第36話 エルナ・グナイスト(2)
城を出て4日目、ついに古竜の大森林と呼ばれる巨大な森が目の前に現れる。
「ひえ~~。これはスケールが大きいですねぇ!」
クラウスだけではなく、パーティ全員がそう感じた筈だ。そこには言葉を失う程の、圧倒的スケールの森が眼前に広がっていた。
とにかく、見渡す限りの木、木、木……。
どこが入り口とかではない。右も左も木だらけ。だからこそ、森、なのだが。
はるか前方には、森から巨大な山? のような部分も薄く見える。そこには雲と大きな虹がかかる。俺達は見たこともない景色に息を飲み、立ち尽くしていた。
「では皆さん、行きましょうか」
エルナに導かれ、森に踏み入る。急に暗くなり、一気に神秘的な気分に包まれた。
よく森に入るとリフレッシュする、などと言われるが、ここはそんなレベルではない。
常にヒーリングをかけてもらっているかのようだ。
何というか、神が住んでいる気がする、というか、とにかくそういう雰囲気だ。
―
数時間を歩くが景色が変わらない。なのだが、飽きるわけではない。むしろ、森への興味は尽きない。
「暗いけど、嫌な感じはしないわね」
リディアが木々を見回しながらポツリと言う。2人でリェンカリの森を歩いた記憶が蘇……りそうになる所を、スッと記憶の彼方にしまう。
「そうだな。神々しいというか、不思議な所だな」
「この辺りはまだまだ大森林の入り口ですが、昔、神テンが釣りをされに降臨した事がある、と言われています」
エルナがウンチクを語ってくれる。
ガイドさんのようだ。これは森の散策が楽しくなるな。
しかし、テンさま、あちこちに降臨してるんだな。きっと暇なんだろうな……。俺ん時も釣りしてたし。暇ならチョチョイと、ヴォルドヴァルドとやらをやっつけてくれないかな。
それから、道無き道を行くのだが、エルナは一切の迷いを見せずにガンガン進む。既に日が暮れ始めている。
どうやら、完全に踏破ルートを把握しているようだ。進むだけ進んで、迷ってしまいました、とかボケをかましそうな人にも見えないしな。
俺達には同じ景色に見えるが、これは頼もしい。
「マッツ。1つ目の集落に着きました。今日はここで休ませてもらいましょう」
「おお! すごい! さすがエルナ! 大森林に入って初日から、屋根付きで寝れるなんて!」
「ふふ。逆です。まだ入り口に近いから集落があるのです。この森の中ほどより先はほぼ野宿、とお考え下さい」
「わかった。ありがとう! 野宿でも、大丈夫だぜ!」
エルナが集落の人達に宿泊の交渉をしてくれる。
結局、この日は、草を積み上げ、編み込んだ屋根の家を提供され、全員で雑魚寝をすることにした。
この旅が始まってから、実はリディアは毎晩、エルナからテン系魔法の授業を受けている。
リディアも努力してテン系の高位魔術師となった人間だ。テン系を極めた最高位魔術師であり、厳しくも優しいエルナは、これ以上無い師匠だったようだ。
この日の夜も2人で勉強をしていた。部屋が1つであった為、深夜に差し掛かり、さて、どうしようかと最初は遠慮していた2人だったが、授業は段々と熱を帯び、俺も聞き入りつつ、先に寝てしまった。
なお、同じように、というか、リタは筋トレ、ヘンリックは槍術の反復練習に余念がない。
みんな、毎晩、よく頑張るなぁ。
……と言いつつ、実は俺とアデリナ、クラウスは朝のトレーニングをみっちりやっている。その方が1日、体が動くからだ。アデリナとクラウスが終わった後も、俺は1人で鍛錬を続ける。
集落の人達は、そんな俺達に驚くほど無関心であり、そして、それは行く先々で、同じ光景だった。
城を出て、はや10日目 ―――
見える風景が、全く変わらない。
進んでるのかこれは……。少々、不安になる。
「風景が……変わりませんね」
クラウスも同じ不安を抱いていたようだ。
「リェンカリの森とは……規模が違うね」
珍しくアデリナも気弱な表情を見せている。
「皆さん、心配しなくても大丈夫です。ちゃんと前に進んでいますから」
そこで、ふとエルナが立ち止まる。
右手の親指と人差し指で細い顎を挟み、小首を傾げて考え込む。
え? ひょっとして迷った、とか??
