第63話 竜討伐
少し時は戻り、マッツがドラフントでリディアを連れ出していた頃―――
ここは、クリントートにあるドラフキープヴィ旧王城の4階。この階は他国からの使節や要人などを泊める為の客室フロアとなっていた。
このフロアの一室がマリに与えられている。
なるべく質素で簡素な部屋を希望したのだが、そもそもが高貴な地位にある者を泊める対象としている為、どの部屋も華美な装飾が施されていた。
マリにとっては落ち着かないその部屋の中で、今、彼女は古い友人にメッセージを送ろうとしていた。
伝書鳩を召喚して、行き先を告げる。
(頼むぞ。人間の配達員では、行き着けぬ場所、話が通じぬ相手だ)
そして伝言を頼む。相手は手紙などは読めないからだ。
鳩は了承し、みるみる高度を上げ、飛び去っていく。それを目で追いながら、彼女はじっと何かを待つ。
(さて、そろそろ来る頃か)
カンカン!
ドアのノッカー(呼び出しの器具)が鳴る。
レイティスだ。
マリはレイティスに頼み、毎日、アクシェイと話をする時間を、少しだが取ってもらっていた。
アクシェイに漂う微かな違和感の謎を解くためだ。
ドアを開け、部屋を出るとグレーの長袖にズボンという、いつもの軽装で、レイティスが待っていた。
「お待たせ致しました。マリさん」
腕を曲げ、胸に手をやり少し頭を下げる。昔の王家の挨拶だろうか。
「いえ、いつもありがとう」
マリもワイシャツにロングスカート、という、高貴な身分の人間に会いに行くには、おおよそ軽装過ぎる格好をしている。
「では、参りましょうか。アクシェイ様はマリ様の話が大層、気に入ったご様子。そうでなければあの多忙な方がマッツのお連れ様とはいえ、こうも毎日時間は取れません」
2人並んで歩きながら、他愛も無い会話をする。マリにとってはかなり長い年月、大森林にいた為、これもまた、新鮮な体験であった。
無論、ずっと引きこもっていた訳ではなく、稀に研究材料を求めたり、気晴らしに世界の絶景スポットを回ったりはしていたのだが。
超人ヒムニヤは三千歳を超える長寿である為、それらの行為が百年のスパンで行われる。そもそもこの旅自体、彼女にとって、実に200年振りの外出だったのだ。
アクシェイには、自分がヒムニヤである、という部分のみを隠し、世界の色々な話をしてやると殊更に喜んだ。
ここを離れることのできない領主からすると、どの話も魅惑に満ちた、興味深い話なのだろう。
―
アクシェイとの会話の時間が終わり、レイティスとも別れ、部屋に戻っている。
(なかなか、尻尾を出さんな……)
今日も特に収穫はなかった。
彼女は、時間の流れが人間よりも遥かに遅い高位森妖精だ。
その為、焦れることはなかったが、久しぶりの仲間と別行動をしていて、そちらの首尾も気にかかる。
マッツはうまく皇族に取り入っただろうか?
クラウスは元気にしているだろうか。
(ふ……私がこんな心配をする時が来ようとはな……)
遠視で様子を見てみようか、とも思ったが、少し考えてやめる事にした。
(大丈夫だ。奴らなら、うまくやり遂げるだろう)
この時、マッツはと言うと……。
ちょうど、リディアにセクハラだ、公私混同だ、と脅されていた時だった。
――― 7日目〜 マッツ ―――
マッツ・オーウェン(25) 男性。
つい先日、25になった。もうおっさんだな。
誕生日だと言われなければ、ずっと24だったが。
今、ラーヒズヤ・クマール、彼が率いる黒竜戦団の精鋭600人、バルジャミン、ドラフキープヴィ兵士1500人、ドラフントの町で雇ったらしい傭兵100人と共にドラフ山脈へ進んでいる。
仲間はいない。俺だけだ。
――― ヘンリックと練習の日の夜 ―――
俺
『突然ですが、ご連絡! 竜討伐だが、俺だけで行ってくる。みんな、もう少し、ここで待っていてくれるか』
クラウス
『え!? 何故です? 私も行きますよ!』
俺
『ありがとう、クラウス。だが違うんだ。詳しくは言えないが、討伐は俺1人で充分なんだ』
リタ
『……大丈夫なの?』
俺
『大丈夫だ。全く問題無い』
ヘンリック
『大丈夫だ、と言うんなら大丈夫なんだろう』
リディア
『わかったわ。じゃあ待ってるわ』
アデリナ
『え〜〜〜』
―――
竜討伐に関しては、俺1人で事足りる。
ドラフントを出発して今日で3日目。予定通りなら、今日、竜がたむろする辺りに辿り着く。
辺りは木々が深く、森と言って差し支えない。目の前には雄大なドラフ山脈が悠々とそびえ、一部、火山があるのか、噴煙が上る部分が見える。
道すがら、ラーヒズヤと雑談を交わす。
「なあ、剣聖よ。お前が戦った中で最も手強かったのは誰だ」
「そうですね。やはり、昨日、お話しした魔神アスラですね。あれは今やっても勝てる気は全くしません」
「ふむ……剣聖にそこまで言わせるとは、一度、見てみたいものだな」
「……私はもう、2度と見たくないですね」
ドゥルルル……
ピタリ、と皆、沈黙する。
聞こえる。
巨大生物の唸り声。
グルルルル……
グゥゥゥ……
これは……1体や2体じゃないな。
そして、バカでかい黒竜がゆっくりと空に浮かぶ。
続けて口から毒ガスを振りまきながら緑竜が姿を現わす。
視界にいるのは……計7体!!
