血統有識者とは、政治家や社長令息、財閥令嬢などの有力者の家系の子供たちである。
そういった子供たちは基本的に各家庭での教育設備の方が整っており、一般教育機関で習うには必要な知識が足りないのだ。そして彼らは非常に忙しい。
成績優秀者はわざわざ一般教育機関に通わずとも自ら学ぶことに長けた者たちなので、あえて他の者と足並みを揃えるよりも、自らの学びたい専門の機関へ進む。
だが、それでは子供に協調性や対抗意識などを育てさせる機会を失ってしまうことが危惧された。
ということで全世界の15歳未満の少年少女には、必須として最短一か月、基本一年間の共同教育義務が課せられることとなっている。
腕のいい占い師の娘で、国に忠誠心の高い軍人のごく普通の娘である、私アーリエは当然一年間一般クラスの生徒だった。
家が金持ちでも、幼い時から英才教育を受けた子供でもない。
変わった才能は持っているが、普段はなんの役にも立たない才能なので私自身はごく普通の一般人だ。
15歳を迎え、一般クラスの学園へ入り三か月。友人ができ、無難に平和に学校生活というものを楽しんでいたというのに。
ある日を境に、私の人生は一変した。
来月から特級クラスに編入せよ、という通知を受け取り、アーリエは茫然としていた。
「なになにどうしたの?アーリエ。呼び出しでも食らったの~?」
とのぞき込んできたのは、仲良くなったばかりの友人がアーリエの顔色を見て冷やかしてくる。
「うわ!なにこれ、クラス異動の通知じゃん」
「なんで、私にこんなもんが届くのよ・・・」
特級クラスは一般クラスのみんなの憧れでもある。
特級クラスに通うような子供は基本的に金持ちだ。もし見初められたら玉の輿も夢ではない。
そうでなくとも知り合いになれたら、将来就いた職によっては有利になる。
逆に目を付けられたり、嫌われると財力権力を使って追い払われることもあるという。
「アーリエ、大丈夫?あんた別に金持ちでもないし、成績もちょっといいくらいなだけじゃん?ほかのみんなに知られたら虐められるんじゃない?」
「ほんとだよ~シアナー誰にも言わないでー」
「もちろんだよ。あんた地味だけど真面目でいい子だもん。嫌われるのは可哀想だし」
「地味で悪かったわねー」
軽口をいいながらも、心配そうに私の通知を真剣に見てくるシアナはいいやつだ。こんなの周囲に知られたら、嫉妬ややっかみを死ぬほど受けることになる。
「どうせ来月いなくなって帰ってきたらバレちゃうだろうけどさー」
「うっ・・・」
詳しい事情を教員に話しを聞きに行き、聞いたところによると。
どうやら特級クラスの生徒というのは非常にピンキリらしく、優秀な者も多いが問題児も多いらしい。
普段の素行も査定されるらしく、力のある家庭であれば隠すことも多い。
ギリギリになって詳しく査定され、クラスに入れられなくなった子供が何人もいるそうだ。
実はこういったことは毎年あるらしく、そういったときは無難な一般生徒から選んで一時的に特級クラスに入れるらしい。
知られていないのは、特級クラスに入れなかったなど恥だと考える家庭が多いので、秘密にされるからだ。
他にも一般クラスからの異動する生徒がいるというので、教員に許可をもらい、生徒の名前を教えてもらったアーリエは連絡を取ってみた。
相手も寝耳に水だったそうで、不安なことや手続きなど相談するうちに仲良くなれたのでアーリエは少しだけほっとした。
シアナに見送られ、一般クラスを離れたアーリエはもう一人の特級クラス行きの生徒、エインと合流して空港に向かっていた。
「なんで、普通に陸地に学園がないんだろう・・・」
「仕方ないわ、金持ちクラスだもの。防衛の面でも空の孤島の方が安全なんじゃない?」
アーリエと違い、エインは成績優秀な才女らしく丁寧な言葉使いが特徴的だ。サバサバしていて付き合いやすい。
