第95話 ヘンリック vs 魔騎士サミュエル
数分前、地上 ―――
カイ・ブリングマンを先頭に、ユリア、クラウス、そしてアデリナの4人は、ようやくラッドヴィグが出入りしていると思しき、入口を発見していた。
「周囲の足跡を見る限り、間違いない。そして、この新しく小さな足跡はマルガレータだろう」
カイが説明する。
「マルガレータ……!」
下唇を噛むユリア。
「では、参りましょうか。ユリアさん」
「……ああ。行こう!」
クラウスの落ち着いた言葉に力強く頷き、彼らは異常に横幅の広いドアを開けて、洞窟に潜入した。
―――
同刻、リタとリディア、ヘンリック。
時折、残して来たマッツの方から派手な音が聞こえてくる。
「洞窟、崩さないでしょうね……」
「ハッ。有り得るな。馬鹿みたいに派手な剣技だからな。しかも、その剣技使いが2人もいる」
リディアの独り言にヘンリックが答える。
無口なヘンリックにしては、よく喋る、とリタ、リディアは同時に感じる。
(自分の番が近付いているのがわかってるのね……やりたくてウズウズしてるのが丸わかりだわ)
私には理解できないわ、とリディアは思った。
しばらくすると、先程、ケネトがいた所と同じような広い平地部分に出る。
「さて……ここにも、誰かいるのかしら?」
リタが少し大きめの声で、探りを入れる。
「ああ。いるとも」
ハァ……と1つ、溜息をつくリタ。
よく見ると、金の鎧を着込んだ巨漢の戦士、ヴォルドヴァルドの小型版のような男が槍を肩に担ぎ、この広い部屋の中心部辺りに座っている。
もっともフルフェイスの兜ではなく、顔は出ているが。
「よし。今度こそ、俺にやらせてくれ」
相手を確認し、恐らく、あれが魔騎士サミュエル、と踏んだヘンリック。
「3人でやった方が、早くないかしら?」
もっともな意見だ。
だが、反対するヘンリック。
「マッツが珍しく自分だけ残り、俺達を先に行かせたのが何故かは、わかっているよな?」
「……ええ、もちろん。クラウス達を心配しているのだわ」
「そうだ。だから行け! 但し、ここにあいつしか居ないという事は、『破壊者ボルイェ』は、お前達かクラウス達のどちらかが相手しなくてはならん。気をつけろ」
リタ達の方を見もせずに話すヘンリック。
「私達の心配はいらないわ。……わかった。じゃあ、ここは任せるわね」
「ああ」
言うや否や、サミュエルへと走り出すヘンリック!
それを見届けて、リタとリディアは次の部屋へと通じるであろう、道なりの道へと走り抜ける。
座して動かないサミュエル。
それに対して、躊躇なく一撃を加えるヘンリック。
ガッッッッツ―――ン!!
サミュエルの胸当て部分に突きが決まるが、見た目通り、かなり防御力が高いようだ。
「おい、立て。死にたいのか?」
ヘンリックの投げかけに、しかし、男は応じない。
「フンッッ!!」
再び、躊躇無く、今度はむき出しの顔面部分を突き刺すヘンリック。
「おお! やるな、お前。まだ若そうだが甘ちゃんという訳では無いらしい」
ヘンリックの穂先を、ガッチリと握るサミュエル。
「フンフンッッ!!」
その槍を引き抜こうと、或いは突き崩そうと、駄々っ子のように槍を引き、押し、を繰り返すヘンリック。
「クフフ……どうした、ピクリともせんな?」
ニヤリ、と口元を上げる。
「……風芒」
不意に呟いたヘンリックの一言に、サミュエルの顔から余裕の表情が一瞬で消え去る。
「……何だと?」
「『雷電』!!」
槍の微細な振動を魔力で電撃に変換、蓄積し、詠唱とともに一気に放出する、ヴォルドヴァルド直伝の六芒槍術!
「グワゥッッ!!」
堪らず仰け反り、掴んでいたヘンリックの槍を離すサミュエル。
間髪入れず、踏み込み、致命の一撃を入れるヘンリック!
カキィィィィン!
しかし、その一突きは呆気なく、サミュエルの持つ金色の槍で弾かれる。
「六芒槍術か……これは珍しい。面白い相手に巡り会えたぞ!」
嬉しそうにそう言いながら、ようやく立ち上がり、手に持つその長い槍を構えるサミュエル。
そして予想だにしない事を言い放った。
「ルーペルトをやったのは、貴様か?」
「……ルーペルト? ああ、ビルマークのあいつか。いや、途中まで戦っていたのは確かに俺だが、最終的にあいつを捕らえたのは、さっき先に行かせた女だ」
ヘンリックがそう返すと、あからさまに残念そうな顔をするサミュエル。
「何だ、そうなのか……では、さっさとお前を倒して、女の首を取りに行くとしよう。ルーペルトは、俺の弟子なのでな。弟子の仇は師匠が討たねばな」
一瞬、背筋がゾクリとするヘンリック。
魔戦士ルーペルト。あいつとは2度戦い、いずれも決着がついていない。
2度目は武器無しの状況だったから仕方ないにしても、初めて出会った時は1対1で完全に押されていたのだ。
目の前の金色の騎士は、そのルーペルトの師匠だと言う。
なら、少なくともビルマークで出会っていたら、とても敵う相手ではなかった筈だ。
(ヴォルドヴァルドとの修行でどこまで強くなったか、ようやく試せるな!)
