第7話 ツヴァリアの陰謀(3)
それから更に1時間ほど歩き続けると、木々がまばらになってきた。
「あ、リディア! 森が一旦、途切れるみたいだ」
木の間から先の景色が覗けるようになり、そのままもう少し歩くと、小さな丘の手前の平原に出た。
「へー。こんなとこがあったんだなぁ。綺麗な所だな」
「見てマッツ! 海が見える!!」
ほんとだ。
ランディアに伝わる地図では、この森は、大陸の南側を完全に覆っていて、 海と接している、とあったはずだが、実際にはこんな平原があったとは。
何事も自分で見てみないとわからないものだ。
「ゴブリンロードは、この平原に出たのかな?」
「ここには出たみたい。このまま進んで、また森に入ったようだけど、その後はわからないわ」
「え? わからない? どうして?」
「『印』が消えちゃったわ。さっき、あんたがバカな話をした時にね!!」
……
「へ……ええぇぇぇぇ!?」
ガ―――ン!
印が消えた……見失っただとッ!!
さっきの話のせいで!? まさか、あんな適当な作り話が術者の精神状態を乱してしまったってのか!?
いやいや、それはまったくもって洒落にならん。
話終わった後、リディアが首を傾げてたのはそのせいか。
「わ、わかった。とにかく『印』が消えた場所まで急ごう」
丘を迂回し、森に沿って急ぎ足で追跡を続けていると、リディアがあるものに気付き、前方を指差す。
「あそこ、何か倒れてるわ! ゴブリン……っぽい!」
「よし、近くまで行ってみよう」
そこで俺達は長い矢に射抜かれ、息絶えているゴブリンを発見した。死体に1本だけ刺さっている矢を調べてみる。
「俺達、守備隊が使う矢じゃないな」
手作りだが、丁寧に作られており、非常に長い。
矢がこの長さだと、弓本体は2メートル弱位はありそうだ。威力も相当なものだろう。こんな弓を扱えるのはヴィンセンツのような大男だろうな。
「心臓に1発ね」
「ああ。即死だな」
ということは、こいつはここでやられたのだろう。
しかし、こんな時間に、こんな辺境で誰が?
「ねえ、あれ」
不意にリディアが更に前方、また森に入ろうか、という所を指差す。
ゴブリンだ。同じように倒れている。
おそらく、あれもやられているのだろう。俺達は2匹目に近づく。
「こいつも急所への一撃だな」
もっと先の方へ目線を移すと、予想通り、倒れているゴブリンがいる。
「どうやらゴブリン達はアーチャーに追われているらしいな」
「そうみたいね。誰かしら」
「さて……『タカ』の人間でないことだけは確かだな」
「あ! 見て!!」
リディアが大きく叫ぶ。
彼女が指差す方向に倒れていた巨体。
ゴブリンロードだ!
頭部に一撃、心臓に一撃、のわずか2発でやられている。
「『追跡』かけたのって、こいつだよな?」
「だと思うわ」
よし。俺は無実だった!
『印』が消えたのは『エロ隊長』のせいではなかった!