特級クラスがあるという、オータム学園は飛空船で行くらしく、人工的に作られた空中離島にあるらしい。飛空船というところからアーリエは意味不明である。
「あれ?他の生徒たちは?」
「知らないの?みんなお金持ちだからそれぞれ専用ジェット機で個別登校するみたいよ」
もはや知らない世界である。
アーリエは両親にメールを出した。不安で、嫌で嫌でたまらない、なんとかならないかと相談した。
“そんな心配しなくても楽しんじゃいなよー。母さんたちお金出さなくてもいいのに、ゴージャスな学校らしいからおいしいもの食べて、イケメンの金持ちでも見つけてきなさいな”
母は陽気だ。呑気すぎる。相談した私がバカだった。
“パパは可愛いアーリエが心配です。変な男についていかないようにね。困ったことがあったら軍を動かしてもアーリエを助けに行きます。無事に帰ってきてね”
こちらはこちらで心配だ。もはやパパをママと呼びたい。
絶対に一か月の間は父に連絡は入れないことにする。
「無事に一か月乗り切れますように」
「特級クラスに入れただけでも顔つなぎにはなるし、静かに目立たずに過ごしましょう。所詮私たちなんて数合わせみたいなもんだし」
悲壮な顔をしていたのだろう、エインが慰めてくれた。
二人きりの飛空船は金持ちもおらず、緊張せずに済んだ。初めての空の旅をアーリエは思い切りに楽しむことにした。
「あらーこんなところにいたの?凡人さん。そんな隅っこにいないでみんなの前に出なさいな、ほらほら」
アーリエはすっかり目をつけられていた。
声を掛けてきたのは入学当日からケバケバしい化粧をした美少女で、あからさまにアーリエを馬鹿にしていた。なのに、隅の方で目立たないように過ごそうとするアーリエを無理やり引っ張り出し、自分の隣に立たせるのだ。
要するに自分が映えるように、アーリエを比較対象にして目立ちたいのだろう。美少女の入学は婚活が目的なのだろう。見目のいい男の子たちに片っ端から声を掛けている。
当然そんな見え透いた性根を特級クラスの生徒が分からないはずもなく、失笑を買っている残念な美少女なのだが、巻き添えを食らう私を助けてくれるような猛者はいない。
エインだけは遠くで心配そうに見守ってくれている。しかし助けてくれる気配はない。
まあ今のところ実害は連れまわされる程度なので、反抗したり学園スタッフに告げ口することによるさらなる被害を拡散するよりも、後でエインに慰めてもらうことで諦めている。
悲しいかな、アーリエは地味なせいで悪目立ちしていた。
数日後、美少女は脱落していた。
特級クラスはよく人が抜けていくそうだ。そうした生徒が空の上の孤島から去ることを脱落と呼ぶらしい。
美少女がいなくなり、アーリエは静かな生活を手に入れた、はずだった。
「はぁ、もうちょっと早く脱落してくれればよかったのに」
「有識者の娘さんなんだとか。あんまり対外的にも簡単に退学は出来ないのよきっと」
「でもエインが報告してくれたんでしょ?ありがと」
「あれはどうみても他の生徒にとっても迷惑でしょ。他からの苦情もあったと思うわよ」
「やっと静かな隅っこ暮らしが出来る・・・なのになにこれ」
「今日からイベントだって説明会があったじゃない。だからどうにかお近づきになりたいメンバーに声かけまくってたんでしょ?あのお嬢様は」
目の前にはグループ分けのメンバー表が並んでいた。
一か月間しかない特級クラスは、特級らしく学園イベントが一か月にギュッと詰められている。
最初の三日間は学園内の案内、紹介、説明会、レクリエーションと続き、遠足、運動会、学術祭、学園祭、部活動などが行われる。授業などは各自それぞれの家庭で終了しているため意味がなく、特級クラスでは省略されているのだ。
求められているのは協調性や同年代の子供たちとの交流会なので、イベントの方が多いのだ。
それだけだと疲労の蓄積も多いので、休息が取れるように施設は充実しており、交流しやすい学園施設での自由時間も多く取られてある。
