ステイン
ジョシュア・エンデュミオンは椅子に腰かけて窓の外を見つめる。切れ長の目の奥には炭のように黒い瞳が窓越しに風景を映し、重力に逆らって立ち上る短い銀髪はきらきらと室内灯を返す。ワイシャツに黒のスラックスといったラフな服装で、胸元のボタンはいくつも開いている。顔はまるでひどい二日酔いのときのように青白く、眉間には皺が寄っていた。
彼がいるのは小規模な魔術ギルド「ステイン」の会議室だ。会議室といえば聞こえはいいが、古びた小さい民家を無理やり改装して、その建物に押し込められた事務用の机やテーブルはあまりにも珍妙で、どこか現実離れした雰囲気を感じさせる。
「相変わらずひどい顔してるわね」
窓を見つめるジョシュアの顔を傍目に見ながら長い赤髪の女性、エルザ・オリヴィエが言う。ジーンズにTシャツ、足元はスニーカー。こちらもラフな服装で、体系や顔はいかにも女性的だが服装だけはボーイッシュだ。
「余計なお世話だ」
つぶやくようにジョシュアが言うと、エルザはくすくすと小さく笑う。
エルザは窓を隠すようにして、壁に体重を預ける。幸いなことに壁や窓は軋んだりはしない。
「あと20分したら出発するわよ。マスターに留守番ができるのか心配だけど、お仕事をすっぽかすわけにはいかないから」
「そうだな。そういえばマスターは?」
「さぁね。本部で仕事探しでもしてるんじゃないの? 伝言もメモもないんだから本当困るわよね」
あきれるようにエルザが言い、ジョシュアは小さく笑う。
彼らは「ステイン」の一員で、これから仕事をしようとしているのだ。彼らの仕事は魔物の討伐、といえば聞こえはいいが、良いところでスライムやゴブリンの駆除程度の仕事しかない。というのも彼らステインのギルドランクが低いために重要な仕事をまかせてもらえないのだ。ギルドランクを上げるためには仕事をこなすしかないし、仕事で認められるには高難易度の仕事をしなければならない。そんなジレンマにさいなまれて花開かぬままに潰れていくギルドは決して少なくはない。
「……装備を整えてくる」
ジョシュアは立ち上がり、大股に歩きだす。
殺しを始めるための準備を頭の中で始めながら、彼は大きく息を吸い込む。
彼が自室で準備を整えようとしたときにギルド集会所の入口が開いた。
現れたのはずぶ濡れの老紳士であった。黒い燕尾服と片眼鏡をかけ、手に真っ白のグローブを着けてステッキさえ携えた、まるで漫画の老執事のような風貌のその男は、「ステイン」のギルドマスターである。
「いやはやいきなり雨が降り出して困ったものだよ。傘を持っていこうなんて想わないくらいに晴れていたというのに」
朗々と良く通る声で老紳士、エクスレイは片眼鏡についた雨粒をハンカチでぬぐう。エルザはその様子を見て眉をつり上げた。
「ちょっと! いなくなるなら伝言でもメモでも残して行ってちょうだい! これから仕事があるのにギルドを空にして盗賊ギルドの連中に荒らされたらどうしてくれるわけ!?」
今にも噛みつきそうな女性、エルザの剣幕にも慣れたように、老紳士、エクスレイは申し訳ならそうに謝罪の言葉を口にする。
そんないつも通りのやり取りを尻目に、銀髪の青年、ジョシュアは自室の扉を閉めた。