三位と無冠(2)
この柊彩学園には寮が3種類ある。男子寮と女子寮と『それ以外』の3つだ。
とはいっても、別に新人類の事を指すのではなく、人外共の温床とも呼べる序列十位以内『番号付き』用の寮である。
男女の寮はそれぞれに一フロアに十部屋、二人部屋という標準的なものに対して、『番号付き』寮は一フロアに僅か二部屋、尚且つ一人部屋というもの。建物の規模は同じ癖して部屋数が少ないものだから部屋が広い広い。我が妹もまた、この寮に住んでいるのだが、少々事情が異なる。これは後で説明しよう。
緋芽が頭を抱え始めた後も、しばらくの間は妹の自慢話を続けていたが、その後僅か十分で彼女は頭痛を訴え始めた。正直言って、まだ話したいことは色々とあったが、まぁココで体調でも崩されたら数少ない俺の友達がまた一人減ってしまう為、それだけは避けたい。
というか、帰る間際には声を聞くだけでアンタを殴りたくなる、等と言うと同時に何故か睨まれたのだが、俺が何時そんな嫌われるような事をやっただろうか?
因みに女子寮と男子寮、先述の『番号付き』寮は全て柊彩学園の敷地内にあり、女子寮と男子寮の間に『番号付き』寮は置いてある形になっている。その為、両者の寮にとって『番号付き』寮は割とお手軽に行ける距離となっているのだ。そして、毎朝自称親衛隊の方々が出入口にて出待ちをしておられる。あと、護衛と称して寮まで集団下校しておられる。
それこそ、丁度今のように。
「兄さん、今帰りでしたか」
背後、斜め下から声が届く。
俺の事を「兄さん」なんて呼び方する存在はこの世に一人しかいない。もし増えてたりしても、それは液晶の中だけだ。
「ゆうり?」
「はい。貴方の妹である久栄悠莉です」
微笑みながら彼女は言う。その笑みは宝石にも等しく、その姿は女神の如き神々しさを纏っている。まぁ、身内贔屓だけども。少なくとも、ゆうりは周囲にいる生徒達を霞ませる程の存在感を放っていた。
「兄さん、何か学校に用事があったんですか? 何時もだったら真っ先に寮に帰っているのに、今日は少し遅かったですね」
「俺にも忙しい日くらいはあるさ。まぁ今日は別段そういう訳じゃないけど」
「?」
彼女は小首を傾げる。そんな彼女には悪いが、とてもじゃないが、本人の前でクラスメイトに妹自慢していたとは言いづらい。なので話題を逸らす。
「そういうお前こそ今帰りなのか? 珍しく人が少ないが」
ゆうりの後ろには基本30人以上の規模で後ろに着いてくる生徒がいるが、今日は10人にも満たない。なかなか珍しい。
「はい。実は本部の方が来ていらして、少しお話をしておりました」
話自体は簡単な依頼ですけどね、と、ゆうりは肩をすくめる。本人は軽く言っているが、基本的にそんな話が舞い込んでくるのは『番号付き』の十人のみであり、他の生徒からしてみれば、喉から手が出る程欲しいものだ。普通の人間が言ってしまえば忽ち妬み嫉みの嵐だろうが、『番号付き』は違う納得というか、諦観というか。もうコイツらだけでいいだろホント。
「それでは皆さん、今日はこれから兄さんと帰りますので」
俺が物思いに耽っていると、ゆうりが背後の取り巻きの方を振り向き、声をかけていた。
「だ、大丈夫なのですか? さすがにその、彼一人では実力的にも私たちも不安なのですが……」
三つ編み眼鏡の少女がゆうりに反論する。
……てか、あの人確か高等部三年生じゃなかったか。いいのか、三歳も年下の相手にそんな及び腰で。
「大丈夫ですよ。私だって対人戦が不得手、という訳ではありません。それに実力云々で言えば、私に勝てる人は片手で数えるに事足りますし」
ゆうりのその言葉に三つ編み先輩は納得したのか、あるいは言っても無駄と思ったのか、割とあっさり引き下がった。多分後者だろうけど。
「分かりました。では久栄さん、また明日」
「はい、また明日」
ゆうりが軽く会釈すると、先輩を含めた取り巻き達はゆっくり各々の寮へと帰っていく。……正直言って、不安しかない。実力だけで見れば俺なんかよりも、よっぽどあの先輩方諸々の方が上だろう。そう、これはただの身内贔屓に過ぎない。
「さ、行きましょう。兄さん」
ゆうりは俺に微笑みかけながら自分の寮へと向かう。
……まぁ、俺にとって、そして彼女にとって唯一の身内だ。少しは甘い汁を啜ってもいいだろう。
俺はどことなく弄れた考えを持ちながら、彼女の後を追うことにした。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい」
ドアを開けると同時に、どちらからともなく互いに声をかける。この寮に転居して以降、なんとなく行っている挨拶だったりする。
『番号付き』寮の401号室。3LDK、ユニットバス付きの、、最早マンションの一室となんら変わりない豪勢な部屋である。現在、俺は序列三位『番号付き』であるゆうりの部屋を間借りさせてもらっている。
前述の『事情が異なる』というのはこの事だ。本来であれば、ゆうりはこの部屋に一人で住み、俺は男子寮でクラスの誰かさんと二人暮しになる筈だが、彼女自身がそれを許さず、なんと「兄さんと一緒に住むなら」と条件を付けたのである。お陰でファンクラブと名乗る紳士諸君からの怨嗟とカミソリの仕込まれた手紙が引き出しの中に大量に入っている事もしばしば。女子か。
とにかく、そんな感じの経緯の元、一応中等部の生徒かつ、力の制御を補佐するという名目上のボディガードとして、現在の二人暮しに至る訳だ。
が、正直なところ男子寮に入ろうと、ココに入ろうと二人暮しであるという事に変わりはなく、快適な方で暮らした方がマシと思った為、俺もこっちに転居する事を決めた訳だ。
とはいっても、条件はある。
まず、期間はゆうりが中等部を卒業するまでということ。つまり、この一年間のみ。以降は他の生徒と同様に一人で住むということ。此方は問題ない。しかし、次が本題だ。
他者に対して『番号付き』の使用する魔術の情報を流出しないということ。これに対しては条件と言うより警告に近かった。しかし、これは実際に流出した場合、本当にマズい。
魔術士にとって敵の魔術系統────その魔術士が得意とする魔術のこと────が分かるということは、戦争において敵国の保有する秘密兵器の情報を知ることに等しい。つまり、自分のもつアドバンテージを失うこととなるのだ。故に、魔術士は出来る限り戦闘は第三者の目が届かない場所で行うという暗黙の了解が存在する。
────話が逸れてしまった。簡単に言うと、この寮で見た事、聞いた事は他言無用の社外秘ならぬ舎外秘という訳だ。
そして、その中には勿論俺の妹も含まれている。まぁ、正直言って彼女の魔術系統に関しては、兄とされている俺でも理解できない所が多い。例え、血縁関係であったとしても兄弟や親子間での能力の違いというのは大きく違う事は多々あるのだから。
俺にとって、この妹の存在というのは非常に誇らしいものはあるが、それと同時に、酷く恐ろしいものでもある。