第33話 暗殺者(3)
【注意】
本話は、主にクラウスとヘンリックを追いかける視点となります。
ヘンリック、クラウス vs 侵入者
同時刻 数分前。
この夜、クラウスとヘンリックは、ビルマーク第1王子、マルクスの部屋に呼び出され、酒に付き合わされていた。
もちろん、ヘンリックは未成年の為、アルコールは無しだ。
マッツも呼ばれていたのだが、腹の調子が悪いとの事で来なかった。確かにその日、朝からやたらとトイレに駆け込んでいる姿が目撃されている。
マルクスは酒豪だった。
クラウスが飲む、倍以上のペースでジョッキを空にしていった。
楽しく騒いでいれば、それこそ、いつまででも飲んでいたのだろうが、ヘンリックが基本、無口であり、尚且つ、夜、寝るのが早い。いつの間にやら横になってしまっていた。
クラウスは社交的ではあるものの、それほど話題が豊富な方でもなく、その内、マルクスがウトウトし出し、そして、撃沈―――。
現在に至る。
(やれやれ。マッツが来てたら朝まで飲んでただろうな。……さて、これはどうすべきだ? 一旦、自分の部屋に戻った方がいいのだろうか?)
ヘンリックを起こそうか迷いながら、部屋の中にある豪華なトイレで用を足していた。その時、外から微かにマッツの声が聞こえてくる。
『おい、そこにいるのは誰だ!?』
(ん? 外に誰かいるのか? マッツ、起きてるのか?)
そう思ったクラウスだったが、さして気にも止めず、用を足し終わり、トイレから出ようとノブに手を掛けた。
カ……チャ ―――
クラウスが出した音ではない。
部屋のドアノブだ。それが回された音が小さく、した。
「!!」
(……こんな時間に、第1王子の寝室に誰か入って来ただって? 念の為、鍵も閉めてあったはず)
キ……
扉が開く音がかすかにした後、物音がほとんどしない。
直感的に、何かよくない感じがする。
心臓がバクバク高鳴るのがわかる。トイレの灯りを消し、ドアノブをゆっくり開け、隙間から部屋の中を確かめる。
(誰か……いる!!)
気のせいであって欲しかったが、部屋を見渡している侵入者がいる。
(誰だ?)
灯りが暗いためによく見えないのだが、少なくともクラウスには心当たりの無いシルエットだった。彼はマッツ達よりも数日長く、このビルマークにいるが、見た事のない外見だった。
トイレから覗くクラウスからは後ろ姿しか見えないが、2メートルは超えている巨体と月の光に反射する金髪、そして恐ろしく太い槍。
いずれにしろ、これはまずい。王子の寝所に忍び込み、守っているようには見えない。逆だ。こいつは不審者、賊だ。
クラウスはそう結論付けた。
王子は入り口から最も遠い所で、だらしなく眠っており、ヘンリックは逆に、入り口に近い所でスヤスヤと横になっている。
(ヘンリックが危ない)
クラウスは直感的にそう思った。
侵入者は、王子の部屋らしからぬ、お菓子や、空き瓶などで散らかったこの部屋を、器用に音を立てずに歩き、ヘンリックの手前まで来て、ピタリと止まる。
何やらヘンリックの寝顔を覗き込んで、少し笑っているように見える。
が、次の瞬間、手に持った豪槍の刃をヘンリックに向け、槍を引いた!
「危ない! ヘンリック!!!」
一瞬、こちらを見た賊だが、躊躇なく、ヘンリックを突き刺した!!!
ドスッッ!!
ヘンリックの頭に槍が突き刺さる! ……かに見えたが、何という反射神経か、彼は瞬時にパチッと目を開け、ゴロゴロゴロッと侵入者と逆の方向に転がり、攻撃を避けた。
「あ~~~? またお邪魔虫か~?」
侵入者が苛つきながらクラウスに向かって吐き捨てる。
「…… ルーペルト!」
ヘンリックが低く、呟く。
「おっと、少年。覚えていてくれたかい? そうだ、意外に早い再会だったな!?」
ヘンリックは表情を変えず、低い体勢でマルクス王子と侵入者の間のポジションを維持している。
(不利だ……)
クラウスは下唇を噛む。ヘンリックは素手だ。王子は泥酔中であり、自分達が守らなければならない。
武器を取りに行く余裕はあるだろうか?
よしんば部屋を抜け出せたとして、ルーペルトが自分達を無視し、先に王子を殺さない保証はない。いや、むしろその可能性の方が高いだろう。
この部屋は王子の部屋であり、侵入者からすれば忍び込んだらクラウスやヘンリックがいただけ、の事なのだ。つまり、この男の目的は、間違いなくマルクス王子だ。
(私がヘンリックの槍を取りに行けばいいか?)
