第51話 慈愛の女神 ツィ(4)
引き続き、本話も、主にヒムニヤを追いかける視点となります。
また、本話は、残酷な表現が含まれています。ご注意下さい。
(グゥォォ……)
死古竜が吠える。
ギギギ……
バキバキバキッ
死古竜の肋骨が数本折れる。それはヒムニヤの攻撃のせいではない。死古竜の、文字通り、身を削る攻撃であった。
バシュバシュバシュ!!!
折れた骨が、猛スピードでヒムニヤに襲いかかる。一本が2、3メートルほどもある巨大な骨だ。
だが、これらもまた、ヒムニヤを突き破るかと思われた瞬間、空中でピタリと停止する。
ヒムニヤが弧を描くように腕を回すと、それらの骨はバラバラバラ……と粉微塵になって、消え去った。
今度はヒムニヤが、両手を体の後ろに引いた状態から、一気に前に押し出す。
「ハァァッ!!」
合わせた掌からまるで魔法のビームでも出そうな形だが、特に目に見えて何かが出たわけではない。
……にも関わらず……。
ズドォォォォォォォォォォォン!!
死古竜が大破した。
「うげぇ~~~」
「うわわわわわ!!」
マッツ達の所にも、細かく砕かれた骨が飛んでくる。だがそれらは彼らの数メートル先で、パチンッと何かに当たり、煙となって消え去った。
「ヒムニヤ様が私達にまで加護を付与してくれているようですね」
クラウスが腕で顔を防ぐ仕草を解きながら説明する。
「しかし、ツィ系魔法って癒し専門だと思ってたんだが……攻撃力、凄まじいな」
「凄いですね。きっとヒムニヤ様のオリジナルスペルも混じっているんだと思います」
「気になってたんだが、ヒムニヤはさっきから一度も呪文を詠唱していない……よな?」
マッツがまだ目の前で骨が消え去った辺りを見ながら、クラウスに問いかける。
「はい。まだはっきりと教えていただいていないので、私にも原理はわからないのですが……ただ、世に出ている魔法の行使に呪文を唱えるような『超人』はいない、とは仰っていました」
そういうものなのか……とマッツが恐々、頷く。が、エルナは意味がわからない、といった表情で固まっている。
「おい、見てみろ!」
ヘンリックが、死古竜の元居た場所を指差し、叫ぶ。
シュゥゥゥゥゥゥゥ……
先ほどの顎修復時と同じく、明らかに『闇』の属性とわかるオーラがそこに集まり、再び『死古竜』を形成しようとしている。
シュウゥゥゥゥ……
パキパキパキ……
「フン!!」
ヒムニヤが腕を薙ぎ払う。
ドォォォォォォォーーーン!!
修復中だった死古竜はまた、粉微塵にされてしまう。
「ヒムニヤ様!!」
クラウスの視線の先は……ヒムニヤだ。
今度はヒムニヤの周囲に闇のオーラが集まっている。その位置で復活しようとしているということか。
「私を取り込もうと……?」
(闇呪共)
何処からともなくこだまする恐ろしい声。ヒムニヤの顔色がサッと変わる。
「古代闇魔法……しまった。間に合わなかったか!」
ヒムニヤがそう呟いたのと同時に、死古竜が彼女と同じ場所で復活する。
「ヒムニヤ様ぁぁっっ!!!」
クラウスが絶叫する。
ヒムニヤは死古竜の、本来内臓があるべき部分に取り込まれてしまっている!
