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第8話 ツヴァリアの陰謀(4)


「ここが……ツヴァリア……」


 月の光だけで照らし出されたその街は、まさに『廃墟』と呼ぶのに相応しい場所だった。


 焼け焦げた家々、崩れた塀が戦争当時のまま残っており、蔦がそこかしこに伸びて絡まっている。


「見る影もないわね……なんてひどい……」


 当時のエヴントス軍の凄まじさが伺える光景だ。

 教科書でしか見たことの無い都市の残骸を目の当たりにして、俺もリディアも呆然としてしまった。


「ここで立ちすくしていても仕方がない。行こう」

「うん」


 少し躊躇しながらも、俺とリディアはツヴァリアと呼ばれた、かつては栄えた街だったであろう場所に足を踏み入れた。



 しばらくは何事もなく、ゴブリン共の足跡を容易に辿る。


 しかしほんの数分後、突然、俺の敵意センサーが大警報を鳴らす!


 キ――――――――――――ンッッ!!


 遠くから少しずつ近づいてくる感じではない。

 今、突然、ここに振って湧いた敵意だ。この感じは相当に近い。


 後ろを歩くリディアに声を掛ける。


「リディア! 敵だ! 気付かれている。注意しろ!!」


 だが俺がそう言うより早く、リディアの手が俺の腕をギュッと掴む。そして何故だか、その手はガタガタと震えていた。


「マッツぅ……」

「気をしっかり持て! 周りに気を配れ!」

「出た……出たわ!」

「なに?」


 どうしたというのか。


 いくら何でもリディアの様子がおかしい。

 前方を警戒したいが、ゆっくり振り向いてリディアを見る。彼女は俺の腕に顔を擦り付けて震えていた。


「リディア! しっかりしろ! どうした!?」


 震える手で、後ろ、後ろ、と言いながら指差す。

 彼女の後ろ。そこにいたのは……。



 そんな……


「ええぇ? 何故?」



 大きな目が1つ。


 同じ位の大きな裂けた口。


 首の下には胴体が無く。


 細長い手脚。



『リディアと自然に密着』作戦でデタラメに話した、『リェンカリの森に伝わる恐ろしい化け物』そのものの姿だった。


「バ……バカな!」


 キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!


 ドスッッ!!


 今までに感じたことの無い最大レベルの敵意を感知した直後、後頭部に強烈な衝撃を受け、気を失ってしまった。




 ―


 どれほど時がたったろうか。

 目を覚ますと同時に、鈍い痛みが後頭部に走る。


「いっつつ……あてて……!!」



 今、周囲に敵はいない。

 拘束されてもおらず、逼迫した危険はないようだ。


 リディアは……どこだ?


「リディア……リディア!!」

「……う、ううん……」


 ホッ……いた。


 彼女は、俺の足元でうつ伏せに転がっていた。

 まだ目を覚ましていないようだが、呼吸はしている。

 とりあえずは一安心だ。



 武器は?


 これは流石に奪われたらしい。


「ま、当たり前か。……で、ここはどこなんだ?」


 天井がある。

 周囲に壁がある。


 簡易だが、トイレと洗面所のようなものがある。窓は無いが、光が差してくる方向があり、そこには、細い丸太で格子状に組まれた壁がある。扉のようなものもついていた。


 いわゆる――― 牢屋、というやつか。


 どうやら、見張りはいないようだが。


 差し込む僅かな光は太陽光のような自然なものではなく、時折揺れることから、ロウソクや松明のようなものだろう。


「やれやれ。捕まっちまったか……」


 ゴロンと仰向けになり、ため息をついた。

 正直、この状況を想定していなかった訳では無い。現に出発前、ヘンリックにこの場合の対処を伝えておいた。数日経てば、捜索はしてくれるだろう。


 しかし実際に、リディア共々、牢に閉じ込められてみると、これはかなり情け無い。


 モンスターが発生するようになってからずっと勝ち続け、『タカ』が攻められた時もあの大群を相手に軽く退けた。


 どうやら、少し天狗になっていたらしい。


「……くそっ!」


 もう一度吐き捨て、小さく舌打ちする。


 ハンスと言えど『追跡』の魔法無しに、ここまで迷わずに真っ直ぐ辿り着くとは思えない。道中、目印を書いて貼り付けてきたが、それも見つける事ができるかどうか……。


 それを考えると、救出までに相当の時間がかかるだろう。下手すると1週間以上かかるかもしれない。


 窓が無いため、時間の感覚がないのもつらい。


 とりあえず、俺がやられた後の情報を少しでも得るため、リディアを起こす事にした。


「リディア……リディア」


 彼女の肩を揺すりながら、小さな声で呼び掛ける。


「……う……うん」

「リディア! 大丈夫か?」

「う……ここ、どこ?」

「それは後だ。怪我はしてないか?」


 渋い顔をしながら起き上がり、自分の体の状態を確かめる。


「ん……大丈夫、みたい」

「よかった。で、リディア。俺がやられてから何があった?」


 言われて、は? といった顔をしていたリディアだったが、段々と意識がハッキリとしてくるに従い、しかめっ面になってくる。

 明らかに口を尖らせて座り直すリディア。


「マッツの嘘つき。守ってくれるって言ったくせに」

「へ?」


 ん。守る……?


 !!


 思い出した。

 あの化け物…… この世にいるはずのない、俺が適当に創作した想像上の生き物。


「あ、あの化け物が俺達をどうかしたのか?」

「百匹位出てきたわよ!」

「え、ええぇぇぇ~?」

「私達を捕まえて、気持ち悪くて、怖くて、そこから覚えてない」


 待て待て。

 一体、どういうことなんだ?


「バカマッツ! 怖かったんだから!」

「う……ごめんなさい……」


 待て。


 俺の創作だ、というのは間違いで、ひょっとして本当に存在する化け物だったのか?


 リディアが嘘を言っているようには見えないし、何より、気を失う前、実際に俺も見た。たまたま俺が言った無茶苦茶な特徴と一致するモンスターがいた、ということだろうか。


 そんなバカな……と思った時、遠くから、コツコツ、と足音が聞こえた。


「マッツ、誰か、来る」

「ああ。さて、誰だろうな」

「あ、あの化け物だったら、こ、今度は守ってよね!」


 言いながら、そそくさと俺の後ろに回る。


 そんなびびらなくても、魔法でやっつければいいのに……が、まあ俺も守ってやる、と言った手前、そんな事は言えない。


 足音が入り口の前で止まり、嗄れた声が聞こえてくる。


「目が覚めたか?」

「……ああ。最悪な目覚めだけどな」


 どうやら男だ。それも結構な年寄りだ。

 気持ち悪く、クククと小さく笑っている。


「そうか。それは残念だな。久しぶりに会ったというのに」

「え?」


 誰だ?

 こんな辺境に知り合いはいないが……?


「おや。まさか、儂の事を忘れたと言うのか。これは冷たいな」


 僅かな明かりが微妙に逆光になり、顔がよく見えない。

 全身を黒いローブで覆っているが、頭部は出している。背が低めで、髪が薄く白髪になっているように見えた。


 しかし、この嫌なトーンの喋り方、笑い方、確かに聞き覚えがある。


 どこだったか……



 記憶を遡り、そして……思い出した。



 俺がまだ王国直属の守備隊にいた時だ。


 当時、ランディア王国最強の魔術師と言われた男。

 国の転覆を狙った反逆者。

 5年前、俺が捕まえ、王に突き出した裏切り者。


「お前! エッカルトか!!」

「ハッ! そうだ。ようやく思い出したか? マッツ・オーウェン!!」



 こいつは……面倒な事になりそうだ。



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