それでも初対面の同士の短期間の交流となるため、クラスの中でも小グループを設定されるのだ。
「なんかすごいメンバーなんだけど・・・」
「仕方ないじゃない、ここはそういう場所よ」
ざっと見ただけでも知っている有名企業の名字、実業家の名字、政治家の名字、芸術家の名字が並んでいる。
アーリエのグループは男の子ばかりだ。おそらく今は去った美少女が、初日にしつこく声を掛けていた相手だろう。学園スタッフたちはある程度、交流がありそうな生徒をある程度絞ってグループを作るらしい。
エインのグループはちらほら知らない名前と女の子らしい名前が並んでいてうらやましくなる。
アーリエは去ってしまった美少女すら戻ってきてほしくなった。
「やぁ、オリエットに絡まれてた子じゃないか」
「あれは大変だったねぇ、助けなくてごめんね」
「いえ、お構いなく」
「目立ちたくなかったんでしょ?ここに来た時点で無理だろうけど、まぁ楽しくやろうよ」
「そうだよ、休暇みたいなもんだし。肩肘張る必要もないしさ、気楽に行こうよ」
キラキラしい方々は気さくだった。
有名企業の令息、カドーク・ロコ。
青年実業家、ネイヴィー・シャーパ。
古参政治家令息、ドゥーエ・ゲイツ。
有名芸術家令息、ワイナット・ニコル。
なんで私と同年代なんだろう、この人たち。
それでも話し上手なイケメンたちと、学園のあるオータム島の整えられまくった人工自然の中を散策する。
「へぇーお母さん占い師なんだ。面白そう」
「特定の状態にならないと的中率は悪いですよ」
「軍人のお父上か。アウウェクへの派遣はかなり長期になったからね。僕らの同年代なら10年前はかなり寂しい思いをしたんじゃないかい?」
「いえ、かなり頻繁にバーチャル通信してましたんで、あんまり離れてたという記憶はないです」
「ねぇ今度の交信会パーティーはご両親呼べるんでしょ?僕占ってもらおうかなー、今後の予想の参考になるかも」
私はちゃんと交流している、交流している、と念じながら無心で質問に答え続ける。
ちなみに交信会とは、本来授業参観イベントなのだが授業がないことと、学園までの移動と参加が難しい忙しい方々のために、バーチャル通信型パーティー形式の両親参加型のイベントの通称である。
「いえ、大事な事業を占いなんかで方針を決めないでください」
「でもクウェナの占いって評判なんでしょ?凄腕って聞いたことがあるよ。偉大な占い師って」
「あの、偉大って。母は評判ですけど、凄腕というのはちょっと意味が違っていて・・・」
うう、恥ずかしい。クウェナというのはアーリエの母の占い師としての通称の名だ。
アーリエはあまり母のことを掘り下げて聞いてほしくなかった。
「ま、機会があればお願いしよう。話題にもなるだろうし」
「・・・はい、機会があれば」
私は小さくなりながらなんとかそれだけ答えた。
運動会、体育祭をこなしていた。
アーリエは可もなく不可もなくなんとか目立たないように過ごしていた。
休日も設けられており、そういった日も学内とは別にイベントが用意されており、生徒は思い思いに学園島で過ごしていた。
エインに労われながら自室で大人しく過ごしていたアーリエは、白昼夢を見た。
断片的な情報にアーリエは、ああまたかとため息をついていた。
アーリエには隠している才能がある。普段はなんの役にも立たない才能。
占い師の母と、祖先にネイティブアメリカンの祭司の血を引く父。
アーリエはそのせいか、時折予知夢を見る。
かなり危うい夢を見たアーリエは、青ざめながらエインに相談した。
「え、お父様に連絡?できなくはないだろうけど、生徒の自立を促すために通信は制限されていたはずよ」
「教員の人たちに言えば連絡を取らせてもらえるかな」
「出来ると思うけど、予約制で許可を得るために少し時間はかかるかも。少しでも早い方がいいんでしょ?」
「うん、不味いことにかなり急がないと。音楽祭は、西の広場かな、日暮れまでになんとかしなきゃ」
