第80話 ペザの決戦(中編)
――― リタ方面 ―――
「シータ……ペザに戻ってくれていたか……」
「はい! イシャン様が危ないと判断し、マッツ様に頼み込み、一緒に参りました!」
そのイシャンとシータの会話を聞きながら、窓からの侵入者の一撃を防いだシータを見て、驚きの声を出すサンジャナ。
「ほう……?」
「よそ見とは……舐めてくれるわね!!」
リタが息つく暇を与えず、攻撃を続ける。
上下左右、そして合間に蹴りを入れる。
が、どれもヒットしない。
軽く笑いを浮かべるサンジャナに苛立つリタ。
「お前、本当に……兵士などにしておくのは勿体ないな」
「それ、褒めてんの!?」
サンジャナとリタの剣がぶつかり合う音がこだまする。
しかしサンジャナの攻撃もリタには届かない。双剣使い自体、かなり希少である。実のところ、サンジャナは初めて戦う2本の剣を攻めあぐねていた。
一方、シータ。
「お前……何故、ここにいる」
「あああ!! 貴女、マラティさんではないですか! 私、同じ女として美しくて色気たっぷりのマラティさんに憧れていたんです! ……殆どお会いした事は無いですけど!」
「フン!」
ガッキィィィィン!!
キィン!キンキンキンキン!!
マラティのカトラスが凄まじいスピードでシータに襲いかかるが、何と箒でこれら全てを防ぐ。
「お前、何なんだ? その箒は……」
「ハァハァ……フフ、いいでしょう? ンブ……フゥフゥ……イシャン様からの贈り物ですわ!!」
そして、クラウス。
彼はサンジャナの不意の一撃をくらい、壁まで吹き飛ばされ、失神していた。
そして夢を見ていた ―――
……
ヒムニヤ様……
『……では、「闇の波動」を纏ったものと戦う時にはどうすればよいでしょうか?』
……
『光属性……』
……
『お前だ、クラウス……』
……
『フフフ……私がバルジャミンでお前に教えた呪文を覚えているか?』
『バルジャミン……』
……
ッッッ!!
そこで、目が覚めるクラウス。
持続回復をかけていた為、体に痛みなどは殆ど無く、斬られた部分も治癒しかけていた。
見ると、リタとサンジャナが戦っており、更にメイドが1人、増えている。
あれは確か……マラティだったか――― とぼんやり考える。目覚めたてで意識がはっきりしない。
そして、何とシータが戦っているではないか。彼女は戦えたのか……とそこまで考えて、しっかりしなければ! と不意に意識がはっきり戻って来る。
ビルマークの王城でルーペルトと戦った時のように、敵に怯えていた自分ではない。
ヒムニヤに教えを受け、何度も戦いを経験してきたのだ。
「小娘……やはり我らの邪魔をするか……!」
マラティが持つカトラスの一撃がシータの左腕を削いだ!!
見る間に流血し出すシータ。
そして、意識が戻ったクラウスに気付くマラティ。
「そこのヒーラー、妙な動きをすれば、シータを含め、全員殺す」
以前の自分なら、これで怯えて動けなかった筈だ。だが、今は違う。自分は戦える。マッツとも互角に戦ったではないか! そう自分に言い聞かせるクラウス。
「サンジャナ、マラティ。貴女達2人は操られています。この魔法で……目を覚ませ!!」
「なに!?」
バルジャミン縦断中、深夜の講義でヒムニヤから言われた教えを思い出す。
『この魔法は詠唱不要。お前の心にある光を具現化しろ』
両手の掌を腰のあたりで上に向け、目を閉じる。すると……その掌に光が集まり!
「『光震』!!」
サンジャナとマラティ、2人に掌を向け、ヒムニヤのオリジナルスペルを放出するクラウス!
「ンガッッッ!!」
「ガウッッッ!!」
突然、サンジャナとマラティが剣を落とし、頭を抱え出す。
激しい頭痛が間断なく襲っているかのように、のたうち回り出した。
ヒムニヤのオリジナルスペル『光震』。これは闇属性の対象の周りに光属性の『振動』を与える。いわば、『闇の波動』の正反対、『光の波動』を起こす。
ヘルドゥーソの闇の波動のように相手を自分の世界に閉じ込めたり、などの効果は無いが、対象者は干渉され、実質的に闇の波動の効果はなくなる。
「よしっ!!」
小さくガッツポーズをするクラウス。
「ふぅ……」
「凄いです! クラウス様!! ハァハァ……」
リタとシータが安心しかけた……その時!!