肋骨に守られているような形になり、目を閉じ、両手を胸の前でクロスさせ、体を折りたたんでいる。
「隊長!!」
クラウスが振り返り、マッツに突撃の判断を仰ぐ。
「ちょっと待って下さい、クラウス、マッツ」
エルナが口を挟む。
「恐らくですが、あの竜、いくら体を削ってもヒムニヤ様が力を使われた時と同じく、再生するだけで、我等ではどうしようもないでしょう」
「だけど!!」
「落ち着いて下さい、クラウス。恐らくあの『不死身さ』の原理は、我々が戦ったリッチと似たようなもの。今、見えているアレは、この世の現し身。本体、もしくはあの力の源が、どこか別次元にいると思われます」
「といって、このまま放っとけない!!」
飛び出そうとするクラウスの体をマッツが抑える。
「まあ、落ち着けよ、クラウス。エルナだけがわかる何かがあるんだろう。俺もアデリナもついさっき、彼女のおかげで救われた。俺はエルナを信じているぜ? お前もヒムニヤを信じたらどうだ?」
「ヒムニヤ様を信じる……」
そう呟いてマッツからヒムニヤの方へ視線を変える。
「見てみろよ。ヒムニヤはまだ、何一つやられてないじゃないか」
クラウスの肩をポンっと1つ叩くマッツ。
「想像ですが……今、ヒムニヤ様の意識は、リッチの時の我等と同じように別世界で戦っているのではないでしょうか。この世で死古竜の姿で戦っても勝ち目が薄いと判断した本体がヒムニヤ様をその世界に召喚した、と推測されます。死古竜の動きも止まっているでしょう」
このエルナの推測はズバリ的中していた。
ただ一点、彼等の想像を遥かに超えていたのは、ヒムニヤを召喚したのは死古竜の本体ではなく、死古竜に呪いをかけた古代神、そのものという事だった。
―――
(やれやれ……まさか、この様な事になってしまうとはな……長く生きていると、色々起こるものだ)
ヒムニヤはそう思いながら、この目の前の険しい景色を眺めていた。
彼女の知る限り、ここはいわゆる現世ではない。この様な過酷な景色は彼女達が住まう、あの素晴らしい世界では見た事がない。
剣山の如く鋭角にそびえ立つ山々、池は血と思わしき液体で満たされ、空、地面、見えるもの全てが真っ赤な世界。
(何とも……趣味の悪い)
ふと前を見ると、胡座をかいている老人が空中に漂っている。彼女の目の高さだ。
その老人は、じっとヒムニヤを見ている。
背の高さはマッツ達とさほど変わらない。頭髪は無い。体はがっしりしており、衣類越しにも筋肉隆々なのがわかる。修羅大陸の一部で着られている着物、というものに近い衣服を羽織っている。
ただ、その老人が纏っているオーラは、ヒムニヤをして死を覚悟しなければならない程のものであった。
「あなたが私を呼んだのですか?」
(左様)
「何故です?」
(埒があかんからだ。死古竜は不死身、お前も不死身、死古竜の魔力は無限、お前の魔力もあの森にいる間は無限。まあ、もうちょっと見ていても良かったのだが)
「あなたは、あの竜に呪いをかけた神ですね? 呪いを解いていただけませんか?」
(馬鹿なッッ!)
吐き捨てるようにそう言って、その老人は顔を歪めた。
(そんな事をする位なら、わざわざお前をここに呼ばんわ)
「私をどうしようと?」
そこで響く、低く殺意が篭った、声 ―――
(殺す―――)
即答し、カッッッと目を見開く老人。
刹那、ヒムニヤの右肩が爆発し、腕が千切れ飛んでいく。
死古竜が如何に攻撃しようと傷の一つもつけられなかったヒムニヤが、この老人の前では何の防御も持たない、ただの人と化す―――
だがヒムニヤの顔は涼しい表情のままだ。
「いたくご立腹のようですが……あの竜、あれほどまでの罰を受け続けなければならない程の罪とは……差し支えなければ教えていただけませんか?」
(……)
そこで老いた神はフゥ……と1つ、大きな溜息をついた。そしてすぐに怒りの形相になる。
かつては雄々しき竜だったはずのあの死古竜が犯した罪が、それほどまでに許せないものだったのか。
(ワシはマハリト。テン達が作ったあの世界が気に入り、よく遊びに行っていたのだ)
そう言うと、一体どこから出したのか、酒ビンを口に運び、グビッと一飲みする。
(中でも、あの大きな森で採れるある果物が好きでな。下界に降りてはちょくちょく食べていたのだ)
一体、何の話をしているんだ? とヒムニヤは思ったが、おくびにも出さない。
(ある日、いつものようにその果物を食べに、と下界に降りたら、その果物がなる林が焼け野原になっておった。調べてみると竜同士のくだらん小競り合いのせいだった、というのだ!)
「……それで?」
(それで? わからんのか? 何と頭の悪い……私の逆鱗に触れたその竜、1匹は殺し、もう1匹にあの呪いをかけたのだ)
「…………は??」
ヒムニヤは首をひねる。
話をそのまま素直に聞くと、林が焼かれて果物が食べられなかったから、と言っているように聞こえる。
その代償が、あの強大で痛ましい呪い……?
死ねなくなった竜は、永遠に彷徨い続けるしかないのだ。
バカな! 有り得ない……と思うものの、目の前の老いた神は大真面目で思い出し怒りをしている。
「まさか、そのような事で……あの呪いを?」
ドン!
今度はヒムニヤの左足が膝下から吹っ飛ぶ。
(そのような事だとッッ! 口を慎め、小娘が!)
「やれやれ……神と言っても、万年、億年を生きると駄々っ子と同じか。力を持っている分、子供よりタチが悪い」
ヒムニヤが溜息交じりにそう言うと、マハリトの額に癇筋が綺麗に浮かぶ。
(小娘ぇぇぇぇ!!)
マハリトがヒムニヤを指差す。そして指の先から魔力が凝縮した稲妻が走る。
ドォォォォォォォォォォォン!!
「ハァァァァァァァッッ!!」
ヒムニヤの前にバリアが張られ、稲妻が全て阻まれる。
(何だとッッ! 貴様ッッ!!)
