第37話 エルナ・グナイスト(3)
グゥォォォォォォ……
「あれは、相当でかいな」
思わず呟いてしまう。
木々の隙間から見えるだけだが……本当にデカい!
下手すりゃ、俺達の砦、『タカ』位のデカさがあるんじゃないのか。
闇に紛れる黒い皮膚は、オーガやトロルの比ではなく、無駄に分厚そうだ。耳元まで裂けた口と、捕まったら逃げられる気がしない足の爪。
ぶるぶる!!
無い無い。
あんなのと闘うとか、絶対に無い。
「これは珍しいものを見ただけ。これは珍しいものを見ただけ。これは珍しいものを……」
ぶつぶつ唱える俺。
敵意は向いてきてはいないようだが、ここは、シモン師匠の言う通りにすべきだ。
「「プッ」」
リタとエルナが目を合わせ、笑い合う。
いやいや、笑い事ではない。
「マジですか……あれが竜……あれは無理です。あっち行け……あっち行け……行ってください」
クラウスも唱え出した。君は正しい。
リディアも少し震えながら、エルナにくっついている。
「大丈夫でしょうか、師匠……」
「リディア、大丈夫です。竜はここには来ません」
「そうなんです……ね。わかりました。師匠がそう仰られるなら!」
そして―――
バッサバッサバッサバッサ……
そのまま、通り過ぎてしまった……。
「プハァ~~~」
無意識に息を止めてしまっていた。
何というド迫力か。
あんな圧倒的な生物がこの世にいる事が、この目で見てもなお、信じられない。
「すごいな……。あれが竜……」
竜が去っていった空を見つめ、ヘンリックが呟いている。
「ここは『百竜の滝』。昔はここに百匹の竜がたむろしていた、と聞きます」
いや、どんだけ危険な場所なんだよ。
人類立ち入り禁止だろ、それ。
「アスラより強そうだったよ!」
いや、アスラより強い存在など、そうそういてもらっては困るのだが……。
アデリナは遠くから見かけた程度かも知れないが、俺は身をもってあの異常な強さを知っているからな。今まで色んな奴と戦ってきた中でも、間違いなくアレは飛び抜けて別格だ。
「さすがに、それは無いんじゃないか……」
そうであって欲しい、という願いをこめて、独り言のようにボソッと言ってみる。言ってからハッと我に返る。
「いやいや、どっちにしたって、竜は、闘う対象じゃないんだから関係ないさ。皆、珍しいものを見れてラッキーだった、位に思っておくんだぞ!」
シモンが言った言葉を繰り返し言うと、エルナが口元に手をあてて、フフッと上品に笑う。
「リディア、貴女の隊長さんは……面白い方ですね」
「はい。すごく頼りになる時もあれば、今みたいな時も……。おおよそ、比率は1対9位ですね」
「おい! 比率、逆じゃないのか」
「うふふ」
そうして―――、世界最大の滝を見た後に、世界最強の生物を見てしまった俺は、今日の事は一生忘れないだろうと思いながら、眠りについた。
思いはおそらく皆、同じだろう。
ちなみにリディアとエルナは、この日も遅くまで勉強をしていたようだった。寝不足にならないか、心配だな。まあ、リディアは若いから大丈夫か。
エルナは……大丈夫かな……。
翌朝、もう一度滝を拝んでから、滝壺から濁流のように流れる川伝いに山を下る。
川沿いには空を覆う木々も少なく、そこそこ視界が開ける。
「エルナはいつ、シモンと会ったんだ?」
少しエルナと話がしたくなり、話しかけてみた。
「私が学校を卒業した直後なので……12の時ですね。両親が魔法兵団員だったので、同じように魔法兵団に入るよう、勧められたもので」
「へえ。ご両親も兵士なんだな」
「ええ。今はもう退役しておりますが。ただ、両親が入団した時には、既にシモン様は宮廷魔術師の位にいて、第一線だったと聞いています」
50の女性の親が入った時から、宮廷魔術師……。まさか、エッカルトと同期、とかじゃないだろうな。年齢、かなり近いんじゃないか。
そんな事を考えていた時、100メートルほど先で蠢くモンスター達を見つける。
盾と剣を持った大型の二足歩行のモンスターだ。
10匹以上はいる。よく見ると、鎧のような防具もつけており、顔はトカゲのようなフォルムをしていた。
「リザードマンですね。目撃される場合は、こういった水辺であることが多いようです」
エルナが冷静に説明してくれる。
「まだ、こちらに気付いていないようだな」
さて、どうしようか。
モンスターとはいえ、ここは大森林、近くに民家があるわけでもなく、あそこでウロチョロしている分には誰にも迷惑はかからない。
見逃してもいいんだが……と、躊躇していると、こちらを見つけてしまったようだ。そのまま川を渡ってりゃいいものを。
キィィィィン!!
