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第59話 皇太子ラーヒズヤ・クマール


「ヒムニヤ、どういうつもりだ?」


 宿に帰ってからようやく、ヒムニヤに意図を尋ねる。あの後、レイティスに城を案内してもらったのだが、正直、全然頭に入って来なかった。それほど、ヒムニヤと別れるのは色んな心配が付き纏う。


「どうもこうも……ああいう他、あるまい」

「そんな事はなかったろう。もう少し会話を重ねればなんとかなったかもしれない」

「……」

「ケルベロスとか偽物の使者とか、正体不明の物騒な連中がいるんだぞ。こんな所に1人で置いておけねぇよ」


 そこでヒムニヤが意外そうな顔をする。


「おや。私の身を案じてくれていたのか。これは思ってもいなかった」

「勿論、俺達がヴォルドヴァルドと戦う事になった時の事とか不安もあるさ。しかしお前がいくら超人だからといって、無敵というわけじゃないんだぞ」


 ヒムニヤはフフッと笑って、長い髪を耳にかける。


「無敵さ。少なくとも人間相手ならな」


 まあそりゃ、本物の神の攻撃まで跳ね返す防御力だ。ちょっとやそっとでは傷つくまいが……。

 ヒムニヤは澄ました顔をしているが、それでも仲間を、しかも女性を俺の目の届かないこんな所に1人、置いて行くわけにはいかない。


「時代と共に暗殺技術や鍛治の技術も進歩している。寝てる間に襲われたらどうするんだ。お前のバリアを突き破る魔剣でも持っていたらどうするんだ。そもそもヴォルドヴァルドの偽使者は名指しでお前を挑発してきたんだ、何かあると思うのが普通だろ」


 まくし立てると、真っ直ぐに俺の目を見据えて、不意に微笑んだ。


「さすがは我が婚約者だな。言っている事は尤もだ」

「うっ……」


 自分でもわかる位、顔が一気に熱くなる。


 勿論、婚約者な訳はない。アクシェイに言ったのも出まかせだ、という事は分かっている。


「マッツ。お前の気持ちは素直に嬉しい。超人と呼ばれて久しいが、人間に我が身の心配をされたのは初めてだよ。だが重ねて言うが、私の心配は無用だ。むしろお前達の方が心配だ。だがヴォルドヴァルドの話はまたにしようか」


 柔和な表情で俺に語りかけるヒムニヤ。

 言いたい事は何となくわかるさ。


 ここまでバルジャミン、ドラフキープヴィ、と旅して来たが、違和感がある、と俺の勘が告げる奴らが数人いる。


「気付いていたか?……これまでに何人か、怪しい者達がいたな」


 やはり、ヒムニヤもそこを懸念しているようだ。


「私が最も警戒しているのは……」

「ゴビンとアクシェイ……だな?」


 俺がそう言うと、切れ長の美しい目を丸くするヒムニヤ。


「何と……人間の身で、あの僅かな違和感に気付いたと?」

「ああ。はっきりとわかる訳じゃないんだが……勘だな」

「私はここで奴らを見張らなければならない。マッツ、これは私の役目なのだ。火急の時はお前の頭に直接、話しかけるから安心するがよい」


 そして優しい顔付きに変わり、クラウスに向き直る。


「クラウス。聞いての通りだ。しばらくは講義も出来ないが……お前はこの短期間で大きく成長した。自信を持つがいい」

「ヒムニヤ様……」


 泣きそうなクラウスを見て、少し困った顔をし、改めて周りを見渡すヒムニヤ。皆、不安そうな顔をしているのを見て、急にワッハッハと笑い出す。


「お前達……何か勘違いしているようだが、別に今生の別れをしようと言うのではないぞ? 少しの間だけだ。ゴビンとアクシェイ、その後ろに潜む奴の尻尾を掴むまでだ。事の始末をしたらお前達に合流する、と約束する」

