宰相の息子は陰から支える
ラング・レルド・ラード。
ラーゼルン国の宰相としてこの国を支える。それが自分に課せられた使命だと思い、王子であるルーカス様を支えるのだと信じて疑わなかった。
そう、あの時までは。
「私を、貴方の犬にして下さい!!!」
思わず持っていた本を破る程、自分が怒っているのが分かる。
睨んでいた自覚はあったが行動は起こさなかった。いや、起こそうと体が動かなかった。だけど、ルーカス様と対面した令嬢の執事は違った。
即座に動いてゴツン、と音がした。
拳骨で睨む専属であろう彼を見て、心の中でガッツポーズをした。
(首輪を上に掲げたままなのか……どんだけだ)
自分の暮らす国を支え、王族であるルーカス様を支えろと父に言われ続けて来た。その為の努力は惜しまないし、苦痛だとも思わなかった。だけどこれは知らなかった。
ルーカス様の性癖と言うか……ド変態ぶりを。
「うれしいー♪」
早速とばかりに首輪を付けられたルーカス様、いやバカ犬。
何故、そんなに嬉しそうにしている。そして庭園の中を走るな。
こんな状態の彼を受け入れられる者など居ないと思った。気を悪くしたであろう令嬢を見るとルーカスと遊んでいる。
ほっとしたのが自分でも分かる。とにかく、嫌われてはいないようだな、と。
「あの子と相性良い!! 絶対に妃に向かえる」
そう言って国王に報告して走り回る。どんだけ体力が余ってるんだ……。
あとで父に問いただそう。王子のあれはただ気の迷いだ。自分が見ているのは夢なんだと、そう何度も繰り返した。
「歴代の国王達が……そうだったんだ」
遺伝と言われて、開いた口が塞がらなかった。
そんなものを持ち出されたら治しようがないじゃないか。そして今、起きている事が現実であると見せ付けられた。
『カトリナーー!!!』
頭の中でそう言いながら駆け回るバカ犬(ルーカス様)を思い浮かべる。そして遠い目をする私に父は言った。
「一目見て首輪を指輪代わりに渡すのは……その、伝統的と言うかなんというか」
歴代の国王は揃いも揃ってド変態だ。
苦労させられる我々……と、言うかこの宰相と言う地位の重要性を別の意味で思い知らされる。
受け入れる王妃側もさぞ大変だろうと同情したくなった瞬間だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから6年程経って私達が13歳になった時。
デビュタントと呼ばれるイベントが王城で行われた。この年齢になると貴族家の男女ともに社交界デビューをする。また令嬢達がここで意中の者を落とすといった別名《お見合いパーティー》と密かに言われている。
本来ならルーカスはこの年齢で、自分の妃になりそうな者を選ぶのだが。既にその6年前にカトリナに首輪を渡している。……その時点で、ルーカスは彼女以外を見ていないのが分かる。
いかに彼が早すぎる行動をしたのかが分かる。と、言うか我慢を知らない奴だと叱ったんだけどな。
『良いじゃんか!! あれ以来、会ってないんだぞ。ずぅーーっと我慢して来たのに、父様もあれ以降会わせてはくれないし密かに抜け出してカトリナを見付けたのに!!』
速攻で執事に追い出された、と悔し気に語って来た。
彼女の執事は優秀だ。怪しい者だから追い出してくれたようだ。ちゃんと王城に送り届けれくれたらしく、その後説教を受けた様子。
いい気味だ。
「はあ……」
「あの、大丈夫でしょうか?」
「あ、いえ。だいじょ、う……ぶ」
頭が痛いなと思った時、声を掛けられた。
私に話しかけて来た令嬢は……ルーカスが妃にと言ったカトリナだ。
艶のある茶色の髪は1つに結ばれ、くりっとした瞳が可愛らしくて印象的。そしてどうしても目を引くのは彼女に付けられた首飾り……じゃない。
あの時、ルーカスが渡した首輪を付けていた。
黄色のドレスを着ているが、余計にそれが目に入る。
「ちょっ、ちょっと待って!!!」
「え、あ、あの……」
慌てて彼女を隠す様にして、ダンスホールを出て部屋に入り鍵を閉める。
誰も来ていないのを確認しさっと中を見渡す。
衣裳部屋ではないが、来客用の部屋だと分かり改めてカトリナを見る。
「あ、の……な、何か」
「何か、じゃないよ。……覚えてない? 6年前にルーカス様が君にと渡した首輪を見ていた、現場の1人」
「……あっ!!」
良かった、どうやら覚えてくれていたみたい。
何で首輪を付けて来たのかと聞けば、ルーカスが渡したあの時に小さくたたまれた紙が挟まれていたのだと言う。
(このデビュタントを見越して、そんな前から書いてたのか!?)
