第55話 二人の領主(1)
満室のため、俺達が借りた部屋は大部屋一室だった。だが俺達はあまり気にしない。むしろ人数分の広いフカフカのベッドがあり、昨日の酒場での成功も手伝って、皆、例外無く熟睡した。
正直、居心地良すぎて困る位だ。旅立つのが嫌になる。
更に、この宿には食堂があって、簡単な朝食を頂けるとの事だ。朝練を終えた俺達は、喜んで食堂に向かう。
テーブルの上にパンや肉、魚料理がズラッと並んでおり、近くには皿が山と積んである。バイキングと言うのよ、とエルナが教えてくれる。俺達には珍しいもので、結局、エルナに取り方やマナーなどを教わる事になる。
「いっただっきまーす!」
ガツガツガツガツ……
皆、無言で食い始める。
無くなったら取りに行く。食う。
何ていいシステムなんだ。帰ったらランディアに広めよう。
時間が流れるにつれ、皿の山が築かれていくが、食堂にも人が配置されていて、ヒョイヒョイと片付けていってくれる。
もう食えん、というところで朝食終了。
「食った。めっちゃ食った。美味かった! やばいな、ここ。しばらく移動せずに留まろうか」
冗談でそんな事を言ったのだが、
「本当ね! 一週間位ならいいんじゃない?」
「食べるものも私達には珍しいです。是非是非!」
リディアとクラウスの意見だ。
「まあ、ここまで来たらさほど急ぐ旅でもありませんし……マッツがそれで良いと言うなら」
「むしろ、厨房に入れて欲しい! 作り方見たい! ちょっとの間だけ、ここでバイトしてもいい?」
エルナとアデリナの意見だ。
「私も何日でもいれるわね」
「俺も何日でもいれるぜ」
「好きにしろ」
ヘンリック、リタ、そしてヒムニヤの意見だ。
「うぉい! 誰も止めてくれないのかよ! リーダーが間違えてたら、みんなで訂正してくれよ!!」
「え? 間違った事言ってたの?」
「わかりにくいですね……」
ぐぬぬ……。
なんて奴らだ。
もはや旅の目的とか忘れてんじゃないのか。
「オーウェン様! マッツ・オーウェン様、こちらにおられますか?」
不意に食堂の入り口から、大声で俺を呼ぶ声が聞こえる。見ると、昨日とは違う、また別の従業員さんだ。
「何かしたの?」
「はて。心当たりないけどな」
言いながら席を立ち、その従業員さんに、俺だけど、と告げる。
「よかった。オーウェン様をお探しの方がおられます」
昨日のヴォルドヴァルドの使い、シャムが頭に浮かぶ。何だろう、何か言い忘れたことでも?
ヒムニヤを呼んだ方がいいだろうか。
「一応聞くけど、誰?」
「驚いてはいけませんよ? なんと、バルジャミン領主ゴビン様からの使者の方々です!」
嬉しそうに報告してくれる従業員さん。
待てよ……領主ってことは……
「マッツ様は異国の方なので知らないかもしれませんが、領主と言うのは、かつての王の直系の血筋に当たる方です。その方から使者が来るなんて、凄い事ですよ!?」
だよね。
そして用件はきっと竜退治のことだろうな。しかし、俺がここにいる事を知られるのが早すぎる気もする。
「じゃあ、顔見せも兼ねて今回は全員で行こうか。従業員さん、案内してもらえるかな」
「承知致しました。こちらです」
また1階のフロント奥の個室に通される。昨日の部屋の1つ横、会議室のような大きい部屋だ。
案内してくれた従業員さんが、丁寧にノックをする。
コンコン
「失礼します。マッツ・オーウェン様と御一行様をお連れ致しました」
「お通し下さい」
ガチャ……
部屋の中では2人の中年の男性が椅子から立ち上がる所だった。
2人とも体格の良い、見るからに武人の身なりをしている。片方は顎髭を蓄え、渋い感じのオジさん、もう片方は綺麗に髭を剃り、目の細いオジさんだ。
平和なこの街には似つかわしくない、白銀のチェインメイルを着込んでおり、鎧のスカートになっている部分からダボダボの厚手の生地のズボンが覗き、革製のブーツを履いている。
何故、こんな戦闘態勢のいでたちを? と疑問が湧く。
「初めまして。朝からバタバタとすみません。領主ゴビンより命ぜられて参りました。私、マジュムル・グプタと申します。こちらは、エイゼル・バット」
渋い方のオジさんがマジュムル、目の細い方がエイゼルというらしい。
この2人……。
感覚的にだが、見覚えがある。いや、気配を見知っている、とでも言おうか。
どこかで会っただろうか……?