これは恐怖を通り越して、壮観だ。
だが、兵士や傭兵達はそうは思えないらしい。
「うわぁ〜〜!!」
「一気にあれだけ出て来るなんて聞いてねぇぞ!」
「逃げ、逃げろ!」
主に取り乱しているのは傭兵達だ。兵士達は動揺は走ったものの、さすがに何度も竜を見ているだけあり、落ち着いている。
「ちっ……使えない傭兵が集まったものだ」
ラーヒズヤが吐き捨てるように言う。
「剣聖。では、以前申していた通り、竜を追い払って見せよ」
……と、ラーヒズヤが俺に命じるのと共に、凄まじい殺気が辺りを支配する。
一段と濃い森の木々から、1体の赤い巨体がヌッと姿を現わす。
火竜。
この地上において最強の生物、竜の中で、攻撃力はその頂点に君臨する。
そして、脇腹には大きな穴があいている。
俺が貫いた場所だ。
出たな、アルトゥール。
俺を半殺しにしてくれた奴であり、ヒムニヤの友でもある。
「承知しました」
大仰に礼をし、隊列から離れ、アルトゥールに向かって声高らかに叫ぶ。
「火竜よ! また俺の目の前に出てきたか。今度はその脇腹の穴だけでは済まんぞ!!!」
ギロリ。
と、アルトゥールの鋭い眼光が俺を刺す。黄金の瞳に黒い瞳孔が細く、縦に走っている。
グゥォォォォァァァァァァァァ!!!!
火竜の雄叫び!
恐怖を食らい、動けなくなる奴が出てくる。
「ヒィィィ!!」
「終わりだ!! あんな奴に勝てっこねぇ!」
「……いや、待て。俺はあいつの戦いを実際に見たが、半端じゃなかった。あいつならやるかも」
「そうだ。あいつは凄えぞ」
「あの火竜の腹を見ろ! あいつがやったらしいぞ!」
「やっちまえ!」
やれやれ。勝手な奴らだ。
魔剣シュタークスを構え、最強剣技の詠唱を始める。
「……リンクス・ナラ・ファミュラ・レイネア・フォールチ……」
アルトゥールは詠唱を続ける俺を空中からジッと見ている。
「アノラマ・ファティマ・ラクティア・ラ・ラ・メイデン!!」
「魔竜剣技!!!!」
魔剣が7色の光を放ち、超振動の反響音を奏でる。
キーーーーーーーーーン!
「『天魔滅殺』!!」
7色がスクリューとなり、1本の白色へと変化する。
ドッッッッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!
通常の人間には出し得ないエネルギー。
師匠ラカン曰く『天魔を滅殺する最強の光撃』。
それが竜の群れに向けて放出される。
それは、どの竜にも当たらず、8匹の巨大な聖なる者達の間を裂くように天空へと伸びていく。
グゥォォォォァァ!!
グルルルゥゥアアア!!
ドルルゥゥゥ!!
竜達はその光に怯え、怯み、精一杯の咆哮をあげる。
アルトゥールは、俺を見据え、一声唸りをあげる。
グゥゥゥゥォォォォ!!!!!!
そして残りの7体と共に、ドラフ山脈とは別の方向、古竜の大森林の方角へ、と飛び立って行った。
ふふ。
『ありがとう、よく来てくれた』ってとこか?
俺は勝手にそう思いながら、ラーヒズヤの元へ帰る。
「殿下、仰せの通り、竜を追い払いました」
礼をしながらそう言うが、反応が無い。
ん? と思いながら顔を上げると、目を見開き、恐怖の色が混じる驚愕の表情で俺の顔を見つめていた。
「剣聖……。何とも……恐ろしい奴よ……」
ラーヒズヤが声を絞り出す。と、同時に、兵士達の呪縛が解ける。
「う……うおおおおおおおお!!!」
「凄えええ!!」
「何なんだ、人間なのか、あいつ」
「見たか、今の! あの竜が逃げてったぞ!!」
そしてその歓声で、今度はラーヒズヤの緊張が解けたか。
「ふぅ。いや、まさしく噂に嘘偽り無し。見事だ、剣聖!」
「ありがとうございます」
ようやく、豪快な笑いが出る。
「ガッハハハハハ!! これは愉快だ。竜が逃げていきおったぞ! あのような様は初めて見たわ!」
ふう。
ま、良かった良かった。
ヒムニヤは約束通り、アルトゥールに連絡を入れてくれていたみたいだな。
実はクリントートでヒムニヤと別れる時に、今日の話は打ち合わせ済みだった。
―――
『竜討伐はお前がやると言え。アルトゥールには、お前が現れたら尻尾を巻いて逃げるように言っておいてやる。それで皇族の奴らには喜ばれよう』
―――
ヒムニヤがミスらなければ、ノーダメージで済む。そして、ヒムニヤには絶対の信頼を置いている。
つまり、今回は仲間が来る必要が無かったのだ。
ただ、どこから話が漏れるかわからない。だから仲間には言えなかった。
……その代わり、帰ったら今日の話をしてやろう。
そして、この討伐行の間、俺はずっと、視線、いや、監視を受けている事に気付いていた。
誰かが俺を見張っている。明確な敵意では無いだけに判りづらいが。
こっちから見ようとすると気配がスッとなくなり、どこにいるのか、まったくわからない。ヘンリックとの戦いを監視していた奴と同じかどうかもわからない。
暗殺者か、密偵か知らないが、かなりの手練れである事は間違いない。
取り敢えず、今は見逃しておいてやる。




