第58話 二人の領主(4)
あの後、最後までデザートを頬張っていたリディアとアデリナをなだめ、メシュランを後にした俺達は、その足でドラフキープヴィの旧王都クリントートまで移動した。
早くも10月、ここは高地でもあり、かなり冷え込んで来ている。
途中の街で衣服を買い込み、クリントートに辿り着く。
今回もマジュムルから『分かりやすい地図』をもらったのだが、このドラフジャクド皇国において、俺達のように主要な街から街へ移動するだけのような旅の場合は、どうやら地図なるものは不要のようだ。
何せ、『赤い道』を歩いていけば、いつかは着くようになっている。
「結局、ビルマークの時みたいに、道中襲われる事も無かったですね」
不安だったのか、クリントートに到着し、安心したかのようにクラウスが言う。
「まだ旅は終わってないぞ、クラウス ……だがお前の言う通り、ドラフジャクドではその心配は少なくてすみそうだな。赤い道沿いにずっと街が栄えていて、途中に森があったり、野宿したり、という事がないからな」
ドラフキープヴィの旧王城を目の前にする。
塔がいくつもあり、造りがバルジャミンの居城とよく似ている。
早速、城門に近付き、衛兵に声を掛ける。
「こんにちは~。マッツ・オーウェンと言うものですが!」
「む。何用でしょう?」
「ゴビン様より、ご紹介頂き、この地の領主、アクシェイ・ドラフキープヴィ様に謁見しに参りました」
「ゴビン様? ゴビン・バルジャミン様か?」
「はい」
努めて朗らかに言う。ジロジロと見てくる衛兵。そこで懐からゴビンに貰った紹介状を取り出し、そいつに見せてやる。
「おお。これは確かに……え?剣聖! 剣聖様でしたか! 失礼致しました。ただ今、特に警戒中でして」
通用門を開け、掌でどうぞ、と招いてくれる。
正門は開閉に時間がかかる。ほぼ、軍隊の行き来用と考えていい。従って、少人数の場合は、通用門から出入りするのだ。
通用門をくぐると、これまたバルジャミンによく似た風景が目に入ってくる。
俺達が入ったのと同時に、城の近くにいた若者が、遠くから俺達を見つけて近づいて来た。ブレストプレートと膝当て、ブーツまで着用しており、まるでこれから出陣するかのような出で立ちだ。
「間違いでしたらご容赦頂きたいですが……ひょっとしてマッツ・オーウェン殿では?」
「あれ? まだ、あの衛兵さんにしか、名乗ってませんが……何故、ご存知で?」
そこで相好を崩す若者。
「フッフッフ。当たりでしたか! いや、実はオーウェン殿の入国は、我が国ではちょっとしたニュースになっているんですよ? よくぞ、いらっしゃいました。クリントートへ! ささ、城内を御案内致しましょう」
「それは助かります……が、我ら、アクシェイ様に用事があり、急ぎ参りました。出来ましたら、直ぐにでもご紹介頂けると助かりますが」
顎に手をやり、ふむ、と考えるポーズをする若者。
「おっと、私とした事が、これは失礼。私、レイティスと申します。生まれはランディアのリーデン地区なんですよ?」
「え? そうなんですか?」
これは珍しい!
ランディア生まれの人間と出会ったのは、旅立ってから初めてだ。
「アクシェイ様は今日、執務室にいると思います。ご案内がてら、ランディアや『イヌ』の話でも聞かせて下さい」
『イヌ』か……俺、あんま知らないんだよなぁ。俺は王国守備隊本隊から『シシ』、『タカ』と配属されたから、『イヌ』に行った事は、数える程しかない。
それでも共通の話題は多く、俺達はあっという間に打ち解け、名前で呼び合う仲になる。ふと気がつくと、もうアクシェイが居ると言っていた2階の執務室の前に辿り着く。
「アクシェイ様、レイティスです。マッツ・オーウェン殿が参られています。面会を希望されていますが、如何なされますか?」
「マッツ・オーウェンだと!?」
中から驚いた声が聞こえてくる。これはまた野太い声だ。
「ちょっと待て、客間で会おう。サンジャナとマラティを呼んでくれ」
「承知致しました。……フフ。マッツ、どうやら散らかっているらしいよ。客間で待とう。同席しても良いかな?」
どうしたものか……同郷の者を疑いたくはないが……何せ、今はどこに敵がいるか、わからない。
迷っている雰囲気を察したレイティスが、
「ふむ、まずそうだね。では遠慮しておこう。話が終わったら、また声を掛けてくれたまえ」
「すまないな。ちょっと特殊な事情でな。聞かれない方がいざという時、疑わなくて済む」
「わかったわかった。皆まで言わんでよい」
そう言いながら、執務室前の廊下に置いてあるベルをチリンチリンと鳴らす。
「お呼びでございますか」
メイドが2人、静々と奥の部屋から現れる。
1人は腰の上程まであるストレートの黒髪で、きつい目つきをしているが、細過ぎないスタイルも良く、非常に綺麗な女性だ。身長がほぼリタと変わらないので、170センチほどか。
もう1人の身長、体格も似たような感じだが、優しい顔付きに派手目の化粧をして、茶色の癖毛がクリクリと巻いており、何というか男殺しな雰囲気を持つ女性だ。
うーん。
メシュランにいたシータもだが、この2人も妙に引っかかる。
改めてマジマジと彼女達の全身を見つめる。
この2人は……隙が無さすぎないか?