「うう……師匠……ヒムニヤ様……絶対、絶対! 無理はしないで下さいね」


 クラウスが泣いてしまった。


 明らかにあたふたと慌てるヒムニヤを見ていると、超人と言えども、同じ人間なんだな、と思う。いや、彼女は高位森妖精(ハイエルフ)か……。


 そして救いの目で俺を見る。なかなか珍しいパターンだ。根本的にヒムニヤはとても優しいのだろうな。

 だからこそ、そういった所を付け入られないか、心配もしようというものだ。


「わかった。わかったよ、ヒムニヤ。お前の意見を尊重し、一旦、ここで別行動としよう。クラウスもそれで今は聞き分けろ。これはれっきとした俺達の『仕事』なんだからな」

「分かりました。お身体、ご自愛ください」


 それを神妙な面持ちで聞いているヒムニヤ。


「なんだか……お前達といると妙な気分になるな。何やら沢山の子を持った母の気持ち、とでも言おうか……子がいないからわからんが」


 そこで全員がやっと笑う。


 一緒にいる時間こそ短いが、もうヒムニヤも立派なパーティの一員、大切な仲間だ。


 その日は皆で酒場に繰り出し、夜遅くまで過ごした。



 ―


 翌日、俺はヒムニヤと大まかな段取りについて打ち合わせた。


 アクシェイはクーデターは中止する、と言っており、ゴビンも俺を信じる、と言ってくれたが、竜討伐が近々あるらしく、バルジャミンとドラフキープヴィの軍勢が集結してしまう。従って、タイミングや例の違和感の原因によってはどう転ぶかわからない、とヒムニヤが言う。


 全ては彼らへの『違和感』の正体を突き止めないと手の打ちようがない、とも。違和感の正体が彼女の予想通りならクーデターは防いで見せる、と言っていた。


 ここは彼女を信用しよう。


 何せ、ツィ様のリアルなマブダチだ。色々危険があるとは言ったものの、ヒムニヤに敵いそうな奴は実際のところ、思い浮かばない。


 じゃあ、と最後に握手をして別れる。


 握手という文化が森の妖精(エルフ)には無く、知識として知っている程度だった、との事で、初めは差し出した俺の手をどうしていいかわからないようだったが、やがて握り返し、ニコッと微笑んでいた。