『以前よりも、多少、強くなった』程度で敵う相手でない事は確かだ。
様子を見ている場合ではない。
全ての力を出して、戦う!!
「フン!!」
ヘンリックの瞬時の踏み込み!
驚いた顔をし、後ろに飛ぶサミュエル。
2人の間合いは変わらずだ。
だが、今のやり合いでヘンリックは少し自信を持つ。
汗が額から流れ落ちる。
「お前……やるな」
先程までとは違い、サミュエルはグッと腰を落とし、左半身を前にした中段に構える。
サミュエルの方も、今の踏み込みを見て、目の前の若者が、弟子のルーペルトを超える、自分に匹敵する技量を持つ事を見抜いた。
「これは、命懸けだな」
だが、笑う。
しかし、ヘンリックも同じだ。
2人して口元を上げ、強い相手と戦う事に喜びを感じていた。
―
カンカンカンカンッッ!
キンキンキンキンッッ!!
中段同士で捌き合い、付き合う。
何十合、何百合とやり合い、両者の地力、技量の差が浮き彫りとなってくる。
「バカな……こんな若造に……?」
サミュエルは愕然としていた。
互角の打ち合いを重ねていたわけでは無い。
自分の攻撃は全て払われ、捌かれる。読まれているのだ。
対して、ヘンリックの攻撃。自分を仕留めに来る、というよりは、まるで修行の成果を実戦で試すかのように、一つ一つ丁寧に攻撃してくる。
こいつにもわかっているのだ。
両者の力の差が。
不意に笑い出すサミュエル。
「フ……フ。全く……信じられんな。ここまでの使い手が世におるとは……世界は広い」
ヘンリックの後ろで足音がする。
「!!」
あれは……剣聖、マッツ・オーウェンだ。
立ち止まり、こちらを伺っている。
マッツ・オーウェンがここに来たという事は、あのケネトが敗れた、という事実を示している。ケネトは隠し球で飛竜まで用意していた筈だ。
だが、見る限り、マッツ・オーウェンは無傷のようだ。噂通りの化け物らしい。
目の前のヘンリックという若造と修羅剣技の剣聖を同時に相手など、出来ようもない。
サミュエルが観念しかけたその時!
マッツ・オーウェンは、ヘンリックに一言も声をかけずに、次の部屋へと続く道の方へ走り去ってしまった。
「なんだと? どうして?」
思わず呟くと、目の前のヘンリックがそれに答える。
「奴は、今の数秒で、俺とお前の力の差を見極めたんだ。この地で警戒すべきはボルイェのみと判断して、先に行ったのだ」
「ぬ……ぐぐ……」
歯噛みするものの、全くその通りだ、とサミュエルは思った。自分とヘンリックとの力の差以上に、ボルイェは自分やケネトとは全く次元が違う。
しかし、せめてこいつ1人くらいは足止めしなければ、格好がつかない、と、そう考えた。
が、次の瞬間、ヘンリックから、
「無駄だ」
まるで心を読んでいるかのようなセリフ。
それを発するや否や、サミュエルの左肩に穴が空く。
ズドッッッ!
見るとヘンリックの槍先は1ミリも動いていない。
相手を突き、備える為に引く。この動作が達人の域に達しており、まるで最初から動いていなかったかのような錯覚を相手に与える。
「ク……ハハ……この境地にまで達していたか。これは参った」
左肩に空いた穴から血が流れ出す。
しかし、ヘンリックからは無情な言葉が発せられる。
「参った、は無しだ」
表情を変えずにそう言い放つヘンリックを前に、自分はここで死ぬ、とサミュエルは覚悟した。
と同時に、魔騎士と言われ出した頃の事を思い出す。
(そうか……最近、槍ばかりで忘れていたな……)
槍を目の前に放り投げ、ヘンリックに降参する、と見せかけ!
「『炎上』!!」
詠唱! ミラー系魔法の『炎上』を唱え、サミュエルの周囲に火の壁を作る!
「『雷撃』!!」
更に雷撃呪文で追い討ちをかける。
だが……
ヘンリックは逃げない。
魔法など全く効かぬ、とばかりに。
そして、不意に槍を凄まじい速さで振り回し始める!
「水芒!」
槍から飛沫がほとばしり出す!
「『豪砲』!!!」
そして、ヘンリックの槍全体から、凄まじい水圧の大砲がサミュエルに向けて、放たれた。




