1 悪夢と幸夢
憂鬱。
またこの時間がやってきた。私が1日で1番嫌いな時間。
夜。
夜は寝なくちゃいけないから嫌い。眠気がやってくるから嫌い。夢を見るから、嫌い。
「夢なんか無くなればいいのに」
私はベッドに腰掛けため息をついた。
私は寝ると必ず夢を見る。別に普通の夢を見るだけなら何の問題もない。しかし、私が見る夢は"悪夢"である。ある時は自分が母親を包丁を使って刺し殺す夢、ある時は自分の爪を剥がされる夢、またある時は怪我をした傷口から虫が湧き出てくる夢。
これはいつも見る夢のほんの一部である。
この悪夢のおかげで、私はここ3ヶ月ほど満足に睡眠を取れていない。そのせいで目の下には黒い隈が張り付いていた。学校では度々とてもない眠気に襲われるため授業中に寝てしまい、前まで学年上位だった成績はどんどん降下し今では真ん中より少し上くらいにまでなってしまった。2年付き合っていた彼氏にもフラれ、私にはもう何もなかった。
「もう……なんで、なんで私だけこんな……っ」
いつもと同じようなことを呟いてみる。こんなことを言ったからと言って悪夢を見なくなるわけではないのに。どんどん自分が嫌になる。
「もう、死んじゃおっかな」
机の上にあったカッターナイフを手にとり、歯を出して左の手首にあててみる。このカッターナイフは相当切れ味が良いらしく、軽くあてただけなのに白い手首から赤い血がつう……と流れ出してきた。一滴、黄色い絨毯に落ちる。しかし血は一滴絨毯に染みを作っただけですぐに止まった。傷が深くなかったせいだろうか。ズキズキと痛む傷口にティッシュをあて、赤く染まるそれを見つめていた。
「何やってんの私……バカみたい、笑っちゃうわ」
ハハッと乾いた喉から声が出る。それと同時に目から涙が溢れだす。そして気づけば私は怒鳴っていた。
「なんでっ!なんで、私だけこんな目に合わなくちゃいけないの?私なんか悪いことしたの?私より悪いことしてる人なんか山ほどいるじゃない!もう、いや。みんな、みんな悪夢しか見れなくなればいいのよ!」
その時だった。外がパァッと明るくなった気がした。そして次の瞬間には目の前に高校生が着るような青いブレザーを着た若い男が立っていた。
「僕はバク。人間の見る《幸夢》、つまり人間が幸せだと感じる夢を喰らうバクだよ。僕と手を組んで、幸夢を見ている人間に、悪夢を見せてやらないか?藤谷秋奈」