第12話 準備
俺と黒川さん、美咲の関係はあまり変化を見せなかった。
変わったことといえば学校で美咲の彼氏のフリをしていると自然と友達とまでは言えないが、話せる人ができたことだ。
それ以外は何もなく、ただ学生にとっての一週間の終わりである金曜日が訪れただけだった。
4月15日金曜日午後5時
俺は校門をくぐり、外に出た。
今日は1人では無かった。
隣には学校1の美少女と名高い美咲が歩いていた。
今日は一緒に帰ろうと誘われたのだ。
誘いを断ることもできず、今に至る。
いつもの桜並木を一緒に歩く。
美咲の家は俺の家の方向にある駅から3駅離れた場所にあるらしい。
陽が落ちてきたため美咲の顔が橙色に染まる。
俺の隣に歩いている人は俺がクロミナをやっていなければ出会うことも知り合うこともなかった。
俺のここまでの人生はクロミナで動いていたのかもしれない。
俺が倒れる前、クロミナをやらなければ倒れていなかったのかもしれない。
不意にそんなことを考える。
意図的になんて考えられない。
俺はふと考えた。
俺が強くなかったら、俺が聖騎士じゃなかったら、俺の隣には美咲はいないのだろうか。
俺は聞いてみることにした。
「なぁ、美咲」
くるりと美咲はこちらを向く。
「ふと考えたことなんだが、もしも俺が聖騎士じゃなかったら、美咲は俺とこうやって歩いていたか?」
美咲は強さだけで人を判断する人間なのか。
弱い俺と強い俺で表情態度を豹変させたアイツらみたいに。
「歩いてないね。」
やっぱり…か。
「こんなに早くはね。」
?
どういうことだ?
「それは出会うためのイベントに過ぎなかった、てことだよ。」
「どういうことだ?」
「きっと私は君と出会っていたよ。それは今君と少し付き合って君の性格とかがわかった上での話になっちゃうけどね。」
美咲は俺の少し前から俺の隣に来て話を続けた。
「例え戒斗が聖騎士じゃなくても私は知り合ってたと思うよ。たまたま戒斗が聖騎士で、たまたま私と戒斗が出会うイベントが省略されただけ。」
「無茶苦茶だな」
「無茶苦茶でもなんでもいいよ。私は今が好きなの。この、戒斗と歩いてる今が」
美咲はニコリと笑う。
今…か。
過去がどうとかはもう変えることはできない。
もしかしたらあの時倒れなかったんじゃないかと考えるのではなく、あの時倒れたから今の俺があると思わなくてはならないのだ。
今を大切にしよう。
美咲からはその感情を学び取った。
「そうだな」
俺は1つ深呼吸をすると再び歩き始めた。
それに合わせて美咲も歩き始めた。
4月16日土曜日
ここは「放置対戦☆クロスラミナ」管理オペレーション室の会議室。
明日に控えた長期メンテナンスの終了の前に今後について会議が行われるそうだ。
管理人が全員席に座るとすぐに社長である澤田和俊が顔を見せる。
その瞬間座っていた管理人が一同立ち上がり、挨拶を交わす。
社長が座るといよいよ会議が始まる。
「では明日、クロミナが再稼働することについて話し合おう。」
社長は顔の前で手を組むとゆっくりと口を開いた。
「VRMMOの実装だが、ソフトウェアの開発が少々遅れているため、明日は間に合わない。」
数名の管理人は了承しているようだが、まだ半数以上の管理人は了承していない様子を見せる。
「それを行うのがこの長期メンテナンスだったんじゃないんですか?なぜ間に合わないんです?」
「アメリカにあるVRMMOの製作を任せている会社が諸事情でこの期間内には無理だと言ってきたのだ。実装は3日後の20日になるとのことだ。」
「そんな…」
「クロミナプレイヤーから非難されないでしょうか、」
「VRMMOのことは勿論トップシークレットであるし、他の新要素もあるため問題はないだろう。」
「では、17日にはアップデートが行われるのですね?」
「その通りだ。」
管理人は腑に落ちない部分もあっただろうが、皆落ち着いた様子だった。
「まぁさほど大きなアップデートではないため、アップデートをしなくてもプレイはできるようにはなっている。20日のアップデートは全員強制だがな。」
すると佐藤管理人が挙手をした。
「新要素についてご説明願います。」
数名の管理人も頷く。
「そうだな。開発に携わった人以外は知らないからな。話すとしよう。今回のアップデートでは長期メンテナンスのお詫びとして特設ガチャを設ける。そして討伐された魔王軍の領域を消去し、新たに氷雪地帯を実装することになった。」
おお、という声が管理人から上がる。
「新しいことはバグが生じやすい。調整をその都度して行くつもりだ。」
全管理人が頷く。
プレイヤーからの報告を受けてその改善に努めるのも、管理人の仕事である。
「では、問題とすれば……」
澤田社長も渋々頷く。
ここにいる誰もがそのことを重く受け止めていた。
ここにいる管理人にとって「放置対戦☆クロスラミナ」とは一種の生命線であり、れっきとした仕事場である。
プレイヤーにとっては遊びでしかないかもしれないが、管理人にとっては仕事、お金を稼ぐための大事な場所なのである。
そのため、プレイヤーよりも今回の問題視していることは重いのである。
「metaliaはいつ、どこで現れるかわからない。だが、それでも奴は腐っても我々のゲームプレイヤーだ。この世界に入ってきた時には1人のプレイヤーとして入るに決まってる。そこで一刻も早くmetaliaを見つけるのだ。」
管理人がざわつく。
「しかし、社長。メンテナンス終了である17日には少なくとも1億人ものアカウントがログインすると思われます。その中から見つけることなんて無理ではないでしょうか。」
他の管理人も頷く。
「だが、やるしかない。そこで見つけられなくても騒ぎが起きたらそこにいる。そう思っておけ。」
社長は管理人にここ数日は寝ないで仕事しろと言っているようなものだった。
しかし、管理人の殆どがそれを了承している。
その覚悟はできているのだ。
「発見したら我々の力も容赦なく使っていく。そして、カイトくんにも連絡する。その他の戦力にも連絡をするつもりだ。」
「その他の戦力とはなんでしょう?」
「世界各国の強プレイヤー達だ。スカウトは済んでいる。」
「それだったら安心ですね。」
「まだ安心はできないがな。なにせ相手の力が未知数だからな。臨機応変な対応が必要だ。」
全管理人は頷く。
社長は席を立って管理人に呼びかけた。
「勝負は明日からだ。そのために各々準備を整えておけ。クロミナ壊滅だけは、止めるぞ!」
全管理人も立ち上がった。
そして全管理人が雄叫びを上げた。
全員の意思はおそらく同じだろう。
クロミナを壊滅なんてさせない。