愛想が良いと男に言い寄られ過ぎるから近寄らせないため、とか、そんなのだろうか。
それとも……
「イデデデッッ!!」
突然、二の腕の裏っかわに鋭い痛みが走る!
驚いて振り向くと、リディアが口を尖らせて睨みながら……つねっている。
「なん……! 何する……んですか」
くそ! リディアの顔が怖くて敬語になってしまった!
「そういえば、ランディアの王城でディミトリアス王が言ってたよね! 城のメイドさんや給仕さんにも手を出してたって!」
ニヤニヤしながらアデリナが今、この場にとても不必要な情報を展開する。
「…………!」
「イダ! ダァ――アダダダダ!! そこやめて! そこ、超痛いんですけど!」
「なに……見惚れてんのよ」
「へ? あ、いや、見惚れてなんか……」
「ああ、なるほど。この2人は特別美人だからなあ。流石は同郷! 見る目があるな」
「ゥレイティィィィィィィィィスッッ!!」
決して下心で眺めていた訳では無い。そんなものはランディアに捨ててきた。ちょっとだけビルマークと古竜の大森林で復活しちゃったが。
「サンジャナ、マラティ。この騒がしい方達が噂の剣聖御一行だ。失礼の無いように」
「マラティですわ」
「サンジャナです」
2人して丁寧なお辞儀をしてくれる。
長い黒髪の方がサンジャナ、茶髪で少し化粧が濃い方がマラティか。
いや、うん。そりゃ確かに2人とも俺の好みだよ?
特にサンジャナの方は、均整の取れた筋肉のつき方からお尻、脚のラインとか……
「アイダダダダダッッ!!」
「マッツも懲りないなあ」
リディアが無言で同じ所をつねるのを見て、呆れたようにアデリナが言った。
ごもっともです……
「二人共、アクシェイ様がお呼びだ。恐らく後片付けだろうが……用事が済んだら客間に皆さん分のお茶を持って来てくれ」
「承知致しました」
レイティスと俺達に軽く礼をして、横を通り過ぎる2人。そのまま、執務室に消えていく。
ヒムニヤが、その二人の後姿を目で追う。
「よし、ではご案内しよう、マッツ」
レイティスに連れられて、リディアにつねられ真っ赤になってるだろう腕の裏っかわをさすりながら1階中央の客間に向かう。
中に入ると、ソファがテーブルを挟んで2列あるだけ、いくつかの装飾品が鎮座してはいるものの、さほど華美な印象を受けない、感じの良い客間だった。
アクシェイが来るまで、レイティスと故郷の話で再度盛り上がる。その間に黒髪ストレートロングの方のメイドさん、サンジャナがお茶を持ってきてくれた。
「申し訳ありません。遅くなりました」
「マラティは?」
「些か手間取っており、先に私だけ抜けてお茶をお持ち致しました」
「アクシェイ様はそんなに散らかして何やってたんだろう……ハッハッハ」
しばらくすると入り口の扉が開き、深緑の長袖シャツを下に着て、ベージュのチョッキ、ブリーチズという軽装の気品あるおじさんが入ってくる。
「いやあ、ドラフキープヴィにようこそようこそ! マッツ・オーウェン。私がアクシェイ・ドラフキープヴィだ。お待たせした。少しバタバタしていてな……後はマラティに任せてきた」
王にしては非常に良い体付きをしており、頭髪はしっかり整髪料で固められていて7・3に分けられている。
俺達も立ち上がって礼をする。
「ランディア王国守備隊長のマッツ・オーウェンです。お忙しい中、お時間いただきありがとうございます」
自己紹介しながら、懐から手紙を出し、ゴビン様から紹介状を、とアクシェイに渡す。
「ふむ……あ、いや、座ってくれたまえ。楽に楽に……」
「では、私とサンジャナはこれにて……」
「おや、レイティスは同席せんのか?」
アクシェイの素朴な疑問にニコリと返すレイティス。
「フッフッフ。そのような野暮は致しません。では、ごゆっくり」
そして俺の方をチラッと見て、ウインクして出て行く。悪い感じはしない。きっと良い奴なんだろうな。
改めてソファに座り、アクシェイに向き直る。
「ドラフキープヴィまで来たのは、1つ教えて頂きたい事がありまして」
「ふむ。書いてあるな。超人ヴォルドヴァルドを探している……と。彼に何の用が?」
紹介状越しに俺を見るアクシェイ。
「お願いしておいて何なのですが、それは言えないんです。申し訳ありません……ただゴビン様にも申し上げましたが、我々の目的が達せられればドラフジャクドの国益になる、と断言致しましょう」
「うーむ……」
また紹介状に目を移すアクシェイ。
「ヴォルドヴァルドを見たのは……パヴィトゥーレにある王城だ。いつだったかな……もう、4、5年前になると思うが」
おお! ついに具体的な場所が出てきた。予想の範疇といえばその通りだが、実際に証言が有ると無いとでは全く違う。
「どの辺りか覚えておられますか?」
「確か、別塔に用があり出向いた時だ。その時はそれがヴォルドヴァルドだと気付かず、後でヴィハーン皇帝に言われて知ったのだ」
「身なりは、どのような出で立ちでしたか?」
「顔などは一切見えなかったな。フルアーマーとでもいえば良いのか……全身、黒い鎧で覆われていた。とにかくデカかったのは覚えている」
ふむ。2メートル超えくらいか?
