第71話 ヘルドゥーソの目的
『夜通し、駆ける』
言葉にすると簡単だが、これがどれほど疲れる事か……。
疲れるのは馬じゃないか、と思うかもしれないが、乗っている方も体力は強烈に削られていく。
イシャンに用意してもらったタフな馬も、流石に24時間ぶっ通しで駆ける、という訳には行かない。
飯も食わせるし、数分の休憩をこまめに入れる。
そして馬も俺達も昼に少し仮眠を取る。それでも、城を出た翌日の夕方には、早くもドラフキープヴィの旧国境を越える。
正直、俺ですら、結構へたってきた。
ヘンリックも見るからにヤバい。
いわんや、か細いアデリナ、リディア、エルナは……。
が!!
そんな俺達の苦労が身を結ぶ。
国境を超えた更に翌日、遂にラーヒズヤの騎馬隊の土埃を捉える。
「よしッッッ!! みんな! 少し休んでから来い! 俺は先に行く!!」
この馬も良くもった。
とは言え、死にそうな呼吸をしている。もう少しだ。頑張れ!!
「ラーヒズヤ殿下ッッッ!!」
遠くから叫ぶ。
だが、聞こえないようだ。
もう少しだ、俺の馬、頑張れ!! ラストスパートをかける!
ドドドドドドドドッッッ!!
「ラーヒズヤァァァァァァ!!!!」
もう呼び捨てでも構うものか。
……と、後方の何人かの兵士が振り返る。
よし、気付いた。
早く、ラーヒズヤに知らせろ!
……俺の代わりに。
頼む!
まずい。少し馬のペースが落ちてきた。
元々、速い馬では無い。騎馬隊が見えてからの、この短距離で無理をし過ぎた。明らかに失速する。
そして、遂にバタンッと、両の前足をくの字に曲げ、倒れてしまう。
うおぉぉぉぉぉん!!
大丈夫か! 友よ!
必死に首を撫でてやるが、三白眼になり、口から長い舌がデロリ、とはみ出る。
クラウスがいれば……。
くそっ!
…………
……
ドドドドッ
ドドドドドドドドッッッ
ウッ……。
しまった。一瞬、気を失った。
馬蹄の響きですぐに目を覚ます。
気付くと、目の前に……。
「剣聖! 何をしておるのだ?」
ラーヒズヤ……?
やった。ようやく……追いついた!
いや、正確には、俺に気付いた兵士が知らせてくれ、ラーヒズヤはわざわざ、俺の為に戻ってきてくれたんだ。
「ハァハァ……すみません。ちょっと……馬も私もこんな感じですが……ハァハァ……ご容赦……」
横たわる馬に頭を預け、目だけでラーヒズヤを追い、言葉を絞り出す。
「大丈夫か? ……おい、誰かイバンニを呼んでこい」
……
「殿下……頼む……」
「……待て。喋るな。間も無くヒーラーが来る」
フ……フ……。
意外と……優しいな、ラーヒズヤ……。
…………
……
……
…………
ん……
あれ。また気絶してしまったか。
ラーヒズヤを説得しなければ……
どこだ? あれ?
何だ?
何故、何も見えない?
真っ暗だ。
(マッツ……オーウェン)
ゾクゾクゾクッッッ!!
即座に気付く。
しまった……!!
(フフフ……ようこそ、我が世界へ……)
闇に浮かぶ不気味な顔。
また取り込まれてしまった……。
お前な……時と場所を選べよ……
『ヘルドゥーソ』!!!
今、お前の相手をしている暇は……
……いや、待てよ。
……
お前……お前……
まさか……ヒムニヤに何かしたんじゃないだろうな!?
(フ……フフ……さて……どうだったかな……)
(しかし、もう気にする必要は……ない)
(ヒムニヤがいない今)
(もう、お前が目覚める事は……)
……
ん? 目覚める事は何なんだ?
不意に俺の左手が暖かく、優しい温もりで癒されてくる。
(なんだと……!? バカな!)
明らかに狼狽するヘルドゥーソ。一体、どうしたと?
その時、不意に後ろから一筋の光が射す。
(マッツ! こっちです!)
エルナ!?
エルナの声だ!
(お前の……仲間か……)
(チ……少々、お前達を見くびっていたようだ)
(もう少し深い闇に落とすべきだったか)
(フ……フ……やりおる。だが……)
(ヒムニヤはこれより三層下の闇に落ちている)
(お前達に助け出す事は……不可能)
その声を聞きながら、エルナの元へ走る。
だが、最後に言わずにはいられなかった。
おい、丸目野郎!
ヒムニヤは、絶対に俺が助け出す!!
俺達にちょっかい出した事を後悔させてやる!!
そして、光が最大になり―――
俺は目覚めた。
ガバッ!!
