第96話 リタ、リディア vs 破壊者ボルイェ
ヘンリックが魔騎士サミュエルを戦闘不能に追い込む10分程前、リタとリディアの2人は新たな敵に遭遇していた。
ここに来るまでの途中、自分達が通った道がトラップにより落石で塞がれ、マッツ、ヘンリックと分断されてしまう。
仕方無く前に進んだ広い部屋で遭遇した2人の敵。
1人は人間の子供程の小柄で、黄土色の分厚いローブを纏い、顔は骸骨さながら、ほとんど骨と皮だけだ。その為、目が爛々と光っている事が不気味さに拍車をかける。
人呼んで『破壊者ボルイェ』。
もう1人は、ボルイェの4、5倍の体躯をしており、獅子の顔をしている。筋骨隆々、鎧などは身につけておらず、僅かにレザーの毛皮を上下に纏い、手にはリタの身長程もある大きな長剣を持っている。
この男が『半獣戦士ゴトフリート』。
―――
「……超人への近さで言えば、今の世だと『放浪者コンスタンティン』が突出しているな。続いて『破壊者ボルイェ』、オリオンの子孫の『聖騎士オレスト』辺りか」
―――
ヒムニヤが言っていた言葉を思い出す。
「リディア、私があのでかい獣人を倒すまで粘れる?」
リタが目の前の不気味な2人から目を離さず、小声でリディアに話しかける。
「リタさん、私の事は気にしないで。あのゴト何とかいう奴もかなり手強い筈だわ」
それを聞いて、ふと、リタに笑みがこぼれる。
(リディアも成長したものだ……)
今、目の前に立っている2人から発せられる気は、簡単に相手できるレベルではない。
以前のリディアなら、ガタガタ震えていた筈だ。それが今では何とも頼もしい。
「……そうね、わかった。これは1対1じゃない。2対2ね」
「ええ!」
リディアが大きく頷くと同時に、ローブの男が小さく口を開く。
「話はついたかね?」
僅かな口の動きの割に、洞窟の全体から聞こえるような声だ。きっとこれも魔術なのだろう。
ゴトフリートが続ける。
「こんな小娘共が俺の相手か……ま、何でもいい、かかって来い」
こちらは獣の顎から発せられる生の声だ。低く、くぐもった声で聞き取りづらい。
「じゃあ、行かせてもらうわ!」
言い様、ゴトフリートに向けて猛ダッシュするリタ。無論、距離を縮めている間、普段通りの戦法を展開する。つまり、弓矢での先制攻撃だ。ゴトフリートだけでなく、ボルイェに対しても放つ。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!
ゴトフリートは全ての弓矢をその肉体で受ける。
この部屋に入る前に、既にリディアがバフ魔法をかけている。当然、弓矢にも物理攻撃向上がかかっている。
だというのに、貫通どころか刺さりもしない。
そして、ボルイェも避けない。が、目の前にバリアが張られているらしく、矢はあっけなく粉微塵に粉砕された。
だが、リタはお構い無しに距離を詰め、あっという間にゴトフリートの目の前だ。距離を詰めると尚更大きさが際立つ。
ヴォルドヴァルドよりも更に大きく、背丈は3メートル近い。半獣の血が成せる巨体か。
両目の位置に弓矢を放つ!
放っておいて、太ももの辺りを剣で薙ぎ払うように斬る!!
一方、リディア。
ボルイェの手前でリタが放った矢が消え去ったのを見て、瞬時にエッカルトが唱えていた防御呪文「霊幕」を思い出す。
ボルイェはミラー系の最高位魔術師、すぐさま見極めて魔法を発動する。
古竜の大森林で自分がリザードマンの群れを倒した時、エルナがテン系統について、こう言っていた。
―――
「同等レベルのミラー系術師と1対1でやり合ったら勝ち目は薄いでしょう」
―――
(これは1対1じゃない! 2対2なんだ!!)
自分に言い聞かせ、最大限、今、自分が出来る事をしようとする。
「『聖剣』!!」
相手の物理耐性を弱化させる。効果は術者の魔力に依存する。
ゴトフリート、ボルイェの2人を対象とするが、ボルイェにはかからなかった事がリディアにはわかる。
(魔法耐性が強化されている?)
リディアが眉をひそめたと同時に、ゴトフリートの太ももをリタの剣が切り裂く!
バシュッッ!!
ボルイェには効かなかったが、ゴトフリートの物理耐性はかなり弱化されており、リタの腕なら軽く切り裂く筈、とリディアは見ていたが……
ゴトフリートの太ももには、毛ほどの傷も付いていない!!
「無駄無駄。そんな優しい攻撃では無駄だ、女」
言いながら長剣を振り回し、リタを襲う!
ゾクリとしながら、リディアがリタを援護する。
「『豪弓』!!!」
ボルイェ、ゴトフリートにまとめて弓の大砲を放つ!! かつてのリディアの最強攻撃スペル!
今や、詠唱も不要となるまでに成長した。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
ガキィ――――――ン!!
だが、魔法による攻撃にも全く動じないゴトフリートの長剣が、今しがたまでリタが居たであろう位置を打ち抜く!
無論、いつまでもじっとしているリタではない。
(リディアの魔力で防御耐性弱化をかけても刃が通らない)
これは自分達には、殆ど打つ手がないに等しい事実だが、リタは戦闘中に諦めた事など一度もない。
周囲を回りながら、弱点を探し、突きや斬撃を加えてみる。リタの間合いの方が圧倒的に短いため、時々放つ攻撃も命懸けだ。長剣を振るわれるとバックステップでは避けられない。必ず左右に避けないと頭から真っ二つだ。
「娘さん達。そろそろ儂も行くぞ? 洞窟を壊すと怒られるんでの。軽くな」
ボルイェの体にオーラが浮き出る。
(軽く……なんてオーラじゃ無いわ!!)
