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第70話 クリントートへ(後編)

 

「フゥ……はい。マッツ・オーウェンに御座います」



 笑顔でそう答えるが、ヴィハーンは、ハテナマークを頭上にいくつも出し、首を傾げている。


「一体……どうしたのだ? 今がどういう状況かは、わかっていて、やっておるのだな?」


「そうですね……危急なれば、非常用の登場の仕方を致しました。非礼は詫びましょう」


「あ……いや、別にそれはいいんだが……で、何用だ?」


 いいのかよ。


 よし。奇襲成功だ。

 思考はすこぶる低下している。


「ヴィハーン皇帝、出陣についてですが、一旦、中断してもらえないでしょうか?」


 更に訳がわからん、といった表情をするヴィハーン皇帝。


「どういう事だ??? わかるように説明せよ。そもそも、ヴォルドヴァルドはどうしたのだ? 会いに行ったのではなかったのか?」


「ヴォルドヴァルドはあまりにも話のわからない奴でしたので後回しです。まずは貴国のクーデター、これを解決させて下さい」


「何だと?」


 ヴォルドヴァルドのように無駄にデカい声は出さない。やはり会話はこうでないとな!


「クーデターを解決するだと? どうやって?」


「さて、どうしましょうか……まだ、はっきりと考えてはおりません。が、ゴビン様もアクシェイ様も、私を信じると言って下さりました。誠心誠意話せば、わかってくれるかと」


「バカなッ!」


 苦虫を噛み潰したような顔をし、吐き捨てる皇帝。少しはまともな思考が戻ってきたらしい。


「今までどういう経緯があったか知らぬが、余に対して兵を向けた以上、ただでは済まされぬ」


 仰る通りだ。それが正論。

 俺の方がおかしい事を言っている。それは百も承知だ。


「全くその通り。ヴィハーン皇帝に背くなど許せませんな!」


 更に混乱するヴィハーン。


「お前は何を言って……おるのだ?」


「ですから……クーデターを解決させて頂きたい、と」


「……」


 本格的に悩み出したヴィハーン。決して『混乱』の魔法をかけている訳ではない。


 有り得ない登場の仕方で思考停止状態を作り、先程のヴォルドヴァルドを見習って、ループする会話をしてみただけだ。


 だが、効果はあった。


 ――― そして、時間は稼いだ。



「お父様!!」


「……アイラ!」


 黄金の髪を靡かせて走ってくる姫。


 相当、急いだんだろう。眉はハの字、汗は滲み出し、ドレスの裾をたくし上げて、優雅さの欠片も無く、走ってくる。


 だが、それがいいんだ。


 このような緊急事態、中心人物を説得する時に、格好など気にしてどうするというのか。


「お父様!……ハァハァ……お父様!!」


「アイラ! 一体、どうしたと……」


 そして、ようやく皇帝の前まで辿り着き、思いきり、ヴィハーンに抱き着く皇女。


「お父様、お願い! 戦わないで! ハァハァ……」


「アイラ……」


 少し遅れてリディア、エルナを先頭に仲間がやってくる。

 勿論、わざとアイラを先頭にし、遅れてやって来たのだ。


「ねぇ、お父様。ゴビンもアクシェイも悪人じゃないわ。どうして味方同士で戦わないといけないの?」


「……アイラ。お前は気にしなくていいんだ。全て私に任せておけ。悪いようにはしない」


「いやです! お父様は出て行ったらきっと人を殺してしまう。同じ国に住まう人々を! 取り返しのつかない事になってしまう!」


 アイラの頬に涙が伝う。


 しかし、ヴィハーンは、その涙を親指でグイッと拭うと、


「アイラ。取り返しのつかない事をしたのは奴らの方だ。ケジメはつけなければならん」


 凛とした調子で言い放つ。


 うーむ。

 父である前に王か……。


 さすがだな。


 だが……。



「皇帝、それは少し、事実と違います」



 タイミングを見計らい、俺は口を挟んだ。


「事実と違うだと?」


「はい。ゴビン様とアクシェイ様は、自分達の意思でクーデターを起こしたのではありません」


「なに!?」


 怪訝な顔をするヴィハーン皇帝。そして、その脇のアイラ。


 ここからは俺の想像だ。

 だが、これが真実に近いはず。


 ヒムニヤの持つ力を思うと、非常に考えにくいのだが……今、現実に起こっている事象を考え合わせると、ほぼ間違いない。


「ゴビン様にしてもアクシェイ様にしても、帝国に不満はあっても、このような大それた事をなさる方々ではありません。私は会って間もないですが、それ位はわかります。皇帝、彼らは誰か得体の知れない者、もしくは者達から、洗脳を受けています。」


