第66話 イシャン・クマール
予定通りにドラフントを出発した俺達は、赤い道に沿って旅をし、これまた予定通り、15日間でパヴィトゥーレ領に辿り着いた。
数日前から何やら胸騒ぎがして落ち着かないのだが、とにかく、バルジャミン、ドラフキープヴィと来て、遂にドラフジャクドの旅も最終地に到達した……のか? していたらいいな。
最早、首都ペザは徒歩4、5日の距離、もう目と鼻の先だ。
そこにはこの旅の目的、超人ヴォルドヴァルドがいると思われる。
最悪そこにいなくとも、皇帝ヴィハーンに会いさえすれば、紹介してもらえるだろう、と踏んでいる。
昔は国境だったであろう付近に近付いてくると、元々は防衛の為の砦がいくつかそのまま残っているのが見えた。そして昔は王都であったメシュランやクリントートに比べ、街並みは少し寂れてくる。
民家や商店などの数はまばらになり、その分、畑や林が多くなる。とは言え、竜討伐時、兵士や傭兵の通り道でもあり、装備、アイテムの店もちらほら見える。
この日はこのパヴィトゥーレ領、最南端の『アルタラ』という町で宿を取り、ここで1泊する事を早々に決める。
まだ日も高い内にそう決めたのは、旅の疲れを取るのと、ヴォルドヴァルド戦に備えて魔力の篭った装備やアイテムが無いかの捜索の為だ。
だが、宿に荷物番としてリタとクラウスを残して町を見て回ったものの、これと言って収穫はなかった。
晩飯用のパンやスープを買い込み、俺達は宿に帰る。
旅人が少なかった為か、ここではようやく個室が6部屋取れたのだが、俺達は7人いる。
そこで、エルナとリディアが大部屋で寝ることに決まった。
一旦、みんなの荷物は全てこの部屋に置いている。そして、今は荷物番のリタとクラウスがこの部屋で待っているのだ。
従って、まずはこの大部屋に行く。
コンコンッ!
「ただいま〜〜〜!」
バタバタッ……
お帰り〜! と言いながら、リタの走る音が聞こえる。
ガチャッ!
「みんな、お帰り。マッツ、お客様よ」
リタが何とも言えない複雑な表情で出迎えてくれる。
「客?」
リタがそう言うからには敵では無いんだろうが、この微妙な顔付きは何だ?
「失礼の無いようにね」
「え? あ、ああ」
誰だろうか。頷きながら部屋に入る。
入ると、クラウスが隅の方に座っており、小さくお帰り、と言っている。
そして、もう1人、窓から外を眺めている、既に横顔が超絶イケメンの青年がいた。
濃いブラウンの髪が、短過ぎず長過ぎず、襟足がうなじを少し隠す程度に伸びている。垂らした前髪は見事に斜めにウェーブがかかっており、専属の美容師さんがいるんだろう、と思わせる。
瞳も髪の色と同じである事から、生粋のテン・ツィいずれかの大陸の血筋なんだろう。
二重の可愛らしい目は少年のようで、鼻筋も長過ぎず、可愛い唇と相まって、童顔の美少年だ。
そしてパッと見てわかる位、緊張している。
「アゥッッ」
掌で目を隠す俺に、リタが首を傾げる。
「……何やってんの?」
「いや、イケメン過ぎて、目がやられそうになった」
冗談を言っていると、『窓辺の君』が俺の方に向き直る。真正面から見ると更に眩しい。
「君が剣聖、マッツ・オーウェンだね。初めまして僕は……」
「イシャン・クマール皇子ですね?」
「……おや? 何故、それが……」
「そりゃ分かります。やはりラーヒズヤ殿下にどことなく似ていますし……まあ、全体を見たら全然違いますけどね。あ、これオフレコで」
ビックリした顔で俺を見つめるイシャン。
「何といっても、その類稀なる容姿。噂通りですね! 私達の故郷にいる知己と良い勝負です」
ペチンッ
リタに、後ろから軽く頭をはたかれる。
「何言ってんの? 失礼の無いようにって言ったでしょ?」
「失礼な事は言ってないだろ」
「話し方が既に失礼よ」
ブッ……
アハハハハ!
ふと見ると、イシャン皇子が何やらウケておられる。
「初めまして。マッツ・オーウェンです」
軽く辞儀して、胡座をかいて座る。
ここは俺達の部屋だしな。
そして、リディアやヘンリック達にも部屋に入るよう、促す。
「そうなんだ。こんな……感じなんだね。よかった」
「よかった?」
リタが聞き返す。
「うん。剣聖、竜殺し、そして兄上と黒竜戦団が実際に凄まじい技で竜の群れを追い払ったのを見た、と噂だけを聞き、正直、少し怯えてたんだ」
なるほど、それで緊張してたんだな。
しかし、これはまた、何とも素直な物言い。
イケメン、素直、プリンス……モテ要素をつまみ食いしたような奴だな。
「では誤解も解けた所で……私に御用とか?」
イシャンは窓の側から離れ、俺の正面に坐り直す。
「うん……今回の竜討伐、兵士に誰一人、死傷者が出なかったと聞いた。本当に有難う」
「いえいえ。ラーヒズヤ殿下との約束でしたから」
「そうみたいだね。僕は兄上が城に帰還する前に出てきたから会ってはいないんだけど、情報は聞いているよ」
そこまで言って、不意に涙ぐむイシャン。
なんだなんだ?