リディアが恐怖を飲み込み、シールドを張る。
「『絶対障壁』!!」
「『地神の極撃』!!」
ほぼ同時に、ボルイェの口から極撃シリーズとも言うべき、ミラー系統の恐怖の呪文が詠唱される。
刹那、ボルイェのローブの中から、土色の竜が発現、リタとリディアに向けて金色の光線が放たれた!!
ババババババババババババババババッッ!!
が、それらは全てリディアのスペル「絶対障壁」に阻まれ、彼女達には届かない。
この瞬間を逃しはしない!
リタは「絶対障壁」が今の極撃の一撃で消えていない事を確認し、思い切りジャンプ!
ゴトフリートの胸元辺りから下まで、一瞬の内に何十と斬撃を加える。
だが、長剣の薙ぎ払いが来る!
ジャンプ中に横方向の薙ぎ払いを避ける術はない。
(大丈夫、リディアのシールドがある!)
薙ぎ払いを無視し、執拗に斬撃を加え続けるリタ。
バシュバシュバシュバシュッッ!!!
ドッッゴォォォォォォォォォン!!!!
その一撃で、リタはボルイェの目の前まで吹っ飛ばされた。
ダメージは無いものの、自分の背後にいるボルイェから言い知れぬ殺気を感じ取る。
すぐさま、起き上がり、今度はボルイェに向き直るリタ。
「しかし、これだけ美しい娘達を殺すのも忍びないのう……」
口ではそう言っているものの、その殺気は正反対の意思を示している。
「しかも、このシールドは何だ? 見たことがないが……見事なものだ」
ペロリと舌を出して、唇を舐め回す。
リディアが唱えた「絶対障壁」は、ヒムニヤのオリジナルスペルであり、ボルイェが知らなくて当然のものなのだ。
「どこまでそのシールドが持つか、見極めさせてもらおうか……」
ボルイェの目が怪しく光る!!
「『破壊砲』!!!」
ズッ……ドォォォォォォォォォォォォォ!!!
さきほどと同じようにローブの辺りから白いビームが目の前のリタに向けて発射される!
至近距離で食らったため、多少は浴びたものの、瞬時に左に身を躱し、ボルイェに振り下ろしの一撃を加えるリタ!
だが、それも届かない!!!
「大したものだ……では、これはどうだ? 『破壊の剣』」
マッツの剣技の1つのように、瞬時にリタの周囲に生成される剣の魔法イメージ!
リディア、リタ、ともに背筋が凍りつく!!
特にリディア。
(あれはやばい! 障壁が消える!!)
しかし、魔法も物理も何も効かない二人に打つ手がない。
だが、このままでは、リタが死んでしまう!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!
魔法の剣に対しては、何の意味もないとわかっているが、思わず両腕で顔を防ぐように守るリタ。
(やばい、障壁が消えた!!)
「絶対障壁」は瞬時に何度も唱えられる呪文ではない。
魔力が成長すれば神の一撃をも防ぐシールド魔法。それだけに連唱できず、一定の間隔が必要になる、とヒムニヤに教わった。
「そこまでか? では、トドメ、行くぞ?」
「『偉大なる盾』!!!」
無理だ、この程度では……。ボルイェの魔力は絶大だ。
リディアは己の無力さを感じながら、走り出す!!
だが、ふとその横、洞窟の壁がボコボコ、と中から攻撃を与えているような音がし、小石がパラパラと落ちているのに気付く。
瞬間的にマッツとヘンリックが落石を避け、違う道からここに辿り着いたのだ、と都合よく解釈する。
(マッツ!! ヘンリック!!! 早く!!!)
「『死の大氷塊』」
パキパキパキパキパキパキパキパキパキ……
「リタさん!! 避けて!!!!!」
「無駄だ。これは避けられない」
ボルイェがそう呟いた時には、既にリタは氷塊に取り込まれていた。全身を凍りつかせる大きさの氷塊を発生させるのに1秒もかかっていない。
「リタさ――――――んッッ!!」
リディアの絶叫が洞窟に響き渡る!
「やれやれ、もう終わりか? 俺、なんもしてないんだがな……」
ゴトフリートが肩口に剣を乗せて呟く。
獅子の表情は変わらず、伺い知ることは出来ない。
だが……
「別のお客さんかい?」
ボルイェも壁の異変に気付いたようだ。
(早く! マッツ!)
そう念じるリディア。
だが、実はこの時、マッツはようやく飛竜の相手をし始めた頃、ヘンリックはまだサミュエルと打ち合いをしている頃だったのだ。
ボコボコ……
ゴトッ……
不意に土の壁が盛り上がり、岩がいくつか崩れ、小さな穴が開く。
「ささっ。先生! 予想通り、広間に出ましたですよ!」
リディアにとっては、壁の中から、何やら聞いたことのある声と、聞いたことのない口調が耳に入って来た。
(え?? この声……でも、まさか! こんな話し方する奴じゃなかったけど……)
「何だ、誰だ?」
ゴトフリートも知らない誰か、らしい。
「あれ? 中に誰かいるようですよ?」
「そうだろうね。さっきから戦っている音がしてただろう」
「そうでしたか!? いや! さすが、先生! 探知力、半端ありませんな!!」
そんな事を話しながらも、穴は少しずつ大きくなり、やがて、人が通れるほどの大きさまで、削られる。
ズドォ―――ン……パラパラ……
中の方は暗くて広間の方からは見えず、誰なのか、サッパリ分からない。
「な、なんだと……何故、こんな所に……」
1人、ボルイェだけは、ギュッと身を強張らせ、そのギラついた目で壁の中を凝視していた。