「ブハッッッッ!! ハァハァ……ハァハァ……」
水中からようやく水面へと抜け出せたかのように息を吐き、そして呼吸が荒ぶる。
「マッツ!」
側にエルナとリディアの顔。その後ろにヘンリック、アデリナ。そして……リタとクラウス!
飛び起きてしまった為、跳ね除けてしまったが、エルナの優しく暖かな掌が俺の胸に乗せられていたようだ。温もりを感じる。
そして俺の左手はリディアが両手で包んでくれていた。暗闇の中の癒しはリディアだったか。
「よかった……気分はどうですか? マッツ」
エルナが額に汗を浮かべながら、しかし微笑んで俺の様子を気にかけてくれる。
「ありがとう、本当に助かった。エルナ、リディア。もう少しで完全にあいつに取り込まれる所だった……」
「こんな事もあろうかと、私とリディアで事前にヒムニヤ様にやり方を聞いてはいたものの、全く自信はありませんでした。よかった……上手くいって……」
そして、今度はエルナがふらつき、へたり込もうとする。慌てて手を伸ばし、倒れる前に抱き止めた。
どうやらここは部屋の中、俺はベッドの上のようだった。
「みんな、俺はもう大丈夫だ。エルナを代わりにここに寝かせよう」
皆に手伝ってもらい、エルナを横にする。
みんな不眠不休だったんだ。その上、俺を助け出す為に、きっと膨大な魔力を使ったに違いない。
「ありがとう、エルナ……」
しかし、あの闇の世界から俺を救ってくれるとは……エルナも普通じゃないな。本当に助かった。彼女にはこの旅で一体、どれだけ助けられているんだ……いくら感謝しても、し足りない。
エルナから目を離し、振り向くとみんなが勢揃いしているのが、何とも頼もしく感じる。
「リタ、クラウス、お疲れだった。イシャンは?」
苦笑しながら首を振り、目を瞑って道中の苦労を教えてくれるリタ。
「大変だったわ……あのお坊っちゃんがね……お陰でかなり遅れたわ。ごめんなさいね。クラウスも一緒でホントによかった。今は上でラーヒズヤ殿下達と一緒にいるわ」
「上?」
そういえば、ここはどこだ?
「リディア、ラーヒズヤ達は?」
「上の階の会議室にいるわ」
「会議室……ごめん。そもそも、ここはどこ?」
「ここはパヴィトゥーレ領の旧国境付近にある、昔に建てられた砦よ。来る時に見たの、覚えてる?」
…………! あれか。確かに見た。
待てよ。てことは……。
「私達で殿下を説得して、一旦、ここまで引き揚げてもらったの」
「何だって!? ……そうか……そうか!ありがとう! リディア!!」
やった。ここまで引き揚げさせたのは大きい。思わず、抱き着いてしまう。
「ひゃっ……ちょ……マ、マッツ……!」
「あ……ごめん。でも……ふふ。やったな。ここまで戻ってくれたんだ!」
「ん……でもね。マッツは多分わからないだろうけど、あんたが意識を失ってから……2日、たってるわ。さっき、この砦に着いたところで、これからどうするかを上で話してると思うわ」
「2日……」
そうか。あいつの世界に行くと、いつも時間が飛ぶ。あの中の数分が、現実世界の数日になる感じだ。
「急がないと!」
だが2日たったとしても、さっき着いたばかりだというのであれば、ゴビン達との相対的な距離が、そう縮まった訳ではない。
まだ、大丈夫だ。
「みんな、エルナを見ていてくれ。俺はラーヒズヤの所に行ってくる」
「わかった」
復活した俺は早足で階上に上がり、それっぽい部屋をノックして中に入る。
「おお。剣聖! 目覚めたか。よかった」
リディアの言う通り、打ち合わせ中だったのだろう。ドゥルーブ、イシャンを含めて計6人で話し合っていたようだ。その中には竜討伐時に見た顔もいる。
立ち上がって、喜色を示してくれるラーヒズヤ。
「殿下……」
ラーヒズヤの優しさに、思わずハグをしたのだが、まるで熊にでも抱きつかれたようだった。
「イシャンもお疲れ様。股は大丈夫か?」
「ひっ……やめてくれよ……」
きっと連日の遠乗りで股ずれを起こしたんだろう、とリタの話から推測した。
既にクラウスに治してもらっているだろうが。
「殿下、私の仲間から、どこまで聞かれましたか? 目覚めてすぐ、とにかく急いで来たもので、そこを確認するのを忘れておりました」
そして、リディア達から聞かされた内容をそのまま説明してくれるラーヒズヤ。
聞く所では、どうやらリディア達は、俺がヴィハーンに言った事をそのまま伝えてくれたらしかった。
俺が倒れてはいたものの、リディア達、俺の仲間を信用してくれたラーヒズヤが、一旦、この砦まで軍を返そう、と決めてくれたらしい。そして、砦に着く直前にイシャン達と合流し、ヴィハーンの手紙を見た、という訳だ。
俺の聞き忘れの為、思いがけずラーヒズヤの口から直接聞けた事で、認識の齟齬も無い事がわかった。
これは話が早い。
「ラーヒズヤ殿下、その『得体の知れない者』についてですが、この2日間でその正体の目星がつきました」
「何? それは誰だ!?」
間違いないだろう。ヒムニヤを襲ったのが単なる偶然、などという事はあり得ない。
「5超人の1人、ヘルドゥーソです」
ガタガタガタッッッ!!