「うーん、あなたのグループのメンバーの中には家との直接連絡手段を持つ人がいるはずよ?緊急連絡が必要な立場の人たちばかりだから」
「そっか、音楽祭に行くって言ってから行けば会えるかな」
「じゃ、私が先生に掛け合ってくるわ、アーリエは少し休んでた方がいいわ、ひどい顔色よ」
そういって心配気にエインが教員の元に行ってくれた。
しかしアーリエは恐ろしい予感にじっとしていられなかった。
気になるのは金茶の青年、犠牲になる姿。
背後に耳に痛いほどの音。
アーリエは部屋を飛び出し、音楽祭が開かれている西の広場へ向かった。
特級クラスは総勢50数名。
正確な数字は公開されていない。増えたり減ったり不参加もあるからだ。
金茶の髪、アーリエは話したことがないグループの青年だ。確か既に売り出し中のデザイナーだったはず。
広場に向かう途中、音楽祭から戻ってくるドゥーエ・ゲイツに遭遇した。
人当たりのいい彼は青ざめたアーリエを心配してくれ、必死に頼み込むと彼の持っていた個人用の衛星通信端末をアーリエの父につないでくれた。
防衛措置のためドゥーエ自身が通信することとなったが、アーリエの父ならば連絡を取ろうとしたこと自体に、非常事態だと気づいてくれるだろう。
アーリエはドゥーエに通信を任せて走った。
息を切らせて広場に来た。
学園内は広いが、学生自体は50名程度しかいないのだ。あとは学園スタッフの大人ばかり。
音楽にノッている金茶の頭を見つけるのはそうかからなかった。
「あ、あの!」
アーリエはあまり考えずに話しかけてしまう。この後、何をどうすればいいのか、頭の中は真っ白になってしまった。
「何?」
彼と一緒に音楽祭を見に来ていた彼のグループのメンバーたちも、アーリエを訝し気に見てくる。
「あーこの子、前に脱落したオリエットに付きまとわれてた子じゃん。何々?今度はコーに粉かけてんの?」
「うわー見境ないね、あんなメンバーに囲まれといてまだ足りないの?案外オリエットに付きまとわれてたんじゃなくてつるんでたんじゃなくて?」
アーリエは迷った。脱落した美少女みたいに男目当てだと思われている。
しかし、今はそれどころではない。何をどう思われようとアーリエはこの青年を救わねばならない。
「ねぇ、手を離してくれる?迷惑なんだけど」
アーリエは彼をここに留める言い訳を必死で考えていた。そこで朝にエインと話していた下着泥棒が許せない、という話題がふいによぎった。
「私の下着を盗んだでしょ?返してください」
アーリエは自分でも言ってて何を言ってるんだろう、と自問自答した。
青年も周囲も呆れた顔をしている。話しを聞いていた学園スタッフが走っていくのが見えたので、とりあえず青年をこの場に縫い留めることが出来たことに少しだけほっとした。
「ねぇ・・僕が君の何を盗んだって?」
よく晴れた少し熱い位の日だったのに、心象風景ではブリザードが吹き荒れていたようだった。
特級クラスのある、オータム学園ではトラブルはよく発生する。
学園スタッフは慣れっこだ。しかし、今回は少し状況が違った。
一般クラス出身の生徒と、成績優秀者の特級クラスの生徒。
尋問室で二人はそれぞれ別の個室で尋問が行われていた。
「本当~に申し訳ございません」
少女の方は土下座をして、尋問を担当している警備スタッフに謝り倒している。
騒ぎは大きくなってしまった。
少女の父親が所属している軍から緊急要請が入ったのだ。
その対応中、さらに少女が告発した青年の部屋から爆発物と思われる危険物が発見された。
少女がここに下着を隠した、と思われると提示した場所からだ。
次から次へと発生する事案に警備スタッフは混乱していた。
学園はこの事件を大きくするわけにはいかなかったが、軍へと緊急要請を入れたという通信が、要人である政府関係者からだったというのも問題があった。
学園は爆発物の撤去を軍へ、少女の対応を政府へと任せ、なんとか事態を治めようとした。