 その時、ふと、婚約者に立候補しよう、と頭によぎったのは内緒だ。



 ―――



 3日後 ―――


『赤い道』のパヴィトゥーレまでの中継地、そして、(ドラゴン)が住むドラフ山脈の麓の町、ここは竜討伐の拠点となる町、ドラフント。



 ヒムニヤをクリントートに残してここまで進んで来た。暗黒大陸の旅ももう中盤戦だ。


 そこかしこに鎧を着こんだ奴らがウロウロしている。竜討伐に応募しようといている()()の傭兵の奴らだろう。


 ここなら酒場での効果もてきめんだろう、と夕方になるのを待って、酒場に出向く。




 ……が、今、俺達は酒場にはおらず、少し離れた、高級料亭で舌鼓を打っていた。


 そして、目の前には待ち望んだ相手―――


 ドラフジャクド皇国の皇族、皇太子ラーヒズヤ・クマールがいる。



 酒場の手前で、さる高貴なお方の使いです、と数人の武人に連れられ、予定を変更してここまで来たのだ。


『高貴なお方』という言葉で、ついに皇族が来たのでは、とピーンときたものの、まさか皇太子がいるとは思わず、少し面食らってしまった。



「ガハハハッ! 愉快愉快。生きて、高名な剣聖(シェルド・ハイ)に会うことが出来ようとは!」


 噂には聞いていたが……デカい。


 2メートル越えか。横幅もデカい。ついでに言うと声もデカい。


 頭から左目の上にかけて、大きな傷があり、その為に左の眉が無く、凄みがハンパない。


 ヴィハーンも相当デカいと聞くし、次男坊のドゥルーブに至っては、更にひと回りデカいとの事だから、巨人一族だな。


「私こそ、名高いドラフジャクドの皇族の方に会えるとは、身に余る光栄です」

「グワハハハ! 何を言う。追従なんぞ似合わぬぞ! 噂のマッツ・オーウェンはランディアやビルマークの王とでも友達付き合いだそうではないか」


 誰だ、そんな事言った奴は。


 んなわけあるか。


「これはまた……どこの噂やら」

「……でだ。ここにお前を呼んだのは他でも無い」


 俺の言葉など聞こえないかのように自分の話を続ける。話が早くて助かるが。


「お前達が何を目的にこの国に来たのかは知らんが……そんな事はどうでもよい。我が黒竜戦団に入れ」


 何と直球な誘いか。

 思わず、はい、と言ってしまいそうだ。


「黒竜戦団というと、ラーヒズヤ殿下の直轄の軍隊でしたな」

「そうだ。この国、いや、世界最強の軍団だ。ガッハハハ」


 まだドラフジャクドに入国する前にヒムニヤが言っていた。


『ヴォルドヴァルドが操っているヤツは、皇帝ヴィハーンと皇太子ラーヒズヤ。恐らく、この2人だけ』


 と。


 つまり、目の前のラーヒズヤは、洗脳されている可能性があるのだ。


 この目で確かめる為、探りを入れてみる。


「殿下、そのような強力な軍隊を……なんでまた(ドラゴン)討伐などに遣るのです? (ドラゴン)など、放っといても害はないでしょう」


 刹那!


 ラーヒズヤの瞳の色が微妙に変わる。

 注意していなければわからないが、焦げ茶と黒の瞳に、薄くグレーの色が入る。


 そして、半眼、とまではいかないが、心なしか瞼が少し落ちる。


(ドラゴン)……あれは危険なのだ。無害などではない。あれがいる限り、ドラフジャクドに安泰は無い。あれは滅ぼさねばならぬ。追放しなければならぬ。棲みつかせてはならぬのだ」


 会話に抑揚がぐっとなくなる。


 ヴォルドヴァルドは不器用、と言っていたヒムニヤの言葉を思い出す。


 いやーでもこれ、誰でも勘付くだろ……。


 それとも、怪しい、と思って注視するからこそ、気付くのだろうか? そんな事は無いと思うが……。


「そうですか。わかりました。ですが、殿下もご存知の通り、我々はランディア王国の兵士でございます。他国の軍隊に入隊するのはさすがに」


 すると、スススッと瞳の色や瞼などが元通りになる。ヒムニヤはこうも言っていた。


『ヴォルドヴァルドが操作しているのは竜の討伐に関してのみ。それ以外の政治、軍事に対しては一切の不介入を決め込んでいる』


 と―――。


 今の一連の現象で、ヒムニヤの言が正しかった事が証明された。


 つまり、竜討伐に否定的な言葉や意見を言われるとスイッチが入り、人格が上書きされる。それ以外はそもそもの彼の人格のままなのだ。


 これは救ってやらねばならない。


 ……と逸る気持ちを抑え、まずはひとつひとつ、と自分に言い聞かせる。


「何を細かい事を言っておるのだ。そんなもの言わなければわからんだろう」


 うーむ。オリジナルの人格め……結構、無茶苦茶な事言うな……。


「ハハハハ……そういうわけには参りません。では、客将、という扱いにして頂けませんか?」

「む……客将か。それでも良いぞ。何でも良い。1週間後の討伐に加われ」


 まさにこれこそ、俺達の描いていたストーリー!! 遂に1つ、ハードルを越えた。




「承知致しました。そこで1つ提案があります」

「提案?」

「殿下は(ドラゴン)討伐によって兵士が死傷するたび、国民に不満が溜まっているのをご存知でしょうか?」


 すると、また、スッと瞳の色が変わろうとする。ここで別の人格と会話にならない話をしている場合では無い。


「お待ち下さい。私は(ドラゴン)討伐に反対している訳ではありません。ここらで1つ、皇族の皆様の株を上げる為、私が一肌脱ごう、というだけの話です」


 慌てて取り繕うと、また元のラーヒズヤに戻る。


 何か……面倒くさい。子供の御機嫌取りをしているようだ。


「我らの株を上げるとは?」

「1週間後の討伐ですが、戦うのは私だけとさせて下さい。お任せ頂ければ、兵士の1人も失う事なく、竜を追い払って見せましょう」

「何だとッ!! そのような事が……いや、お前はくだらん嘘やはったりを言うような奴には見えん。きっと……出来るのだな?」


 おっと。オリジナルめ。なかなかいい目を持っているじゃないか。


「出来ますとも」

「わかった! 此度の討伐はお前に任せよう。但し、万が一に備え、黒竜戦団も出陣するし、お前が危ないと見たら遠慮なく突撃するからな」

「必ずや、ご期待に応えて見せましょう」


 よしッ! 交渉成立。しかも100点の出来だ。




 俺はやったよ、ヒムニヤ!



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