ニヤッと口元をあげるヒムニヤ。
いつの間にやら、肩口、吹き飛んだ腕、膝下が修復されている。
(貴様ッッ! 森の妖精ごときがどうして……)
「不思議か……老いた神よ。力の行使ができるのは……私の力の根源がすぐそこまで来られているからだ」
(な……んだとッッ!)
そう言いながら、何かに気付いたかのようにハッと上を見上げるマハリト。
(ヒッ……)
そこには腕を組み、透き通るような白く長い髪の毛を靡かせ、薄い水色の衣1枚だけを羽織り、スラっと伸びた足で、空中に立っている女神がいた。
ヒムニヤに勝るとも劣らない美しい造形の顔に、憤怒の表情を浮かべている女性。彼女こそこの世の創世神の一神、慈愛の女神ツィだ。
『ジジイ……私のヒムニヤちゃんに……何してくれてん……だぁぁぁぁぁ!!!』
バリバリバリバリバリバリバリバリッッ!!
ツィの全身から稲妻が放たれ、マハリトに直撃する!
(グァァァ!!)
『聞いてたわよ……そんなくっだらない理由でよくも私達が作った世界にチョッカイかけてくれたわね……もう死ぬ?』
(いや、待ってくれ、ツィ、違うんだ……)
最早、先程までの殺気やオーラなどは微塵も感じられない。若い娘に怯える、ただのおじいちゃんの構図だ。
『何が違うってーのよ! 竜の事も許せないが、ヒムニヤちゃんにした事が一番許せないわ!!』
(わかった! ツィ、待て。わかった。やめろ、あの竜の呪いを解く)
ブチッ
ヒムニヤにはツィの頭から、確かにその音が聞こえた気がした。
『今、ヒムニヤちゃんにした事が許せないって言ったばかりでしょう……がぁぁぁぁぁ!!』
マハリトの眼前に瞬間移動したツィの前蹴りが、皺くちゃになって怯えている顔面をモロに捉える。
「ひぃぃぃぃゔわぁぁぁぁぁ!!」
ドッゴォォォォォォーン!!
マハリトは数キロメートル程、吹っ飛ばされる。
口から血を噴き出し、手を地面に着き、ヨタヨタと起き上がろうとする。
その彼の目の前、地面に見える四本の女性の脚。
恐る恐る、その脚を辿って視線を上げるマハリト。
そこにはツィとヒムニヤ、神界と現世の二大美女が腰に手を当て、マハリトを見下ろして仁王立ちしている。
(あわわわわわ!!)
『フン……』
怯えに怯える老神を前に、鼻からため息を一つ吐くツィ。
『これでも私の気は晴れないが……ごめんね、ヒムニヤちゃん』
「ふふふ。大丈夫ですよ、ツィ様。助かりました。私は何ともありません」
微笑でそう答えるヒムニヤにニコリと笑顔を向けた後、ツィは再び眉を上げ、マハリトに向き直る。
『おい、ジジイ! じゃあ、約束通り、竜の呪いを解いてやれ! そしてヒムニヤちゃんを無事、地上まで送り届けろ! 金輪際、私達の世界に関わるな!』
(えぇぇ……あの果物……食べたいのじゃ……)
『やっぱり……死にたいらしいわね』
片手でパキパキと指を鳴らし拳を目の前にチラつかせながら、殺意の篭ったツィのガンを飛ばされ、ガクッと項垂れるマハリト。
(じゃあ……ハイッ!)
「ん?」
ヒムニヤには、何がハイッなのか、わからない。
『ヒムニヤちゃん。あの竜の呪いは解かれたわ。安心しなさい』
「!! ありがとうございます、ツィ様!」
心の中で『ハイッ』で出来るんかい!と突っ込みながら、それでも満面の笑みを浮かべるヒムニヤ。
「ツィ様、お世話になりました。本当に助かりました」
そう言って頭を下げる。
『うん、皆、待ってるんでしょう? またね! 今度は私が行くわ!』
「はい、是非とも。お待ちしております。では……」
そして、マハリトの、(ハイッ)という声がもう一度聞こえたと同時に、ヒムニヤの意識が途絶えた。
―――
「……様!……ニヤ様!……ヒムニヤ様!!」
ふと、目を覚ます。
すぐにクラウスの腕に抱かれている事を認識するヒムニヤ。そしてあたりに死古竜の姿は見えず、瘴気も感じられない。
「ヒムニヤ様ァ! よかった! お目覚めですか!」
見ると、顔をグジャグジャになって大泣きしているクラウスが見え、その後ろに笑顔のマッツ達がズラッと居並ぶ。
(フフッ。パーティか……。久しぶりの感覚だな)
(死古竜よ、長きに渡ったお前の呪いは解かれた。安心して神界にのぼるが良い)
そして、スクッと立ち上がると、
「さっ、死古竜の脅威は去った。この先、我らを遮るものはあるまい。このまま森を抜けるぞ!」
ポカーンとするクラウス達を尻目に、ヒムニヤは歩き始めた。
――― 第2章 完 ―――




