第43話 《神妖精》超人ヒムニヤ(2)
時間は少し遡り、こちらはマッツ・オーウェンを欠いたパーティの一行。
悪魔の眼の群れから逃げ出して、かなり立つ。
彼らは安全を確認したエルナの指示の下、少し体を休めていた。
「マッツ……マッツ……大丈夫かしら……」
リディアは気が気でないようだ。さっきからしきりに、小さく呟きながら手を揉む仕草を続けている。
「マッツおにーさん……」
アデリナも同じように心配そうな顔で呟く。
それと同時にエルナが不意に顔を強張らせた。
「……む!」
「師匠、どうしたんですか!?」
「にーさんに何かあった?」
二人の同時の問いにエルナは表情を変えずに、
「いや、マッツは無事です。少なくとも今ほどまでは。あの悪魔の眼の群れを一人でよく防いだものの……どうやら追い込まれて川に落ちたようです」
少し目線を落とす。
「何!?」
ヘンリックが不意に立ち上がる。
「あのぅ……エルナさんは何故そんな事が分かるんでしょう?」
クラウスも心配そうな顔をしているものの、見ているかのように説明するエルナが不思議だったようだ。
「私達が逃げる寸前、彼に『追跡』をかけておきました。彼の命がある限り、どこに行てもわかります」
早口でエルナが説明する。
なるほど……。つまり、ずっと場所が変わらず、不意に高速で動き出した、動いている場所は川筋、という所から推測したわけか、と、それ以上の説明をエルナに求めないよう、クラウスはそう納得した。
「あの川の流れはかなりきつい。追い掛けるぞ」
ヘンリックが赤槍を握り立ち上がる所をエルナが制止する。
「ちょっと待って下さい。流れ着く場所の見当をつけておきましょう。我々とは速度が段違いです。そうですね……このまま流れていくとすれば……恐らく行き着く先は……」
エルナがどこを見ているのか、周りの人間からはわからない。まるで彼女だけに見える地図の上で、移動するマッツの『印』を追っているかのような瞳の動きをしている。
「わかりました。こっちです。参りましょう」
「ああ。急いでくれ」
そこから彼らは森の中とは思えないスピードで移動し始めた。
物理耐性を上げ、多少枝に引っかかろうが、根に足を取られてコケようが、ダメージが無いようにし、更にクラウスが全員に常時回復をかけ、突き進む。
道中、何度かモンスターに出くわす。が、可能な限り戦いを避け、不可避な敵や逃げる方が時間がかかる場合は、先制攻撃で瞬殺する。
そうして、ようやく川沿いに出ようという時、川の向こう側、恐らくは彼らが目指すマッツ・オーウェンがいるであろう方向から轟音がとどろいた。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンン………………
「……!!」
「な、何ですか? 雷? いや、でも……」
エルナが空を見て首を傾げる。
「いや、これは……あいつだ」
「そうよ、マッツだわ!」
ヘンリックとリディアの表情が明るくなる。
「でも、彼がこれほどの攻撃を繰り出さないといけない相手……」
リタの表情が曇る。
「まさかマッツにーさん……」
「竜……でしょうね」
エルナ以外は何となく状況を理解したようだ。
「急ぎましょう!」
川岸にでる。この辺りは流れがかなり緩やかになってはいるものの、川幅が広く簡単には渡れない。
「待って。橋を作るよ!」
アデリナがリュックからロープを取り出し、矢に結び付け、対岸の木に撃ち込む。
ヒュルルルルゥゥ~~~
………………
ドシュッ!
