損と嘘
アメリーと呼ばれた給仕服の女性はびくりと肩をはねさせて入店してきた初老の男を見つめる。ステインの一同も背後を振り返り、その男を見つめた。
「そいつは試験官じゃねえ。Cランクギルド試験の常連、『エレクトリック・カフェ』の構成員だ。それに店の中にいるやつらも全員構成員。もっと言えばこの空間も試験会場を偽装した幻覚。毎度毎度おんなじ手で参加者を混乱させるせいでついに『本物』の試験官の俺がここまで出張ってきた」
初老の男のその言葉に、エルザはどす黒い殺気を隠そうともせずにアメリーを見つめた。そしてジョシュアは、なぜ自分の過去が漏れているのか、誰が漏らしたのかを考えながらセレブロを引き抜いて撃鉄を起こす。
作戦が崩れたことに気付いたのか、それとも目の前の男が微塵のためらいもなく殺しの準備をしていることに気付いたのか、アメリーの顔が恐怖に歪み、客のふりをしていたエレクトリック・カフェのメンバーは戦闘の気配を察知したのか足早にステインへ歩み寄る。
「やめろ手前ら。ここで殺し合わなくてもギルド対抗の実技試験がいくつかある。その時か、そのあとで解決すりゃあいい」
あわてる様子もなく初老の試験官が言うと、ジョシュアはセレブロを再びホルスターに仕舞う。エルザは殺気をこめたまま、アメリーに向けて言葉を吐き出した。
「ねえ、あなた。アメリーとか言ったかしら?私をバカにしてくれたけど、きっちりおとしまえはつけるからね」
背筋の凍りそうなほど冷たい声でエルザが言う。アメリーは涙を浮かべて小刻みに震え、エレクトリック・カフェの構成員も言葉をかけられずにいた。
「さて、下らねえ幻覚は解いて本物の試験会場に戻せ。そうしねえとまた失格にさせるぞ」
試験官のその言葉に、エレクトリック・カフェのマスターであろう男は苦々しげな表情を浮かべて魔法を解く。
瞬き程の時間の後でカフェは完全に消え去り、病院の待合室のような空間が姿を現していた。
「つっても、今日はもう試験はねえ。そこの用紙必要事項を書いて、ギルド本部の受付に提出して終わりだ。おつかれさん」
ひらひらと手を振りながら試験官は扉を開いて部屋から出ていく。エクスレイはきょろきょろと周囲を見渡すと、書類のもとへと歩み寄って手早く記入する。他の誰も、動けなかった。
「エルザ、ジョシュア。帰ろう」
一人だけ朗らかすぎる態度のまま、エクスレイがにこりと笑った。