……などと、馬鹿げた事を考えている暇はない。
あのゴブリンロードをたった2発で仕留めるとなると、相当な手練れだ。逃亡中のゴブリンの群れ程度であれば、狩りつくすのに造作はあるまい。
問題は、ここで狩られきってしまったら、アジトへの追跡ができなくなる、ということだ。
「先を急ごう。誰かは知らないが、全部狩られては困る」
「そうね!」
『印』を見失った以上、肉眼で追跡するしかない。
俺達は急ぎ、森の中に入っていった。
10分もしない内に、前の方で争う音が聞こえてくる。武器をガチャガチャ鳴らしながら、時々、吠える声がする。
そっと木々の隙間から覗く。
モンスター達が群れをなし、武器を振り上げ、喚き散らして騒いでいるのが見えた。何かと戦っているようだ。相手は勿論、件のアーチャーだろう。
『タカ』から逃亡したモンスターだけではない。
ゾンビ、レイスなど、この呪われたリェンカリの森に相応しい死霊の類に加え、ゴブリンメイジも合流しているようだ。
30匹ほどはいるだろうか。だが、奥の方を見るとまだまだ集まってくるようだ。
そのままアジトに逃げてもらうため、できれば姿をあらわすのは避けたかったが、あの様子ではそうも言っていられない。武器が弓だけであれば、あの数を凌ぎきるのは難しいだろう。
「しかし、肝心のアーチャーの姿が見えないな」
「うーん……あ! いたわ。あの木の上!」
リディアの指差す方向、確かにモンスター達の視線も同じ、ある大きな木の上の方を見上げている。
更に観察していると、その辺りから時々、弓矢が放たれ、その度にモンスターが1匹、もしくは2匹ずつ倒れていく。
「1人みたいだな。うん、いい腕だ。……だが、あれじゃ矢が尽きるのが先だろうな」
「助けるわよね?」
「もちろん。見殺しにはできない」
「援護するわ」
「頼む。よし、行くぞ!」
バッシュゥゥゥ!!
俺がそう言うと同時に、ゴブリンメイジの魔法がアーチャーがいるであろう付近を撃ち抜いた。おそらく、ツィ系魔法『真空』だ。アーチャーの足場をカマイタチによって切り裂いたのだ。
ドスン!と音がして、アーチャーらしき黒い影が地面に落ちる。
「ギャッ!!」
モンスター共は一斉にアーチャーに襲いかかる。
「まずいぞ!」
リディアに声をかけ、反射的に飛び出した。
「モンスター共! こっちだ! 青竜剣技!」
モンスターの気を引くように大声で叫びながら躍り出る。一斉に俺の方を向くゴブリン共。
「『飛』!!」
「『連弾』!!!」
斬撃を魔力で飛ばし、ゾンビ、ゴブリン共に突き刺しては、切り裂いてゆく。俺の後ろからリディアもフォローしてくれる。
ズドドドドドドドドドドドドッ!!
テン系魔法の死霊系に対抗する唯一のスペルは、超高等な部類に属し、リディアは習得していない。従って、レイスをやっつけるのは俺の担当だ。
「聖竜剣技!『照』!!!」
剣撃の有効範囲にレイスを入れて『照』によって浄化させる。
あっという間に残るは2、3匹のゴブリン、というところで、奴らは俺を見て何かを叫び、森の奥へと逃げ込んだ。明らかに俺を知っていて、怯え、猛烈な勢いで走って行った。
よし、まだついてるぞ。
「ごめんマッツ。もう一度、『追跡』かけようと思ったんだけど……」
「気にしなくていいよ。あのタイミングじゃ無理ないさ」
『タカ』から逃げたゴブリンが生存していることがわかっただけ儲けものだ。観察しながら追跡することはできるかもしれない。
そこまで考えて、
「「あ。そういえば」」
俺達はアーチャーの存在を思い出した。
さっき、あの木の上から落ちていたが……結構高いぞ? あの高さから落ちたのだから相当な衝撃だったろう。
木の根元を見ると、想像していたような大男ではなく、むしろとても小柄で華奢な、そしてランディアでは滅多に見かけない見事な金髪の美少女がそこにいた。
「いったぁ~~~い……」
顔をしかめて腰の辺りをさすりながら、仰向けに寝転がって悶えている。まだ子供みたいだ。13、4歳位だろうか。血色のいい唇と青い目をしており、長い髪を肩下辺りで一括りにまとめている。
「君、大丈夫かい?」