「おお。凄い腕ですね」
ロープの重さがある為、矢の弾道はブレるが、それをものともせず、狙った木にヒットさせるアデリナに、エルナは感嘆の声を上げる。
近場の太い木にロープを括り付け、皆で渡る。
その最中、彼らの目に入ったのは、すぐ近くの森の中から飛び立つ真っ赤な竜だった。
昨日、彼らが百竜の滝で見た黒い竜よりはひと回り小さいが、火竜といえば、その攻撃力において竜の中でも最強と言われている。
皆、ロープを渡りながら、マッツの身を案じる。
だが、
「大丈夫です。マッツは生きています。皆さん、頑張って!」
『追跡』をかけているため、マッツの『印』が見えているエルナの声に、皆、胸をなで下ろす。いや、両手はロープを掴んでいるのだが。
今、最も先に着かなくてはならないヒーラー、クラウスを先頭にし、エルナは最後尾にいる。
そして、エルナは遅れていた。
(く……体力勝負は……苦手……だわ!)
「頑張って下さい! 師匠!」
はるか前方からリディアが大声を張り上げる。
(う……応援しないで、リディア。恥ずかしい……じゃない!)
ようやく先頭のクラウスが向こう岸に着き、数秒後、ヘンリック、リタも降り立つ。
「マッツ!」
岸に上がった三人は、すぐに倒れているマッツを発見する。気を失い、体中に酷い怪我、傷や骨折を負ってはいるものの、とにかく生きていることはわかった。しかも驚くべき事にそれらは治癒し始めている。いくらマッツが無類のタフネスと知っていても、さすがにこれは異常、驚くべき事だ、とクラウスは唸る。そして、即座にヒールを詠唱し始める。
「え~~~と、あなた方は……?」
不意に現れた人間達に、そこにいたオイフェミアが戸惑う。
更にアデリナが到着し、少し遅れてリディアも来る。
「マッツにーさん!! 何故にパンツ姿!!」
「マッツ! マッツ!!」
「安心して? リディア、アデリナ。今、回復持続もかけました。しばらくすれば意識も戻るでしょう」
クラウスの言葉がリディアを落ち着かせる。
「……フゥ……うん。ありがと、クラウス」
そう言ったリディアは、改めて辺りを見回す。
先程の轟音の結果なのだろう、おそらく森であったこの付近一帯が吹き飛ばされ、木々は燃えカスとなって原型をとどめていない。
しかもその範囲は、以前リディアが放ったテン系魔法『爆発』の比ではない。あの数倍のスケールの爆発がここで起こったのであろう。
「一体、ここで何が……」
「あなたの師匠を待った方がいいんじゃない?」
リタがエルナを気にかける。
「はっ! 師匠! 大丈夫かしら!」
皆、川岸に戻り、エルナの様子を見に行く。
「はぁはぁ……」
そのエルナ、川岸までの距離残り3分の1程を残して止まっていた。体力の限界だろうか? 彼らの位置まで息遣いが聞こえるようだった。
「クラウス!」
リディアが叫ぶ。
「ツィ・ラ・ニーヤ・シーラ・ソーラ!『癒し』!!」
ヒーリングがエルナにかかる。
そして、川岸から一斉に応援が始まる。
「もうちょっとよ!」
「師匠!! あとちょっとです! 頑張って下さい!」
「いけるいける! もうすぐだよ!!」
(いや……やめて……死にたい……。このまま、落ちようかしら……)
エルナは生まれて初めて、そう思った。
―――
更に少しだけ時間は戻る。
クラウス達が上陸するほんの少し前、マッツの魔竜剣技が炸裂し、竜、マッツ、オロフ、共々地上に投げ出された直後―――
グゥルルルル……
脇腹に大きな穴が空いた火竜は地上に降り立っていた。
(何という奴だ……私が恐怖を覚えるとは。人間の身で私の体を貫きおった)
(しかもこの男、最後の最後で私に情けをかけた)
(想像以上だ。手を貸すに足る…………いや。手を貸してもらうのは我等か)
(だがこのままではまずい。この気は《滅導師》か。何をする気か知らぬが、対抗できるのは彼女しかいない)
傷だらけの火竜は流れる血を気にもせず、目の前のパンツ一丁で寝転がっている男、マッツ・オーウェンを見下ろしていた。
