三位と無冠(1)
───────『魔術学院』、そう呼ばれる組織がある。魔術を極めるべく作り出された組織であり、非常に多くの魔術士が属している為か、各地に学院の下部組織、施設が存在する。
その中で極東唯一の学院施設『柊彩学園』。
表の顔は限られたエリートのみが入学を許された中高一貫、全寮制の名門校。
しかし、光に照らされれば影が出来るように、ここには裏の顔がある。数多くの魔術士が存在し、管理された小さな魔境。それがこの学園である。
更に、この学園の人間は大きく3つに分かれる。
まず、英国にある魔術学院本部からの留学生、通称『貴族生』。本部から来たこともあってか、プライド、実力共に高い人間が多く、基本学園内序列の上位を独占、維持している優秀な連中である。
第二に、日本出身の魔術士一族であり、学園に招待される形で入学した生徒、通称『優待生』。まぁこちらも、それなりにプライドが高く、実力もある……のだが、貴族生と比較すると多少、劣等感を催されるのか、ちょくちょくいがみ合ってるので、第三者としては少々勘弁して欲しい所である。
そして、その第三者にあたる『通常生』。全校生徒の6割がこれに当たる。
以上、三種類に別れている訳だが、この呼び名は別に教諭達は一切使っておらず、ただ、生徒達の自称である事を補足しておく。正直、自画自賛のし過ぎである、と通常生の『俺』は思っている。
あともう1つ、先程ちょろっと出てきたが、学園内序列というのは、もうひとつの学園の人種判断要素だ。学園に所属する生徒に月に1度通知されるもので、全200名のうち上位50名のランキングが記されている。
基本的には、前述の貴族生が独占していることが多いが、優待生や通常生が一部入賞していることもある。例えば、七年ほど前には、まだ未熟者が多い中等部の生徒でありながら序列二位になった輩もいるらしい。そんな序列のうち、通知に載った十位以内の生徒は『番号付き』──該当する順位の番号──と呼称、賞賛され、それ以外の生徒は纏めて『無冠』と呼ばれている。
無論、俺もそんな人間の一人であり、あまり目立たない様に気侭に暮らしている。
……と、言いたいが、世間はそう思うようにはさせてくれない。上述の七年前の天才『蒼刃』以来の中等部入賞者、序列三位『久栄悠莉』。俺の妹である。
蒼氷のように美しく輝く銀髪と焔色に似た宝玉の瞳を持ち、その一挙手一投足全てが「完璧」と称される絶世の美少女。魔術士としての能力は高等部の生徒でもBクラス迄成長すれば「上々」とされている中で、発達途中でありながら殆どAクラスという文字通りの桁違いの才能を誇る。だが、何よりも恐ろしいのは、天才とされる彼女でも「3位」であるという事だ。ほんと、世界は広い。
そんな妹に対して兄である俺こと『久栄蓮』はというと、黒髪黒瞳のパッとしない高校2年生。隣に立たれると、まず兄妹と思われる事はない。
しかし、それでも俺にとっては大事な妹ということに変わりはない。その『真理』は永遠に不滅のものだ。
「……ねぇ、その話まだ終わらないの?」
そんな事を高らかに話していると突然、声をかけられる。声の主は俺の席──1-B教室の窓際最後列、通称主人公席と呼ばれる畏れ多いポジション──の丁度真横に座る少女。寝惚け半分、呆れ半分と言った具合の表情をしたその顔は割と整っており、『普通の』学校であれば間違いなく青春を謳歌できていたであろう。
薄い赤に染められた髪と着崩した制服、腰に巻いたピンクのカーディガンが特徴的な少女の名は『御笠緋芽』(通称『ヒメっち』、そう呼んでいるのは俺だけだが)。俺と同じ1-Bの生徒なのだが、クラスの中では腫れ物的な扱いを受けていたり。だってまぁ、ちょっと見た目が不良っぽいし、なんか近付きづらい雰囲気あるし。話してみると面倒見のいい良い奴なのだが。
そんな彼女が面倒臭そうにしているというのは珍しい。
「どうしたヒメっち。何故そんなにイヤそうな顔をしているのだ」
「ヒメっちゆーな。これで何度目か分かんないけどさ、愚痴なのかシスコン惚気なのか分からないような話が聞き飽きたって言ってるのよね?」
そう言いながら彼女は、黒板の上に時計を指す。十七時四七分。ふむ、喋り始めて一時間半程度。まだいけるな。
「ふむ、じゃないし。いけないし。大体、毎日こうやって放課後話しているのに一度として内容被りが無いってどういう事よ」
「当たり前だろ、我が愛しの妹の噂なんてポジからネガまで大小様々あるんだから」
「こういうのって普通コンプレックスになるもんじゃないの……?」
はぁ、と溜息を吐くと同時に彼女は頭を抱える。
何故呆れているのだろう。むしろ自分の妹が有名人という事はだいぶ誇らしい。そんな妹の事を誰がコンプレックスにするものか。
……まあ、平凡を絵に書いた様な見た目の俺とは明らかに不釣り合いとは思うがな。