サンジャナが立ち上がる。
そして、少し遅れて、マラティがフラッと立ち上がる。
「ううむ……そうか、私は……操られていたか……」
「目が覚めたかしら?」
頭を抱えて呟くサンジャナに、リタが一歩、後ろに下がりながら声を掛ける。一歩下がったのはリタの防衛本能か。
「……ああ」
刹那、今までにないスピードでリタに斬りかかるサンジャナ!
キィンッッッ!!
ギリギリ受け止めるリタ。
「ここに至る経緯は全て覚えている。そして自分の事も思い出した」
「なん……ですって!?」
一歩下がっていなければ、真っ二つになっていた。それほどの膂力。
そして、
「何て事……この私が操られるなんて……」
悩ましく色っぽい声を出しながら、鋭い殺気のこもったカトラスの強撃を繰り出すマラティ。
「操られていたのは許せないけど……ただ、私達のミッションは変わらないわ。報酬も前金で貰っているしね」
シータに襲いかかるマラティ。
呆然とするクラウス。
なんだって……。逆効果だったというのか……?
いや、違う。あの時だ。
頭を押さえてのたうち回っていたあの時。
あのタイミングで、しっかりと捕らえておくべきだったのだ。
「ヘルドゥーソの干渉を解いてくれた貴方達に敬意を表し、改めて自己紹介させていただきますわ。私、『メイドのマラティ』はこの国での仮の姿。真なる姿は……アスガルドの暗殺者ですわ。よろしくね」
そう言いながら茶色のカールがかった髪を、引きちぎる!
いや、ウィッグだ。
見事なブロンドの長髪がサラッと流れ出た。
「アスガルドの暗殺者ですって!? ひょっとして……」
マラティの独白に驚いたリタがサンジャナに向き直る。
「そう、私達が『ケルベロス』。アスガルド最強の暗殺者。この国に数ヵ月前にケルベロスの噂を巻いたのは私達の仲間よ?」
サンジャナも同じように黒のロングのウィッグを取り、肩甲骨辺りまでの綺麗な金髪をなびかせる。
「さて、サービスは……これ位で良いかしら?」
見えない一撃!!
カキ―――ン!!!
リタの左手に持つ一本の剣が宙に舞い、天井に突き刺さった!!
――― マッツ方面 ―――
「マッツ! しっかりしなさい! 元々、サイエンは私達の味方じゃないでしょ!!」
リディアの叱咤に正気を取り戻すマッツ。
そうだ、確かにサイエンは何度も言っていた。自分は中立者だと。ならば、ヘルドゥーソとの間にある天秤も水平に戻さなければならない。
きっと、そういう事なんだろう。
「やれやれ。自分でルールを作って、それを貫くのもいいが……迷惑なもんだな!」
ガキィンッ! キンキン!!
マッツの剣が的確に暗殺者を捉える。
「青竜剣技!!」
僅かな隙を見つけたマッツが、ここぞとばかりに剣技を放つ!
「『飛」ィィ!!」
「うわぁぁぁ!!」
魔力で作られた剣を食らった1人が吹っ飛んで行く。
マッツが戦い、相手を自分に集中させている間にまたリディアが詠唱を終える。
そして、
「『気絶』!!」
ドンッ!!
「有難う、リディア!!」
「どういたしまして!」
目の前の手下らしき奴らはみな退治した。これで、2対1。残るはこのボスっぽい男だけだ。
「さて、お前だけだぜ」
「観念しなさいッ!!」
不意に、フフフといかにも悪そうに笑い出す男。
「マッツ……お嬢さん、お見事だ。だが、このアル、仕事に失敗した事は今まで一度たりともないのでな」
…………
アルだと!
マッツがその名前で思い当たる。
―――
『さっきの奴自身は嘘はついていなかった。奴に伝言を依頼したのはアルという男。この男がクサい』
―――
ヴォルドヴァルドからの偽の使者!
そいつに依頼したのがアルという男、そうヒムニヤが言っていたのを思い出すマッツ。
「お前か……お前がアルか……全てはお前がヘルドゥーソとつながり、コソコソと企んでいたんだな……?」
「コソコソとは心外だ。ここに辿り着くまで、なかなか楽しかったろう? 姿の見えない敵に狙われている気分など、なかなか味わえんだろう」
そう言うと、剣を傾けて下段に構え出すアル。
「『分身』」
不意にアルの姿がブレ出した……と思った直後、アルが2人になっていた。
全く、見分けがつかない。
「なんだって……」
「チッチッチ。暗殺者は魔法が使えないとか、古い考えじゃあダメだぜ?」
言うや否や、1体が消える!