「ラ、ラング様!?」
倒れそうになる私を慌てて支える。
あー、マズい。ルーカス様の本気度を感じて眩暈を覚えた。
「はあ……。用意周到と言うかなんというか」
「あの、間違っていましたか? 手紙には必ず付けて来るようにって書いてあったのですけど」
「だからって本気にしなくとも……」
「ファールにも止められました。間違ってはいないが、どこか間違っていますからと、よく分からない事を言っていましたが」
あぁ。あの執事さん、ファールって言うのか。覚えておいて損はないし、今後も何かと合いそうな予感だ。
仕方ないとばかりにその首輪に魔法をかけた。
周りには見えない仕様で、ルーカスと私。そしてカトリナには見えるようにして彼女にも説明をした。
「?」
終始、ハテナを浮かべていたがどうにか納得して貰いデビュタントが終わったらすぐに帰るように言った。ルーカスだって彼女と踊れば満足の筈だ。恐らくだが、あの執事は時間も見越して迎えに来ている筈だからね。
そう思って私の事を「ラングでいい」と言い、今後も関わるだろうからとお互いに呼び捨てにするようにお願いした。……未来の王妃になるんだから、今から慣れて貰わないと。
「ラング……」
「っ。ル、ルーカス、様……」
くっ、よりによってここで会わなくていい人と会うのか。
睨んだ様子のルーカス様は私を見ると、そのまま黙ってカトリナを連れ出し会場へと向かってしまった。
(すまない……)
タイミングを間違えたと思い、気が気でないデビュタントを向かえる羽目になった。
その後、2人がどうやって会場を抜け出したが分からないが、どうにか切り抜けた様子だ。後日、ルーカス様に呼び出され怒られるのだろうかと思っていたが、カトリナの教師にと頼まれた。
「……理由を聞いても良いか?」
聞いてみればその頃から、彼女の周りで不穏な動きがあるのだと聞く。同時に違法な魔法が各地にばら撒かれている。その警戒の為に、今の内からカトリナの周囲を固める必要があるんだって。
「妃の地位を狙ってカトリナに危害を加えかねないからな」
「……それを普段から発揮してくれ」
「あ、カトリナが可愛いんだ♪ それで――」
適当に受け流す。
そうして3年の月日が流れ、違法の魔法がこの国でも出回り始め妙な連中が廃棄された工場を使っていると掴んだが、実行犯を掴めずにいた。
そんな時、カトリナが何者かに階段から突き落とされたと言う報告を聞く。ルーカス様の所に慌てて向かう。
「くそっ……!!!」
案の定と言うべきか、怒りを露わにするルーカス様。報告書が部屋中に散らばっているから、すべて読んだ後なのだと分かる。
婚約者がカトリナであると公表したのはデビュタントの時だ。実態が掴みずらい組織の為に、彼女を囮にし自分達が証拠を集めて立証できるまでの時間が必要だった。
その結果、怪我をさせる事態にまで……。
読みが甘かった。魔法が魅了で相手を惑わし、記憶を操作すると言う違法性の為に製造元を抑えないとどのルートでばら撒かれているのかが分からない。
「ルーカス、様……」
「いいっ。私もその案に賛同したんだ。……怪我をさせないようにと動いたが、やはり無理だったか」
「いえっ、それは……」
自分のミスだ。
せめてカトリナの周りに密かに護衛をつかせれば良かった。けど、それをすれば全てがバレる。傀儡にされている貴族家の把握も済めばすぐにでも、取り押さえ出所を明らかにしたものを……。
「これは……」
「お嬢様に怪我をさせた実行犯と、違法に売買されているお店のリストです。前々から噂ではありましたが、違法に扱われる魔法の所為で国を乗っ取り破滅させるというやり口ですから。一応の警戒の為にと密かに」
密かにって、これだけの資料どうやって。
思わずカトリナの執事であるファールが背後に立つからビックリしたよ。自分の家で怪奇現象とは勘弁してほしい。
でも……今まで調べた所とも被るし、抑えて欲しい工場も同じだ。
彼はカトリナを突き落とした犯人をすぐに特定し、その人物が魅了の魔法によって記憶を操作されているのも掴んでいる。恐ろしい情報収集だなと見れば、彼は変わらずの笑顔で「地獄に叩き落とすと言いましたから」とカトリナに言ったんだと告げた。
「……よく、許可したね」
「いえ。お嬢様は分からない表情をされていましたが、実行して良いと判断しました」
(何でそうなった)
まぁ、でも……。
裏付けとして製造元は抑えたい。すぐに兵士を編成し、極秘裏に行おう。ファールにはその際に制圧を頼んでみたら「分かりました♪」と言って、すぐに気配を消した。
あの執事、何者……?
彼のお陰で製造元は抑えたし、こちらで調べて来た事も重なる。傀儡にされた原因も半分魅了の魔法で操られていたから、それをそのまま行使させて貰い仮初のパーティー会場で派手にさらけ出して貰おう。
彼はカトリナに怪我をさせた子爵家の子息と、自分に付きまとってきた令嬢を許さないだろうからね。領地を与えてそこで大人しくして貰うと表向きではあるが、国外追放と何ら変わらない処置。
どうにか破滅は免れたが、どうにも後味は悪いし疲れた。
カトリナにも謝らないといけないから、後日ルーカス様が彼女を呼ぶという用だからその時に言うか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「カトリナーー!!」
そうだと思ったよ。
犬モード全開で彼女から離れない、バカ犬めが。あれでは謝罪も言えないじゃないか。
そんな心情を知ってかファールが「大変ですね」と言って来る。いや、絶対に心配してないよね。
「楽しんでない?」
「さあ。どうでしょうか」
ルーカス様がカトリナに纏わりついているから、話せないしと持っていた報告書を整理する。ファールは既に空気に徹した様子だから、話しかけないけど密かに笑っていた。
「お互い、大変なご主人を持った身ですからね。ちょっとは付き合って下さいよ」
「カトリナの操縦は君に任せるよ。ルーカス様が操縦不能だ」
「あぁ、確かに」
納得したようで安心した。さて、仕事に戻るかと内容を見ているとルーカス様の声が部屋中に響く。
「カトリナ、大好きだよーー!!!」
「バカ犬、吠えるの禁止と言っただろう!!!」
いつものルーカス様に戻ったが、とてつもなく不安だ。
自分がしっかりしないとと胸に刻みながら、今度は胃痛との戦いかと小さく溜息を吐いた。