「成る程……貴重な情報、ありがとうございます」
アクシェイは紹介状を見ながらしかめっ面をしている。
「剣聖。ヴォルドヴァルドの居場所がわかったのだ。我らに力を貸してもらえんか?」
……
確かにヴォルドヴァルドの居場所を見つける為に皇族に取り入ろうとした。竜退治はその為の手段だ。
「具体的にはどうして欲しいのです?」
お茶をグイッと一口で飲み込むアクシェイ。
「我らは、クーデターを起こす」
「!!」
今、物凄く嫌な感じがした。
何だろう、この感じは。
クーデター、という言葉の響きからではない。
はっきりと何が、とは言えないが嫌な気を感じた。
ふとヒムニヤを見る。
彼女と目が合う。つまりヒムニヤも同時に俺を見ていたって事だ。
それだけでどう判断すべきか、分かった気がする。
「お前達には我らを助けて欲しい。国民の生活は脅かされている。何度言っても改めていただけない以上、武力に訴える他あるまい」
「成る程……仰る事は理解致しました。が、それはやはりできません」
「何故だ!」
テーブルをバンッと勢いよく叩くアクシェイ。やってしまってから、すまない、と謝る。根は悪い人間では無いのだろう。
「では理由を申し上げましょう。我らはどこまでいってもランディアの兵士です。私達が王の許可もなく、他国の内政に軽々しく介入するような事は出来ません」
「だが、お前達が竜退治の間だけとはいえ、ヴィハーン皇帝に召し抱えられれば我らと敵対してしまうであろう」
「いいえ。そうならない事をお約束致します。私達は私達の目的の為にヴォルドヴァルドに会いに行くのみ」
「そのような事……信じられん」
吐き捨てるように言うアクシェイ。
クーデターの話までは聞きたくなかった。まずったな。
「ならば……」
それまで黙って聞いていたヒムニヤが不意に口を開き、そして爆弾発言をする。
「私がここに残るとしよう。マッツ達が貴方に敵対しない保険になる。もし彼らが敵対したら……その時は私をお斬り頂いて結構」
「何?」
「はぁぁぁぁ!?」
暗殺者『ケルベロス』や、得体の知れないヴォルドヴァルドからの偽の使者がいる中で1人になるだって?
そして、これからヴォルドヴァルドに会いに行くって時にヒムニヤが抜けるだって!?
「ヒ……マリ! それはダメだ!」
「そそそそうですよ、師……マリさん! それなら、私が残ります!」
俺とクラウスが慌てて止めるが、ヒムニヤはフフッと笑ってアクシェイに続ける。
「見たか? 彼らのこの取り乱しよう。彼らは絶対に私を裏切らない」
「む……しかし、言い切れるかね」
まだ半信半疑だ。
当たり前だ。アクシェイは今までの旅の経緯や、俺達の目的達成にヒムニヤが必須だという事を知らない。
しかしヒムニヤの爆弾発言はまだ続きがあった。
「ああ、言い切れるとも。何故なら……」
そしてグッと俺を見つめるヒムニヤ。
「彼は私の婚約者、なのだから……ポッ」
「「「「「「「は!?」」」」」」」
ポッカ―――ン……
「何と……まだ若いのに。いや、美男美女、そして超人的な力を持つ者同士、似合いといえば似合いか」
何か分からんが、そう言ってウンウンと頷くアクシェイ。
「分かった。マリ、お前はここに残れ。それでお前達を信じる事としよう。クーデターは一旦、延期しようし、このまま領内の通行を認めよう」
いやー。
ちょっと待ってくれ。
それはそれで困るんだ……。




