第74話 サイエン再び
「ヒムニヤ!!!」
思わず、叫んでしまった。
なんて……こった……。なんて姿に……
「誰だチクショウ! ヒムニヤにこんな事しやがったのは!!」
「ヒムニヤ? ……ヒムニヤ様だって!?」
レイティスが驚いて復唱する。
シュタークスを鞘から出し、鎖を斬ろうとするが……切れない!!
「くっそ! 何だってんだ、切れねぇ!!」
ガシュッ!
ガシュッ!!
「マッツ! 落ち着いて!!」
ガシュッ!
「やめて下さい! ヒムニヤ様を傷つけてしまう!」
ガシュッガシュッ!!
ガッ!!
羽交い締めにされる。
「おい、落ち着け!!」
誰だ! 離せ!!
……
離せ……?
何を言ってるんだ俺は!?
……
……
みんな、味方だろ!?
「う……すまん」
剣を下ろし、体から力を抜く。
「頭に血が上った……すまん」
そういうと、体の自由が効き出した。
俺を抑えていたのは……ヘンリックか。
線が細い割りに凄い力だ。
俺が落ち着いたのを見計らってレイティスが続ける。
「マリを探していたら、この方を見つけたんだ。最初、別人かと思ったのだが、よく見るとマリの服装をしている。元々、どことなく掴み所のなかったマリだから、きっとこの人はマリなんだろう、と結論付けた」
成る程。じゃあ、今は、みんなにはヒムニヤ本来の姿で見えているって事か。
俺には常にヒムニヤが見えている為、逆にそこがわからない。
「レイティス、黙っていてすまなかった。彼女は……マリは……本当は超人、ヒムニヤなんだ」
「う、うむ。どうやらそうみたいだな」
あれ? 意外に驚かないな。
なかなか勘のいい奴だ。この容姿でそれがわかるとは。
「何考えてるか大体わかるけど……貴方、自分で言ってたわよ? ヒムニヤ―――ッ! って」
「あ……あれ? そうだっけ?」
リタが説明してくれる。
おお……この短時間の記憶が飛ぶ程、取り乱していたか……。
ブンブンと首を振る。
「すまない、みんな。レイティス、続けてくれ」
「ああ。私達は最初、この箱ごと、とにかく場内の部屋のどこかに移そうとしたのだが、この箱が動かないんだ」
そう言われて、棺らしきこの長方形の箱を、改めて観察する。
見た感じはただの木箱だが……確かに嫌な、もっとはっきり言うとヘルドゥーソの波動を感じる。
「魔法で、この部屋に貼り付いているようです」
首を振りながらエルナが状況を説明してくれる。
「成る程……そういう事だったのか……。で、どうしようもないので、次に中身だけでも、と思ったのだが、これも動かないんだ」
ヒムニヤに悪い、と思いつつ、脚を持ち上げようとしてみる。が、成る程、まるで鉄骨のように硬くなっており、動かす事が出来ない。
重さも相当なものに感じる。
エルナもヒムニヤの身体を触って確かめるが、すぐに手を離し、顔を歪める。
「これは……あの闇の世界の主と同じ波動……同じ類の魔法で彼女自身がこの部屋に縛り付けられているようですね。この波動を解かない限り、ヒムニヤ様を動かす事は出来ないと思います」
う―――ん……
どうすればよいか……
「エルナ、俺をヘルドゥーソの世界に連れて行けるか?」
「ダメよッッッ!!」
即座にリディアが反応する。
「私も今日、砦であの気を感じたけれど……あんな所に行ってタダでは済まないわ! マッツだけじゃない。師匠だって危ない!!」
「言いにくいですが……私もリディアと同じ意見です。よしんば連れて行く事は出来ても、帰って来れる自信は全くありません。本当に……ごめんなさい。未熟者で……」
「な、何を言ってるんだ。エルナが未熟でなんか、あるもんか! すまん。謝るのは俺の方だ」
うぅむ……。
この2人がそう言うなら、そうなんだろう。
折角ヒムニヤに会えても連れて帰れないなら、何をしに来たんだとヒムニヤに怒られてしまうな。無論、俺たちの事を心配して……。
そして、一か八かの賭けにエルナを付き合わせるわけには行かない。
どうしたものか……
そうだ!
「クラウス! お前なら、ヒムニヤの弟子のお前なら、何か出来ないか!? 何か聞いた事がある、とかでも良いんだが」
言われて、俯くクラウス。
「すみません。私も今こそ力になりたいのですが……どうする事も……くそっ!!」
地団駄を踏むクラウス。
「あ、いや、いいんだ。クラウス。ごめんよ。俺が悪かった。大丈夫だ」
そうか……クラウスもダメか……。
一体、どうすれば……
「取り敢えずさ、まずはここから出せないか、もう一回、試してみない? ここから出せたら、例えばビルマークに戻ってシモンさんに見てもらうとか、ランディアの王様に言ってコンスタンティンさんを呼んでもらったり、何か出来るかも」
アデリナからの提案。
うーん。可能性は低い。が、確かに……。このままじゃどうしようもない。今ならアルトゥールも協力してくれるだろうし、往復でも数ヵ月かかるような事はない。遅くても数日で辿り着くだろう。
「確かに、ここから動かされるのが嫌で、暗殺者達を配置したのでしょうしね」
リタも同意する。
そうだな……そうしよう。
しかし、アデリナは頭が柔らかいというか、ちゃんと、そもそも、に立ち返って考えてくれているな。冷静な判断が必要な時に助かる。
「可能なメンバーで魔力を込めて持ち上げてみよう。ひょっとしたら持ち上がるかもしれん。レイティス、補助するメンバーを貸してもらえるかな」
「わかった。人手があるだけ早いだろうしな」
そして、懐から衛兵を呼ぶための笛を取り出す。
……
笛……
…………
……笛!!