早速、敵意センサーのランプが点灯する。
「来るぞ」
「お待ち下さい。マッツ」
「ん?」
エルナが飛び出そうとする俺の腕を掴み、制止する。
「なんだ?」
「あれは、リディアに任せましょう」
「「え?」」
俺とリディアが綺麗にハモる。
驚いているリディアに、エルナは優しく問いかける。
「リディア、『爆発』の効果は?」
「『爆発』……の効果は、ターゲットの周囲、半径10メートルの球体の範囲内を爆破します。ターゲットが移動したら移動後の範囲が適用されます。爆発飛散物は球の範囲から出ません。雨や雪、風など気象には影響を受けません」
「詠唱時の注意点は?」
「『爆発』に関しては、特に爆発する瞬間のイメージを、詠唱の最後まで持つ事、威力、破壊力のイメージをしっかりコントロールする事」
「使用時の注意点は?」
「高速で移動するような敵には使わない事、爆発範囲に踏み込まない事、地盤が緩い場所やダンジョンなどの狭い場所で使わない事、です」
「よろしい。スペルは覚えていますね?」
「は……はい!」
「では……」
こちらに向かってくるリザードマンの群れを、上に少し反った綺麗な人差し指で差しながら、
「実技です。やって見せなさい」
ビシィッッッ!
効果音をつけるとすれば、こんな感じか?
クールな顔付きと相まって、メチャクチャ決まっている。
「……! ハイッ!!」
両目を閉じて集中し始める。
1、2秒で、全身から薄い金色のオーラが揺らめき出す。
頑張れ、リディア!
「メイヴン・パズ・ス・ヴルシュタ・スカラ・バルモル・アネヴォム・トゥエン・ティアー!!」
そこでカッと目を見開く。
「『爆発』!!!」
でかいシャボン玉のような透明な膜が、半球状にリザードマンの群れの周囲を大きく包んだ、と思った次の瞬間 ―――
ドドドドドドドド!!!
ッッドォォォォォォォォーーーーーン!!!!
ドドドドドンドンドンッッドンドンッッ!
凄まじい爆音と共に、魔法のドームの中で爆発が連続して発生する。
異様な光景だ。爆発の及ぶ範囲が綺麗に半球の形になっている。煙も同様だ。
内部で、何度も何度も壮絶な爆発を繰り返し、飛び散った土砂や木々などが爆炎に巻かれ、中にあるものを破壊し尽くす。
「……!」
「すげぇ……」
「うぉぉぉ……」
俺達は初めて見るレベルの凄まじい魔法に立ちすくんでいた。
リディア自身もあまりの威力に息を呑んでいる。
おいおい。術者がそれで、大丈夫か。
――― そして、爆発が終わる。
時間にして、僅かに7、8秒位の出来事だ。
爆発が終わり、跡が見える。巨大なクレーターができており、木々も綺麗に丸く刈り取られたようになっている。
真空の球が全てを綺麗に飲み込んでいったかのようだ。
「……」
「リザードマンどころか、地形ごとなくなっていますね……」
「これは……すごい」
皆、驚愕だが、先程からリディアも声も無く、驚く側に混じっているのが何とも可愛い。
「満点です、リディア。さすが努力家ですね」
こちらも可愛くニッコリ微笑むエルナ。
「あ……ありがとうございます!!!」
リディアの顔が、パァーーーッと明るくなり、大きく頭を下げる。
「あのー。テン系魔法って、サポート中心なんだよね?」
あまりの威力に、少し疑ってしまう。
「ん? そうですよ。ただ、今のように多少の攻撃呪文もあります。でないと一人旅だと死ぬしかないですからね。とは言え、同等レベルのミラー系術師と1対1でやり合ったら勝ち目は薄いでしょう」
「はあ、なるほど……。今のは、テン系の最大攻撃呪文かい?」
「ウフフ。いえいえ。このようなフィールド上では、そこそこ役にはたちますが、何といっても使う時と場所、相手を選ぶ、扱いにくい呪文です。威力や利便性において、もっと高度な呪文がありますが、それはまた、おいおいですね」
サラッと凄い事を仰られる。
「はぁ~~~。すごい……」
当のリディアが感嘆の声を上げる。
そして、毎日の勉強の効果を目の当たりにして、更にエルナに心酔したようだ。
「師匠! これからもよろしくお願いしますッッ!」
「フフ。頑張りましょうね、リディア」
「いいなあ……リディア。私も師匠が欲しいなぁ」
クラウスが心底、羨ましそうに呟く。
「旅は長い。これから誰と知り合って、どうなるかなんてわからないんだ。お前が望んでいれば、きっとツィ系統のお師匠さんになってくれる人もいるはずだ」
そんな適当な事を言って慰める。
「そうだといいですけど。……まあ、そうですよね。何があるかわかりませんしね」
「きっとエルナに負けない位、美人さんだぜ?」
この時は、それが近い将来、現実のものになるとは、俺もクラウスも思ってもいなかった……。