全員、その名を知っているようだ。みな、腰を浮かして驚愕の表情を浮かべる。
ここはヴォルドヴァルドがいる為に、ランディアよりも『超人』の存在が身近なのかも知れない。
「奴は気絶した私を取り込もうと私の意識に干渉してきました。非常に危なかったのですが、仲間が助けてくれました」
「ヘルドゥーソだと……何故、ゴビンとアクシェイを……」
「それはわかりません。が、このタイミングで私と仲間のマリ、2人に干渉して来たという事と、今、この国で起きている事が無関係とは思えません。私が邪魔だった、という事は恐らく、奴の狙いは……」
ドゥルーブがラーヒズヤの横に並ぶように走ってくる。
「まさか、ヴォルドヴァルドか!!」
おっと、なかなか勘がいい。ただのマッチョマンだと思っていたが。
「……恐らくは」
一旦、話がややこしくなる為、神の種については伏せておく。
ヘルドゥーソの真の狙いが神の種とは限らないしな。
「いや、しかし、ヴォルドヴァルドは、全く次元の異なる強さだ。あいつに勝てる奴など想像もつかん」
うっ……。
やはりそうなのか……。
あんなにバカっぽいのに……。
この言い方だと、ドゥルーブは一度、戦っているな。
「強さと言っても色々ありますからね。ヘルドゥーソは実体を現さず、直接、精神に干渉してきます。マリがやられたという事はヴォルドヴァルドも危ないでしょう」
「むぅ。しかし、そのマリとやらは、ヴォルドヴァルドに匹敵する強さ、というのか」
黙っていたラーヒズヤがやはり、そこを突いてくる。
「はい。私などは足元にも及びません。何故なら、マリこそは超人ヒムニヤ、その人ですから」
「なんだとッッ!!」
「何だって!!」
「えぇぇ!?」
もうここまで来たら隠す事もない。
全員、信じられないといった顔で、言葉も出ない。それぞれの顔を見合っている。
「私達は今から急ぎゴビンとアクシェイのクーデターを止めに行ってきます。が、その為には、ひょっとするとマリ……ヒムニヤの力がいるかも知れず、そう判断した場合は先にクリントートに向かいます。従って、殿下達がここにいると、彼らの洗脳を解くより先に軍事衝突してしまうかも知れません」
「……成る程、ようやくお前の言いたい事とやりたい事が分かった」
ラーヒズヤがウンウンと頷く。ドゥルーブも、理解したようだ。
「皆の者、我々は撤収すべきのようだ。イシャンが持参したこの手紙で、父上もそうご判断なされた事がわかっている。そうと決まれば急ぎ、ここを引き払うぞ!」
理解のある指導者達で助かった。
彼らがヴォルドヴァルドの干渉なく、この国を治めていれば安泰だろう。
「新しい馬がいるだろう、剣聖。持っていけ」
「ありがとうございます。殿下」
……しかし、そうは言ったものの、最悪のケース、ゴビンとアクシェイを説得出来ず、クーデター軍を放置せざるを得なかった場合、俺達は軍を放置してクリントートに行き、ヒムニヤを救った後、すぐにまた首都ペザまでクーデター軍が到着するよりも早く戻らねばならない。
そう考えた時、並みの馬では全く追いつかない事は明白だ。
どうしたものか……と思案していた時、不意に部屋が暗くなった。
ヘルドゥーソではない。
まるで嵐の日のように、窓の外が異様に暗くなったのだ。
みなで窓に向かい、空を見上げる。
思わず、息を飲む。
こんな……こんな事があっていいのか……
お前……
そうだ。お前だ……
今、まさにお前が必要だったんだよ……。
(そうだろうとも。だが、お互い様だ。気にするな)
そこには、翼を広げ、真っ直ぐにこの砦を見下ろす史上最強の生物。
竜がいた ―――
「アルトゥール……アルトゥール!!!」
お前……自分の出番、わかってんじゃねぇか!!