やめてよ、胸がキュンってなるじゃないか!
そして、両手をつき、突然頭を下げるイシャン。
「マッツ君! 僕の頼みを聞いてくれ!」
ええぇぇ……。またぁ〜?
この国に来て、何回目だ?
テンさまも普段、こんな気持ちなのかな……。
「いやいや、頭を上げてください、皇子」
ゆっくりと顔を見せるイシャン。
心労がその表情に有り有りと映る。
一体、何をそんなに悩んでいるのか。
付近に監視の気配が無い事を探る。
……大丈夫なようだ。
「マッツ君、頼みというのは、この国の事だ。他国の君が手を出しにくい、というのは重々承知の上だ」
「ひょっとして……ラーヒズヤ殿下と、ヴィハーン皇帝の事でしょうか?」
「!!」
目を丸くするイシャン。
……可愛い。
いや、違う違う。
やっぱり、それか……。
「さすがだ、マッツ君。……そうだ。父上と兄上の事だ……」
そこで唇を噛み締め、少し目線を落とす。
「僕の思う所……彼らは……誰かに操られている。きっと洗脳されているんだ。竜の事になると人が変わったようになる。彼らは短気だし、気性は激しいが、あんな無意味な犠牲を出す人達ではないんだ」
ああ。なるほど。そっちか。
ラーヒズヤもわかりやすかったしな……。家族ならわかるよね、やっぱり。
「彼らを操っている奴を見つけ出し、父上と兄上を救って欲しい。ひいてはそれが、この国を助ける事にもなる。今のままでは……クーデターがいつ起こってもおかしくない」
「……何故、私に?」
一応、そこは聞いておこう。
「……情けない話だが、僕には味方が妹のアイラしかいない。それはアイラも同じだ。皆、皇帝と皇太子には逆らえない。今まで何度か1人で洗脳の原因を探ろうとしたが、何もわからなかった。……君の噂、凄腕で、兄上にとても気に入られたと聞き、一縷の望みを託してここまで来た」
悔しそうに吐露するイシャン。
自分の無力さは、とっくに感じているんだろう。
「わかりました。そういう頼みであれば、引き受けましょう」
「え?」
「……その件についてはお力になれるかと。漠然とこの国を助けてくれ、と言われても介入できません、としか答えられないですが……」
「あ、有難う! マッツ君、有難う!!」
俺の両手をとって、喜ぶイシャン。
うーん。兄弟でも全くタイプが違うんだな。
そういえば、母が全員、違うんだっけか……。
「良かったわね、イシャン」
リタが優しい目をしてイシャンに話し掛ける。
ん? 呼び捨て?
「……うん。有難う、リタ」
……
リタに安堵の表情を浮かべるイシャン。
ん? 呼び捨て?
「何か……仲良いね……」
「今日、昼頃からいらしていたのよ。それからクラウスと3人で色んな話をして、仲良くなったの」
……
俺はクラウスに向き直る。
「クラウス、イシャン皇子に呼び掛けてみたまえ」
「えっ!?」
「早く」
「え、えっと……イシャン皇子……」
……
素早くリタの顔を見る。
「……」
「う……いや、クラウスは性格でしょ? 誰とも敬語で話すじゃない」
「……」
ジッとリタの顔を見る。
「プッ……」
イシャンが噴き出す。
「面白いね! こんな人は今まで僕の周りには居なかったよ! マッツ君、君も僕の事をイシャン、と呼んでくれ。僕もマッツと呼ばせて欲しい。リタにもクラウスにもそうお願いしたんだ」
「そ、そうなんです。でも、さすがに皇族の方ですし、歳上ですし、元々、私は敬語で話す方が気が楽なので」
クラウスも焦って言い訳する。
「……マッツ、貴方、ひょっとして……妬いてる?」
リタが流し目でニヤリと悪い顔をする。
「えええ〜〜〜!!!」
アデリナが速攻で反応し、大袈裟に仰け反る。
「マッツ! リタさんまで!!」
「……あんたも節操無いわねぇ……」
リディアが怒気を含んだ呆れ顔をする。
いや、ちが……
「リーダーとしては尊敬してるけど……残念ながら、貴方のものにはなれないわ。ごめんね」
ガ―――ン!!
何も言っていないのにフラれたし!
うーむ。さすがはリタだ。
俺の攻撃を上手く潰しやがったな……。
「マッツ、違うんだ、気を悪くしないでくれ」
イシャンが必死に取り繕おうとする。
「ああ、すみません。大丈夫ですよ、こっちの話ですから。お気になさらず、イシャン皇子。……いや、イシャン」
努めて明るくそう言うと、ホッとした表情を見せる。相変わらず、わかりやすい。
イシャンはここではない、また別の宿に泊まっているとの事で、話が終わるまでロビーで待っていた護衛と一緒に帰っていった。
行き先は同じなのだから、と、翌朝、待ち合わせて、一緒に首都を目指す。