顔を覗き込むと、相当痛かったのだろう、片目を瞑り、可愛らしい口元が歪んでいる。濃い緑色をした袖の長いシャツと黒いタイツも所々、穴が空いたり、裂けたりしてボロボロだ。
「な、何とか……。あの、貴方達は?」
「俺はマッツ・オーウェン、彼女はリディア・ベルネット。ランディア王国軍の者だ」
「へ? 兵隊さん?」
リディアが手を貸しながら、彼女を座らせる。
「ああ。『タカ』から来た。……君は? ラシカ地区の人じゃないみたいだけど」
そう言いながら俺は腰に下げた水筒を差し出す。
「私は……」
水筒を取ろうとして、しかし、リディアに阻止される。俺と彼女がキョトンとしていると、リディアは自分の水筒を彼女に手渡した。
「……ぷっ。あはははは」
つい先程までモンスターに囲まれ、絶体絶命だった彼女が笑ったことで、釣られて俺も少し笑ってしまう。
「……で、あなたは?」
リディアだけが仏頂面のままだ。
「あ~~おかし! ……ごめんごめん。私はアデリナ・ズーハー。ラシカ村の猟師。そして村の自警団のメンバーなんだ」
「ラシカ村? 自警団?」
そんな村は聞いた事がない。リディアと顔を見合わせるが首を振っている。まあラシカ地区の事をリディアが俺より知っているはずもないんだが。
「この森の手前に丘があって、それを海側に越えると村があるんだ。そこに住んでるんだよ」
む。あの丘か。確かに森側に迂回したため、海側は見えなかった。こんな所に人が住んでいる区域がまだあったなんて。
「自警団てのは?」
「ん。今年になって、村の近くをモンスターがうろちょろし出したと思ったら、うちの村の子供が1人居なくなる事件が起きてね。今までそんなことなかったから、作ったんだ」
「つまり、こんな夜遅くにモンスターを狩ってたのは、君が見張ってたら、わらわら森から出て来たからだ、と……」
「そーゆーこと。ただ、追っかけてたら森の中から違う奴らが湧いてきて囲まれちゃった。やばかったよ。ほんとにありがとうね」
もう少し話を聞きたいが、今はタイミングが悪い。
「もっと話をしたいんだけど……俺達は少し急いでいる」
が、しかし1つだけ、聞いておきたいことがある。
「アデリナ、この辺でモンスターが住み着きそうな場所って心当たりあるかな?」
ゴブリンの形跡を完全に見失った時、この情報の有無で俺達の動きが変わる。
「うん。村のみんなは誰でも知ってるよ。この先にツヴァリアの跡がある。今年の初め位からモンスターが住み着いていたみたいだよ」
アデリナは考える素振りも見せず、即答する。
ツヴァリア!?
先の戦争で焼き尽くされたと伝えられる街。
昔、学校の授業で教えられた悲劇の街。
「ほんとにあったんだな……」
「うちの子供はきっとそこにいると思うんだ。他は全部探したし、自分からどっか行くような子じゃないし。誰かに攫われたとしか……。村には戦える人間がいなくて、みんなあそこに行くのを反対するから我慢してたんだけど」
なるほど。事情はわかった。
「ありがとう、アデリナ。君の情報はものすごく助かった。君はここから引き返せ。俺達はすぐにでも奴らを追わなけりゃならないし、奴らを倒すのは……俺達の仕事だ」
「……わかった! お任せするよ!」
「1人で帰れるかい?」
「ん。大丈夫! 猟師だから!」
「いいの? マッツ」
リディアは少し心配そうだ。確かにこんな時間に少女を1人で放置なんて通常時は有り得ない。
だが、ここまで特に危険があったわけでもないし、何より地元なのだから大丈夫だろう。
「大丈夫だよ、綺麗なおねーさん。イケメンのおにーさんも、また会おうね! 助けてくれてありがと!!」
立ち上がる時に少し腰を抑えながらも、背丈とは不相応に大きな弓を拾い上げ、俺達が来た方向へと引き返して行こうとした。
「あ、そうだ。」
何か思い出したようにふと立ち止まり、こちらに向き直る。
「お兄さん達、強いから大丈夫だと思うけど……あそこ、今、危険だよ。モンスターだけじゃない。何か、得体の知れない奴がいるよ」
「わかった。ありがとう。気をつけるよ。アデリナも気をつけて」
「うん!」
とにかく今は、ラシカに発生しているモンスター襲撃の首謀者を突き止めるのが先決だ。
ほどなく、俺達は旧ツヴァリア跡に辿り着いた。