ちなみに下着泥棒をしたという冤罪をかけられた青年へは、爆発物の事実はふせ、下着はなかったということで冤罪だったと公表し、一人の少女が学園から姿を消したことで収束することとなった。
はずだった。
少女は政府の監修する研究所へと収監された。対外的には少女が自主的に研究所に参加協力をしたということになった。学園は自主退学の形となってしまったが、爆発物を国が管理する要人を集めた学園で仕掛けられた事実、その事実を予見した少女にテロリストの疑いがかかったのだ。
実際の犯人は、少女の父が徹底的に調べ上げすぐに捕まった。学園を脱落させられた逆恨み美女と、学園に入れなかった有識者の子供たちが流した情報により、学園スタッフに成りすまして入り込んだ反国家組織によるテロであることが判明した。狙われたデザイナーの少年は、テロ撲滅に力を入れている政治家の息子だったらしい。
アーリエは容疑が晴れたが、今度は予知夢の才能について問い詰められることになってしまった。
突発的に起きる白昼夢。
実はこういった予知夢による危機回避は、これまでに何度か起きている。
幼いころは軍人である父の戦地で、成長してからは母の占いの結果としてごまかしてきた。
大事になる前に危険を回避して、表沙汰にならずにアーリエは過ごしてきた。
ごく普通の一般人として、平穏に生きたくて、平和に過ごしてきたのだ。
学園で見た白昼夢、それにより一人の少年の命を救い、アーリエは普通の人生を失った。
ガラス張りの監視された部屋でアーリエと面会するのは、自分が命を救った金茶の青年だった。
「まずは感謝しようかな。命を助けてくれてありがとう。嫌な冤罪も、今じゃ面白いイベントだったねっていい思い出になっているよ。君がこんなところで人体実験動物になってなければ」
「感謝じゃなくてそれこの状況にたいしてディスってますよね?分かってましたけどパンツ泥棒の冤罪かけたの本気で怒ってますよね本当ごめんなさい、あの時それしかほんと思いつかなかったんです」
「パンツだったのか。ブラだと思ってたよ。賭けは外れたな。下着泥棒の話はエインさんから聞いたよ。私が朝食の話題にしたので、咄嗟に出てきたんじゃないかって。許してやってくれって彼女からも言われてるし、もういいよ。感謝しに来て土下座させたって記録されちゃうからもうやめて」
「申し訳ありませんでした。本当にゆるしてください。家族だけはどうか・・・」
「その家族だけど、プライベートメールを預かってきたよ?今の君に面会できるのは僕みたいな事件関係者と要人だけだって。エインさんも心配してた。ほら、監視の人に見えないようにしてあげるから読んで」
プライベートメールはその名の通り、他者に知られぬようにする秘密の通信だ。
メールなので読み取り専用だが、現在のノンプライべート状況だとありがたい限りだ。
アーリエは今、四六時中監視されているのだ。
研究所では国の有事を言い当てる予言者のように思われており、その力の秘密を解明しようと躍起になっている、らしい。
母からの覚悟を決めたという言葉。
父からの私へのメッセージ。
私の返事は流した涙を拭った彼が伝言してくれるらしい。
10年後、アーリエはとあるデザイナーのマネージャーをしていた。今日は10年ぶりに特級クラスのメンバーで同窓会をする予定である。共に参加予定のデザイナーを急かし、会場へと急いでいた。
「ミスターコー。しゃんとしてください。あと15分で会場に入りますよ?」
「アーリエさん~今日はエイミツさんいないの?俺やる気出ないんだけどー」
「今日は母が来るので。母に付き添って後から父も会場入りするはずです」
エイミツとはアーリエの父の名前だ。同窓会に両親の付き添いで参加するという事実にアーリエは気が重たくなったが、事前参加通知に二人の名が上げられたので、アーリエの拒否権はない。
母はノリノリで参加する予定だ。父は心配してついて来るだけだ。