「どうも。ランディア王国守備隊長のマッツ・オーウェンです。こちらは私の旅の仲間。左からリタ、クラウス、マリ、ヘンリック、リディア、アデリナ、そしてエルナです」
「お会いできて光栄です。剣聖、マッツ・オーウェン殿」
汗を拭きながらエイゼルと紹介された細い目の男が言う。この涼しい季節に……まあ、そんな格好してここまで来たんならそうなるよな。
どうぞ、と掌で椅子に座るよう促される。
「はい、では」
テーブルを挟んで横にズラッと並ぶ。
「では、早速ですが……」
マジュムルは懐から手紙を取り出し、俺に渡す。
「そこにも書いてありますが……我らが主人、バルジャミン領主ゴビンがマッツ・オーウェン殿に非常に興味を持たれております」
「その前に……」
不意にヒムニヤが話を遮る。
「1つ、はっきりしておこうか」
マジュムルとエイゼルがポカンとして、『マリ』を見つめる。
「は……何でしょう?」
「今、『初めまして』と言ったが……お前達と私達は、既に一度会っているな?」
「む……」
2人が顔を見合わせる。
「俺も同じ感覚がありますね。マリほどはっきりとしたものではないですが」
う~ん、と驚いた表情で低く唸り、お互いの顔を見合うマジュムルとエイゼル。
そして、急にワッハハと笑い出す。
「流石ですね。驚きました。あの大勢の人の中で我々を捉えていたとは……気配は消していたつもりだったんですが」
「確かに我々はあの時、あの場にいました。そちらのマリさんが巨漢を吹っ飛ばした、あの酒場に」
ああ、と皆、納得する。
「ふふ。あの場では私達に関心を持たない方が不自然、ではないか?」
「なるほど……気付いていた素振りなど全く見せなかったのに」
「いやはや、勉強になりました」
『マリ』のような小娘(推定19歳)と俺の様な若造(24歳)に、いい歳の中年が心底、感服した態度を取る。
どうやら悪い奴らではないようだ。
「特にゴビン様に指示された訳ではないんですが……失礼ながら、本物の剣聖殿とそのお仲間なのかどうか、事前に見ておこうかと」
マジュムルが髭を触りながら言うのに、エイゼルが続ける。
「何せ、傭兵として高値で雇われたい、と竜殺しの話をする旅人など、毎年大勢いますので。本物だったことなど、一度たりともなかったですが」
ふむ。なるほど。
ある意味、俺も同じ手口なんだが……だが、俺は本当に竜殺しだからな! 殺してないが!
「しかし、剣士として高名な剣聖である、オーウェン殿なら或いは……と領主が期待しておりまして」
「わかりました。私は本物のマッツ・オーウェンです。そこはご安心を。竜殺しというのも本当です。まあ、殺しまではしませんでしたが。……では、竜退治の傭兵として召し抱えたい、と言うお話と思って良いでしょうか?」
しかし、再度、うーんと唸るマジュムルとエイゼル。
おや? 違うのか?
「いや、実はですね……少し我らの口からは言いにくい。ご予定もあるでしょうが、一度、我ら領主の居館まで来て頂けないでしょうか? 直接、我等が主人のゴビンから話を聞いて頂きたく」
「言いにくい、と言う事は、竜退治とは違うんですね。……ほほう。何でしょうね……わかりました。後日、伺いましょう」
喜色を浮かべ、ウンウンと頷く2人。
「それは有り難い。ここまで来た甲斐があったというものです。では地図をお渡ししておきます」
そう言って、手書きの地図をくれる。
……
非常にわかりやすい。
紙の上から下にぐにょぐにょと蛇のようにくねった線が一本、それに矢印をつけて『赤い道』と書かれてある。
その線の上側と下側に星印が1つずつ、下の星には矢印で『イマココ』と書かれてあり、上のそれには矢印で『メシュラン(城ココ)』と書いてある。
そして、紙の右下に大きく『大体、5、6日』と書いてある。
思わず、噴き出しそうになる所を抑える。目の前の2人が大真面目だったからだ。
「随分と、分かり易い地図ですね」
「いやぁ、それほどでも。褒めて頂けると嬉しいです。昨日、2人で何枚も書き直しましたので」
これでか!