「そうですね。気晴らしに、というか、この近くに絶景ポイントがあるので、少し寄ってみませんか? 1日、寄り道する事になりますが……それだけの価値はあると思います」
エルナが俺達を気にかけ、そんな事を言ってくれる。
「ああ、行ってみよう。案内してくれ」
皆の様子を見てそう決断する。
「少し勾配があるので体力的にはキツいですが、見ればきっと心身共にリフレッシュできる、と断言します」
にこやかに微笑んで、俺達を誘導してくれる。
エルナがいてくれて助かった。俺達だけだと、つらい旅だっただろうな。
―
それから数時間。
ずっと山を登っているのだが、どこからともなく、ドドドド、という音が聞こえてくる。
「ねえ……これ、何の音?」
リタが耳をすまし、怪訝な顔をする。いや、俺もこんな音は聞いた事がない。
「まさか、また魔神の足音とかじゃないだろうな」
「え? まさか、アスラ?」
リディアの顔に不安がよぎる。
「え~。でも、何か違う気も……」
アデリナ、クラウスも顔に?を沢山つけている。ヘンリックも初めて聞く音に、珍しく少し口を開けて首を傾げている。
「ふふふ。この音は……いえ、内緒にしておきましょう。この音を聞いた事がない、という事は、きっとこれから行く場所は気に入ってもらえると思います」
それからも道無き道を登り続けているのだが、この怪音は、登るほどに大きくなる。
もはや、疑う事なく、すぐ近くにこの音を出している何かがいる。
「マッツ! 雨!」
アデリナが言うまでもなく、皆、霧のような水を浴び出した。
「何これ。めっちゃ気持ちいい!!」
元気にはしゃぎ出す。
山登りで噴き出した汗を、この不思議な雨が洗い流してくれる。
「これは雨ではありません。正体はすぐに分かります。ほら、この樹々を越えると―――」
パァ―――――――――ッッ!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
な……
なんだ、これ……
「うわ~~~~~~~~~!!!!」
アデリナが絶叫している……。
アデリナ以外は、皆、上を見上げ、声が出ない。
「なに、これ……」
リタが声を絞り出す。
「空から………………川が、落ちてる……?」
リディアがそう言ったが、まさしく、それだ。
とめどなく落ちてくる水、水、水!!
「ふふふ……川ではなく、これは『滝』というものです。しかし、この滝は普通の滝ではありません。世界三大瀑布の1つであり、落差は世界最大の500メートル。この高さで、この水流を保ち、巨大さ、美しさ、荘厳さ、壮大さにおいて並ぶものはありません。三大、と言われていますが、名実ともにこの滝が世界最大、最高の滝、その名も『百竜の滝』ですッッ!!」
クールな森林ガイドのエルナが、興奮してまくし立てる。
いや、わかる。
これはすごい。
滝というものは、知識では知っている。教科書で読んだことはある。だが、見ると聞くとでは全く違う。
城がいくつも横にすっぽり収まるほどの幅と、一番上が見えないほどの高さ。
そして、圧倒的水量!! 轟音!! ミストの嵐!!
すげぇ!!!
この世のものなのかこれ。だが確かに魔力やそういったものの介入は感じられない。
これは、自然のものなのだ。
上空には巨大な虹と雲がかかり、水の出元、つまり滝の始まりは目視できない。
大森林に入る前に、遠くにかすかに見えた山と大きな虹はこれだったのだ。
「うおーーーーーーー!!!」
「すげーーーーーーーーーー!!!」
「キャーーーー!!」
俺達は日が暮れるまで、『百竜の滝』の麓から動かなかった。
―
その夜 ―――
「見上げ過ぎて……首が痛いわ」
珍しく疲れ切った顔でリタが弱音を吐くが、その症状は全員だ。皆、手で首の後ろをさすり、しきりに首をひねっている。きっと半日ほど異常なテンションになった反動もあるな。
ここは、滝からほんの少しだけ離れた場所だが、空を覆う大木達によって、飛沫がほとんど飛んでこない。
そこにテントを張り、野営する。
「夜になると、少し寒いくらいね」
リタが両腕で自分を抱きしめ、さすりながら言う。
「ここは標高約2000メートルです。地上に比べると夏でも結構、肌寒くなります。登るのが苦でなければ、避暑に良いですよ」
俺が焚べる火を見つめながらエルナが説明してくれる。ほんと、何でも知ってる人だな。
「リタ、沢山、服を持ってきてるんだから着といた方が良いよ」
リタにそう言い、1本、薪を追加する。
「俺達は体力だけは有り余っているからな。エルナ、またここに連れて来てくれよ」
そう言うと、目を細めて微笑む美しい顔が炎に照らされる。
「ふふ……ええ。喜んで」
こんな綺麗な女性が、50を超えているだって……?
俺が襲わないようにする為の嘘なんじゃないの?
…………いやいや、俺、襲わんから!
「マッツ。今、何考えてるか、当ててあげようか」
リタが服を着ながら、また余計な事を言う。
「聞きたーい!」
見ろ、アデリナが笑顔で挙手してるし。
「私も……何となく、わかる気がするわ」
リディアにグッと睨まれる。
「う……君達は全く……何か勘違いしていないかね?」
「……しっ」
不意に、表情を引き締めたエルナが俺を見つめ、口元で指を1本、立てている。
グゥォォォ……
なんだ……ヘンリックのイビキか?
リタが少し離れた所にある、天然の屋根の切れ目を指差し、小声で囁く。
「マッツ! あそこ!」
そこには、満天の星空の下、バカでかい翼を広げ、悠々と飛行する竜の姿があった。