上司であるデザイナーミスターコーはアーリエの父、エイミツを慕っている。というより惚れている。
たまに娘の前で上司が自分の父を口説くのでやめてほしいと思う。アーリエを揶揄っているのか、本気なのか分からない。どっちも嫌だ。
絢爛豪奢な会場は、特級クラス時代の学園を思い出す。
到着するとエインが駆け寄ってきた。会うのは久しぶりである。
エインは涙を流しながらアーリエを抱きしめた。
アーリエの10年は結構波乱万丈だったのだ。
エインと話しながらコーを引きずり、会場内へと入っていくと、かつての同級生たちから拍手で迎えられた。
実はアーリエはあれから何度も予知夢を見て、国家的有事を回避している。
しかし対外的には母の占いで乗り切ったということになっている。
母は何度も国を救った、予言者クウェナということで通っている。
しかし、本当の事実をこの会場にいる同級生たちは知っている。
本当の予知夢をしているアーリエが自由のために母の占いの結果ということにしていることも。
今は名前を変え、かつて命を救ったデザイナーコーの元でアシスタント兼マネージャーとして働いていることも。
「あの、アーリエのお母さんって、豪快だね」
「ごめんなさい、あんな母親で。恥ずかしいかぎりだわ」
「そんなこと、…ないわよ。というかお酒が本当に好きなのね。みんな変わったお酒をいっぱい持ち込んでるみたい」
「ええ、母はおいしいというより飲んだことのないお酒の方が好きなの」
「噂は聞いたことがあるわ。予言者クウェナは供物としてささげたお酒をみんな平らげると泥酔して的中率の高い占いをしてくれるって」
「泥酔するまでが大変だし、酔ってからも大変だけどね」
クウェナは出来上がって、有名な政治家とイケメン実業家を両手に父ののろけ話を利かせている。
確かに泥酔した母の占いはよく当たる。ただし盛大にのろけ話をした後、一割ほどだけだ。その一割に辿り着くまで辛抱強く付き合わねばならない。
「アーリエのお父様は?」
「見たくないわ、そっとしておいてあげて」
エインが背の高いぴっちりとしたスーツを着こなす、ガタイのいい美丈夫を見つけると、彼の前に膝をつくアーリエが助けた金茶の青年が愛を捧げていた。
「ミスターコーって同性愛者って本当だったのね。というかエイミツさん本当かっこいいわね。あれは愛を捧げたくなるの分かるわ」
「待って、エイン。お願い、人の父親に懸想するのはやめて。上司だけでも頭が痛いのに」
「冗談よ。クウェナさんは焼餅やかないの?」
「うちの夫はもてるだろうって自慢してるわ。」
アーリエの人生は大きく変わってしまった。
父と母のコネと、恩人と言ってくれた金茶の少年の力を最大限借りまくって、人体実験もどきの監禁生活から解放してもらったのだ。
ただし永久的な監視と保護、国家的有事の関係する予知夢の申告するという宣誓書は厳命されているが。
あの学園の脱落者として、いい仕事に付けなくなったアーリエだったが、ここでもまた金茶の少年、既に活躍中の先進的なデザイナーだった彼にアシスタントとして雇ってもらえた時は、鼻水が止まらなかった。
監視されている生活ではあるが、普通に働いて自立できていることにアーリエは満足している。
ただ、弊害は。
自分の代わりに有名になってしまった母。特権を乱用したということで軍を辞め、母のボディーガードをしてくれている父。
あの事件のとき学園にいた学生たちは、みんな権力者だ。情報統制がなされたとはいえ、みんな裏で何が起こっていたのか気づいている。
おかげで華やかな世界は辞退したいアーリエの思惑とは、大きく異なり、デザイナーの仕事の関係であちこちからお声がかかり、忙しい毎日を送っている。
今日もアーリエはため息をついた。
ああ、こんなはずじゃなかったのに。そして今日もアーリエは父親に縋り付く上司を引き離し、仕事を開始した。
最期までお読みくださりありがとうございました。