いや、本当に分かり易いけどさ。
むしろ、ボツになった地図を見てみたいものだ。
「ところで1つ気になったのですが、何故、そんないでたちを?」
「ああ、これは……」
「オーウェン殿の真偽が不明な場合、身をもって確認する所存でしたので。我等の見立てでは、まず間違いなく本物、と判断していますので無用となりましたが」
なるほどな。
真偽が不明とは言え、竜殺しとやるんだ。そりゃ重装備になっちまうだろう。
「なるほど……もう1つ、我々を見つけるのが早くないですか? まだ入国して4日目です。昨日の騒ぎから見張っていたとすれば3日目の時点で既に把握していた事になりますよね」
そこでまた二人、顔を見合わせ、バツ悪そうな顔でマジュムルが口を開く。
「少々言いにくいのですが……貴方方の事は、実は古竜の大森林を抜けてきた辺りから把握しておりました。勿論、貴方方を見張っていた訳ではなく、国の防衛の為、と考えて頂きたい」
「そこで、高名な剣聖、そしてビルマークの最高位魔術師エルナ殿と酷似した旅人が我が国に向かっているとの知らせがあり、我々が来た、という次第です」
うん。これも腑に落ちる話だ。モンスターや不意に攻められない為の見張りなら、その辺りにいても不思議ではない。
しかし、エルナは美人だし、力も凄い。ある程度有名なのはわかるとしても、俺ってそんなに有名なのか? ただの田舎の一兵士だぜ?
「あまり他国の方にお聞かせする話ではないのですが……ひょっとするとオーウェン殿にも関係があるかもしれないので、申し上げておきますが……」
そこで、一段、声を低く、小さくするマジュムル。
「実は今、この国には『ケルベロス』と呼ばれる、東のアスガルド帝国の凄腕暗殺者が入国している、という情報があり、通常時よりも警戒態勢を強めています」
「ケルベロス……」
「私、聞いたことあるわ」
俺が首を傾げていると、リタが話に入ってきた。
「え!? 本当ですか! 今は少しでも情報が欲しいのです、知ってる事を教えてもらえませんか!?」
エイゼルが食い付き、メモ帳を取り出す。
「アスガルド全土で恐れられた暗殺者、幅広の剣ファルシオンを使う。相当な使い手で、焰剣士ケネトともやり合った事がある、と聞いてるわ」
ケネトと?
そんな凄い奴が?
いやいや、あいつ、修羅剣技使いだぞ……。
「成る程成る程……性別は? 性別はわかりませんか?」
エイゼルの突っ込みに首を振るリタ。
「性別や年齢はわかりませんわ。狙われて生き残った者は、ケネト以外ではいないんじゃないかしら……。ここ、数年ほど噂は聞かなかったけど、こんな所にいるなんて」
「その噂が立ち始めたのはいつ位からなんです?」
俺の問いにエイゼルと顔を見合わせるマジュムル。
「ここ、2、3ヵ月、といった所でしょうか」
最近だ。
神の種と何か関係があるのだろうか。それとも、この国の何かと……?
「情報、ありがとうございました。バルジャミン内部で展開させて頂きますね。オーウェン殿らも道中、呉々も気をつけて」
メモし終わったエイゼルが言う。
「では御用意もあるでしょうから、我々は先にメシュランに戻って領主に報告しておきます。お待ちしておりますので!」
「分かりました。ではまた、後日、お会いしましょう」
そう言って2人とはそこで別れたのだった。
その後、一旦部屋に戻る。
「ベッドも飯も満点だったが、さっきの話の通りだ。出発するぞ」
「ええ~~~」
「あ~~あ」
「……それは残念です」
「お前ら、マジか」
古竜の大森林から野宿が多かったしな。
気持ちはわかるが。
「まあ、そもそもずっと旅を続けているんだ。今更言うまでも無いだろうが、各自、必要なものは今日中に用意しておいてくれ。ここはかなり大きい街だし、色々揃うだろう。明日の朝、出発する」
「は~~~い!」
そんな訳で、俺達は明日旅立つのだが、大丈夫だろうか。
返事をしてくれたのがアデリナだけだったんだが……。