そしてその光景を離れた木の上から見ていた女性がいる。
危ない所をマッツに救われた娘、オイフェミアだ。
そもそも彼女達は、村から少し離れた場所で狩りをしていた所を、突然現れた火竜に襲われたのだった。
今まで竜に襲われる事など一度もなかった為、一緒に狩りをしていた村の連中は混乱し、全く効きそうにない攻撃を繰り返すばかり。
オイフェミアが息子の手を取り、村に帰ろうとした、まさにその時、突然火竜が自分達を目掛けて急降下、その大きな足で息子が掴まれてしまった。あ……と思う間も無く、上空に連れ去られた息子、オロフ。
それを見てこの狩りのリーダーが、オイフェミアも狙われていると判断し、川に逃げろと指示を出した。
その判断理由はともかく、川に逃げたのは彼女にとって、結果的に正解だった。
そこには1人の男がいた。
手に剣を持っていた事から剣士なのだろうとわかる。この森で時々見かける茶色の頭髪を見ると、ここテン大陸出身の人間である事がわかる。
しかし、何故かその男は ――― パンツ一枚しか身につけていなかった。
火竜のブレスの熱風で吹き飛ばされた彼女。その前にいきなり現れたほぼ裸の男の腕に抱かれてしまう。しかし、何故か不思議と嫌な気にはならず、時々、妙な独り言を呟くこの男を頬を染めて見上げていた。
その男に言われるがまま走り出したのだが、やはり息子オロフの事が気になり、村に帰る事は出来なかった。
いきなりほぼ裸の状態で登場した見ず知らずの男に我が子をたくせるわけもなく、かと言って、自身で戦う事も出来ず、なす術なく、遠巻きに戦いを見守っていたのだ。
彼女は森の妖精である。
マッツは彼女を15、6歳位に見ていたが、彼女の実年齢は300歳。
そうして戦いを見守っていた彼女だったが、当初、人間が竜に敵うなど思ってもおらず、付近に潜んでいた。隙を見て、何とかオロフを自分で取り返そうとしていたのだ。
ところが、パンツの剣士が想定外の強さを持っている事がわかる。
この戦いの規模だとこの辺りも危ない、と本能的に感じた彼女は、さらに遠くに離れ、そして剣士の最後の攻撃、今まで見たこともない巨大な爆発を伴ったビーム砲により、先ほど隠れていた場所も含めて、森の一部分が消し飛ぶ所を目撃する。
「ああ、オロフ……パンツの剣士……大丈夫かしら……。火竜が覗き込んでいるけど、食べられたりしないかしら」
(人など食わぬ)
「ヒッ!!」
(そこの森の妖精の娘、私の元に来い。子供を返してやろう)
火竜の視線が明らかに彼女に向いている事に気付く。
(竜が言葉を話すというのは本当だったのね……)
妖精族である彼らは、人間よりも歴史が長く、その分、知識も豊富だ。昔から竜が目撃されていたこの森に住む彼らは、当然竜の事も多少は知っていた。
だからこそ、自分達が襲われるなど、思いもしなかったのだが。
オイフェミアは言われるまま、素直に火竜の元に向かい、そこで我が子オロフ、パンツの剣士共に(気は失っているようだが)無事である事を確認する。
(娘。この者を、お前達がヤコブと呼ぶ老婆のもとまで運べ)
「は……賢人ヤコブ様ですね? 分かりました」
(この者が目覚めたら、此度は私の負け、お前の旅の先で待っている、手を貸して欲しい、と伝えてくれ)
「はい……。こたびは……お前の……。はい。大丈夫です。メモしておきました」
(お前の息子も仲間も死んでおらんはずだ。私のブレスは木を掠めただけだ。みな、連れて帰るが良い。もう我等がお前達を襲う事もないだろう。さらばだ)
オイフェミアの頭に直接語りかけていた火竜は、翼を広げ、体液を撒き散らしながら、上空へと羽ばたいて行った。
「あ、はい、どうも……お疲れ様でした」
どこか抜けているのか、天然なのか、オイフェミアは自分達を襲った竜に労いの言葉をかけ、さて、自分一人でどうしたものか、と途方に暮れていた。