そして、突然、リディアの背後に現れる!!
「ひっ!」
「リディア!!」
振り向くマッツ、そして、そのマッツの後ろから。
ブスリ。
「グァッッッ!!!」
「ククク……ワーハッハ!!」
背中に刺さったアルの短剣は。
正確にマッツの心臓の位置を刺していた。
「ひ……いやぁぁぁぁ! マッツ!!!」
――― ヴォルドヴァルド方面 ―――
「グワハハハッッッ! この槍こそは魔法無効を無効にし、更に魔力を吸収する『魔槍レベッカ』!! 二槍流というものも、有るのだぞ!!」
(ふふ……少しは準備しておったか?)
(神の種はおよそ700年周期で発現する)
(発現する場所もほぼ同じだ。そして3年ほど経つと消えてしまう)
(私が来る事を……予期していたな?)
ブンッッッ!!
レベッカを振るい、ヘルドゥーソの顔面を貫くヴォルドヴァルド。
だが、すんでのところで魔槍レベッカはゴビンに掴まれてしまう。
引くも押すとも動かない。
ヴォルドヴァルドは、駄々っ子のように槍をブンブンと震わせる。
その様子を見てゴビンが槍を両手で掴んだ上、脇の下に入れ、完全に固定させる。
「風芒」
不意にヴォルドヴァルドが呟く。
ヘルドゥーソがハッとした表情を見せる。
「『雷電』ゥゥ!!」
ズバババババババババババババッッッ!!
「ヌゥアァァァァァァァァァァァ!!!」
ゴビンの全身に電気が走り、一瞬で感電、ドサリ……と、黒焦げになってその場に倒れこんだ。
(六芒槍術か……)
(久々で失念しておったな……)
レベッカを振り回し、また基本の構えに戻すヴォルドヴァルド。
視線はピタリとヘルドゥーソを見据えている。
(フン……腐っても超人か……)
(ここでやるのには魔力は使うが、仕方無い……)
(『召喚』)
「ム……!!」
(『ヘイルスライム』!!)
ヘルドゥーソがそう叫ぶと、ポタリ、ポタリ、と上から何かが降ってくる。
ヴォルドヴァルドが見上げると、吹き抜けになっている上の方から、紫色の『スライム』が雨のように降ってきた!!
「スライムだとッッ!?」
(貴様には魔法が効かんのでな……)
(私のオリジナルのスライムだ)
(遊んでもらえ)
「火芒!!」
そう言うと、2本の魔槍を目にも止まらぬ速さで振り回し始めたヴォルドヴァルド。
「『大炎輪』ッッ!!」
瞬時に燃え上がる2本の魔槍!
炎の大車輪と化した魔槍は、範囲に入ったスライムを一瞬で焼き尽くす!!
燃え尽きたスライムは紫色の煙を残し、次々に消え去って行く!
「これだけかッッ? 次ッ!!」
(ククク……元気な事だ)
(心配せずとも、スライムは幾らでもいるぞ)
「フンッ」
ボタボタボタボタッッ!
宙から降り注ぐスライム。
それを平然と焼き尽くすヴォルドヴァルド。
一見、千日手のように見えるこの戦いに、しかしヘルドゥーソは嫌な笑いを無くさない。
「ムッ……」
不意にヴォルドヴァルドが片膝をつく。
(クク……効いてきたかね?)
「毒かッッッ!!」
(その通り。どう殺そうが必ず毒を吐く、私特製のスライムだ)
(魔法無効、物理無効の貴様には相応かと思ってな……気に入ったか?)
そう言っている間にも、スライムは雨と降り注ぐ。そして、ヴォルドヴァルドの鎧に付着、隙間から中に侵入し、直接、体内に毒を注入する!!
今や、ヴォルドヴァルドの黒い鎧は完全にスライムに覆われ、紫色のブヨブヨとした人型の何か、に変わっていた。
「む……むぅ……」
(なんだ、もう終わりか!)
(クックック! ハーハッハッハッッッ!!)
ヘルドゥーソの高笑いを、ヴォルドヴァルドは薄れゆく意識の中、聞いていた。