「何だと……」


 2人とも、唖然とした表情を隠さず、俺の方を向く。


「実はそれに気付いていたのは私ともう1人、マリ、という仲間です。彼女は1人クリントートに残り、何かを突き止め、そして、恐らくは……敵の手に落ちています。何かあったら連絡する、と彼女は私に言いましたが、このタイミングで彼女から何も連絡が無いのがその証左。我々は彼女を救う為に今から急いでクリントートまで行かねばなりません」


 ゆっくりと、しかし、有無を言わせないよう、一つ一つ丁寧に説明する。


 正直、急いでいる。

 すぐにでもここを出たい。


 だが、そうするには、まず彼を説得する必要がある。その為に丁寧に話す。


「誰だ、その得体の知れない奴というのは」


「わかりません」


「……」


 ヴィハーンが押し黙る。


 知らんものは知らんのだ。だが……。


「ですが、私はもう一度、ここに帰ってまいります。その時はクーデターを鎮め、仲間を取り戻し、そして、真犯人を突き出してみせる、とお約束します」


 目の前で何か考えるヴィハーン。


 恐らく彼も、アイラや俺に言われるまでもなく、ゴビン、アクシェイが悪人では無い、そして、このような事をしでかすタマでは無い、とは思っていたのだろう。


 葛藤が、表情に映る。


「ヴィハーン皇帝、恐れながら。早く、ラーヒズヤ殿下、ドゥルーブ殿下を止める必要があります。ご英断を」


「……何故だ。我が息子ながら、相手が万の軍勢でも早々に破れるような奴らでは無いぞ」


「いえ」


 そこで、ズイッとヴィハーン皇帝に歩み寄る。


「敵はクーデター軍ではありません。これは無意味な衝突、まさに敵の思う壺です。はっきり申しましょう。私の仲間のマリ、彼女は女性ですが、戦ったら私は手も足も出ないでしょう」


「な、何だとッッッ!! 剣聖(シェルド・ハイ)のお前が!? (ドラゴン)を屠るお前がか!」


「はい。その彼女が敵の手に落ちた……今、ドラフジャクドの敵はそいつ、もしくはそいつら、です。数百騎の騎馬隊と、……恐れながら、通常の人間レベルの武を出ない殿下達では、勝負になりません」


 ヴィハーンの手がワナワナと震えだす。


 アイラがヴィハーンのマントの裾を掴む手が真っ白になる。


「ご決断を。一刻の猶予もございません」


 もう一歩、前に出る。


 ヴィハーンとアイラの目の前だ。


「ヴィハーン皇帝。あまりこういう事は言いたくは無いのですが……。『剣聖(シェルド・ハイ)』の名にかけて、私が全ての問題を解決して参ります。出陣はお取りやめ下さい」


 大きく頷く皇帝、ヴィハーン。


 やった! 届いた!


「相分かった!!!! 剣聖(シェルド・ハイ)マッツ・オーウェン、全てお前に任せよう。急ぎ、ラーヒズヤには手紙を書く。それを持っていけ」


 ホッ…………


 一気に脱力する。


 まずは1つ目のヤマを越えた……。


「有難うござ……「マッツ―――!!」」


 イシャンだ! 待っていた!


 羊飼いのように人数分の馬をゾロゾロ引き連れてくる。


「済まない、遅くなった」


「いや、丁度いいさ。イシャン、頼みがある」


 俺達の様子を少しの間見ていたヴィハーンは、1つ頷いて城の方に帰っていく。道すがら、「出陣は中止だ!」と声を荒げながら。


「何なりと」


「今から皇帝がラーヒズヤに手紙を書いてくれる。皇帝の印がいるだろうから少し時間もかかるだろう。それを持って後から俺達を追いかけてきてくれ。リタとクラウスを残す。俺達は先に行き、ともかく進軍を止めるよう、頼んでくる」


「承知した」


 側で立ち尽くすアイラにも一声、かけて行こう。


「アイラ、よく頑張った。声は、届いた」


「……ええ! ええ!!」


 両手を組んで、涙ぐみ、何度も頷くアイラ。


「有難う……マッツさん!」


 アイラに親指を立てて応え、急ぎ、仲間に声を掛ける。


「よし、じゃあ、みんな行くぞ! リタ、クラウス、イシャンを頼む」


「オッケー!」


「お任せ下さい!」


 そうして俺達は騎乗し、ドドドドドドドドッッッと馬蹄を響かせ、ドラフジャクド城を後にした。


 城を出てすぐ、リディアが俺と馬を並べ、最高の褒め言葉をくれた。



「マッツ! 凄く……格好良かったわ!」



 ……エヘ……エヘへへへへへ。


 ヤバい……顔が……緩む……



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