「待て!」
ビクッとして、口にくわえる寸前で止まるレイティス。
「な、なんだ? どうした?」
ニヤリとする俺。
「その笛より……こっちの笛を吹いてみよう」
永らく俺の懐にしまっていた笛を取り出す。
皆、全く意味がわからない、という表情をしている。まあ、これを貰った時、俺と奴の2人きりの時だったからな。
「お目当ての奴が来るかどうかわからないが……今こそお前の力が必要だ、ジジイ!!」
ピイイイイイイィィィィィィィィィ―――!!
―――
『この笛を吹くと、どこにいても儂を呼べるかもしれないのだ。どうだ、凄かろう!』
―――
そう言って、得意気な顔をしたジジイの事を思い出した。
呼べるかもしれん、ってのが面倒だ……だが、頼む。『タカ』の神の種の事をちょっとでも恩に思ってるなら……来てくれッッッ!!
しかし……来ない。
数分待つ、が、来ない。
貰った直後に一度鳴らした事があったが、その時も来なかった。
やはりダメか……
そう思い、ガックリと肩を落としかけた時!!
『ほほ。呼んだかの』
「!!!」
聖堂の入り口に、立派な白髭を蓄え、灰色の衣を纏った爺さんが……立っていた!!
「来てくれたか……ハハ……やった……」
思わず、膝から崩れ落ちる。
張り詰めた糸が切れ、脱力してしまったらしい。
足に力が入らない……。
「ねぇ、マッツ。どうしたの!? 大丈夫?」
俺を心配して1番近かったリタが、慌てて駆け寄って来て抱き寄せてくれる。
リタの暖かい胸に抱かれてボーッとなる。
そうか、みんなにはまた見えていないんだな、と状況を理解した。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ。取り敢えず……姿を現してくれ……」
来てくれただけで気が抜けた。
今、この局面、これほど頼りになる奴が他にいようか。
『やれやれ……ま、他ならぬお主の頼みじゃ』
不意に輪郭がはっきり見える。
「うわっっ!」
「きゃあ!!」
「ひえっっ!」
「うむうむ。皆も元気そうじゃの」
サイエンが頷きながら微笑む。
「あ、あれ? サイエンじゃないの?」
「ほんとだ、サイエン様!」
リタとクラウスが気付いた。
手に茶碗と酒壺持ち、首から大きな数珠をかけている、というヤバ目なスタイルは、以前会った時のままだ。
「サイエンッ……さん!」
リディアは微妙な面持ちだ。まあ、求婚されていたからな。
「え? 誰なの? この爺さん! どこから出て来たの??」
そういえば、アデリナは前に姿を見せた時にはいなかったからな。
「この爺さんが……超人サイエンだ」
「「えええ〜〜〜!!」」
「サイエン!!! 様……!」
アデリナ、エルナ、レイティスはヒムニヤに続いて初めて見る超人に、仰天している。
「うむうむ。良い反応じゃ。……して、マッツ。儂に何か用か。可愛いおなごも増えておるのう。さては身寄りの無い儂に……」
「違う。……すまんが、あまり余裕はない」
「なんじゃい、つまらんのう」
と言って、スーッと俺の真横まで移動する。
そして、箱を凝視する。
「マッツ……これは……ヒムニヤじゃないか」
みるみる、真剣な顔付きになるサイエン。
「そうだ。さすがに知っているんだな」
「知らん訳なかろうが。超人の中でも最年長。魔力は現世で最強の部類に入る奴じゃ」
「ああ。だが……今回はやられた」
そう言うと、視線を俺に移す。
「お主、まさかこの儂に……」
「頼む、サイエン! ヒムニヤを救ってくれ! 俺を奴の、ヘルドゥーソの闇の世界へ連れて行ってくれ! ヒムニヤを取り戻すのを手伝ってくれ!!」
土下座だ。
修羅大陸、ノゥトラスの修行で相手に敗れた時に主に用いていたが、無茶な願いを頼み込む時にも使う。
「……」
「これが出来るのはお前しかいない。人を超越した力を持つお前しか!!」
土下座しながら、顔を上げ、サイエンの目に訴えかける俺、と、じっとその俺を見つめるサイエン。
そして、またヒムニヤに視線を戻し、ふう……とため息をつく。
「儂は中立がウリなんじゃがのぅ……ヘルドゥーソと敵対する気も無い」
ダメ……か?
そう思った時、
「……じゃが、他ならぬお主の頼みじゃ。今回は聞いてやろう。これで、先の神の種の貸し借りは無しぞ?」
「やった!!! 有難う! サイエン!!」
思わずサイエンに抱きつき、嫌な顔をされる。どうせなら、そこのおなごが抱きついてくれればよいのに……と何やらブツブツ言っている。
「有難う! サイエンッ!!」
「有難う!!」
「有難うございます!」
「ありがとね! おじいちゃん!!」
空気を読んだ女性陣から一斉にお礼が飛び、一瞬で、ニヤニヤし出すジジイ。ほんとに好色なジジイだ。俺が言うのもなんだが。
「よしよし。では、おじいちゃん、少しばかり、良いところを見せようかのう」
そう言いながら、目を瞑り、ヒムニヤの顔に触れる。そして、顔から胸、腰から脚をスーッと辿っていく。
「おお……おお……これはまた……」
くっ……こいつ!
ヒムニヤの身体に!!
側から見るとただのセクハラだ。
一瞬、また殴ってやろうかと思ったが、その後のサイエンの言葉に、俺達は皆、ゴクリと唾を飲み込む。
「これはまた、深い所に落とされとるのぅ……。ヘルドゥーソも相手がヒムニヤだからと極限まで魔力を使いおったな……こりゃ……厄介じゃ」