(ダメだ。私がここを離れると、彼がやられた時にフォローできない。この部屋から出る事は出来ない)
当然ながら、ヘンリックが武器を取りに行き、自分が奴を食い止める、という選択肢はクラウスには無い。当然だ。彼はヒーラーなのだから。
(ここが狭い部屋の中なのが動きにくい。外ならそれこそどうとでも逃げられそうなものだけど)
そんな事がクラウスの頭に巡るが、考えていても仕方ないと腹をくくり、トイレのドアをガチャっと開けて、外に出る。ルーペルトがギョロリとクラウスを見るが、位置的には彼とヘンリックで、ルーペルトを挟む形になった。
一見、有利に見えるものの、万が一、自分に向かって来られたら……
(終わりだ)
守備隊として最低限の訓練は受けているものの、こんなごつい、手練れの戦士と戦うようなことを彼は想定していない。
幸いにしてこの侵入者と自分は初顔合わせだ。自分の職業が何かはわかるまい。
クラウスはそう考え、いい具合に壁に飾ってある剣を右手で掴み、訓練の通りに構えてみる。
「ククク…… やめとけやめとけぇ、お前、魔術師だろ? ゴチョゴチョ詠唱でもしてた方がマシだぜ? ……もっとも、詠唱した瞬間、殺すけどな」
「!! どうして……」
「わかるのかって? 体が剣士じゃないからだよ」
刹那!
ドンッ!
ヘンリックが低く跳ぶ。
侵入者が僅かにクラウスの方へ顔を向けたその一瞬。
ルーペルトも即座に反応し、槍を突き出すが、その時点でヘンリックは素手の間合いに入っていた。
右手の正拳突き、そして瞬時に引き、低い体勢から、肩でぶつかっていき、2メートルを超えるルーペルトを吹っ飛ばす。
ドォォォン!!
入り口の壁まで吹っ飛ぶルーペルト。派手な音が鳴り響く。
「……やるじゃねーか。少年!」
派手に吹っ飛びはしたが、ダメージはさして無いようだ。そして……クラウスにとってはまずい事に彼の目の前に来てしまった。
「お前とはちゃんと仕合いたいところだが、あまり時間も無いのでな。なかなか素早そうだし、ここは卑怯な手で行かせてもらうぜ?」
そう言いながら、槍先をクラウスの胸にピタリと付ける。
「うっ!」
思わず息を飲むクラウス。
「少年、3歩下がって、正座しろ。この可愛い兄ちゃん、殺されたくなかったらな」
「……」
(しまった! ヘンリックの足を引っ張ってしまう!)
正座などしてしまったら、それこそ反撃の糸口はなくなってしまう。何をするにも立ち上がる、という1クッションが必要になってしまうからだ。
実力が拮抗しているのであれば、武器が無い状況で、先手を取れないのは負けに等しい。
ヘンリックを自由に戦わせれば、素手でもそこそこ良い戦いをするだろう。
そうは思うものの、クラウスにはこの状況をどうする事もできない。掴める位置に槍の先端があるというのに、マッツやヘンリックのように器用に捌いたり、払ったりできるイメージが湧かないのだ。
「へ……ヘンリック!」
助けて、と言おうとした訳では無い。何故か名前を呼ばずにいられなかった。
「……」
ヘンリックは、クラウスの目を見て、頷きもせず、ゆっくり、1歩下がる。
(まずいまずい。どうする? 私に出来る事はなんだ?)
2歩……。
(私に出来る事は……)
……3歩。ヘンリックの歩みが止まる。
(これしかない!)
「ツィ・ラ・ニーヤ・サラ・ファウマ・ス・トラウト!」
詠唱が終わるより早く、槍先がクラウスの胸を突き破った!
ドスッッッ
「ぐっ……」
「おいおい、唱えたら殺すって言……」
クラウスは両手にありったけの力を込め、自分を突き刺す槍を掴む。
「行け!!!」
牙を剥き、豹と化したヘンリックが、ルーペルトの眼前に一瞬で移動する。
「るぅおおおああああッッ!!」
「やってやれ! ヘンリッ……ク!!」
「なん……!」
ルーペルトはその巨躯ゆえか、部屋の中という小さな空間で、ヘンリックの動きを捉えきれない。
そう、クラウスが不利、と感じた『部屋の中』を、素手のヘンリックは、この上ない地理的優位と分析していた。
クラウスは自分を貫いている槍を離さず、そのまま、ストン、と膝から崩れ落ちる。
全ては一瞬の出来事。
ヘンリックが低い体勢からルーペルトの頭上にまで一気に跳び上がり、目の前で1回転、右の後ろ回し蹴りがルーペルトの顔面を完璧に捉えた!
回りながら吹っ飛ぶルーペルト、一旦着地したヘンリックが間髪入れず、先程より低め、腹部の辺りに跳ねる。
「うぅ……おおお!!」
唸りを上げ突撃してきたヘンリックの膝をモロにくらい、壁を背にしたルーペルトは、壁を突き抜けて、廊下まで吹っ飛んでいった。
ドッゴォーーーン!!
ガラガラ……
パラパラパラ……
「ぐ……ぐぅ……」
見た目通りタフな奴、とヘンリックは分析、すぐに近寄るのを避ける。
それよりもクラウスだ。
「クラウス! おい……クラウス!!」
視線はルーペルトに固定したまま、声を掛ける……が、返事は無い。気絶しているのかもしれない。
しかしヘンリックは、まさか、とは、考えない。
何故ならそんな危険な状況に陥る行為を、この賢いクラウスがする訳がない、と思っているからだ。
『「飛」!!!』
廊下の向こうで、マッツのスペルが聞こえる。
(む……あいつも戦っているのか……? 何なんだ、こいつらは)
そして意識をルーペルトに集中する。
「……イッテテテ。やってくれたな、おい」
やっぱりだ。ダメージは与えたものの、こいつはまだまだ戦えそうだ。
「……」
「近寄ってこないな。よし、殺すか」
体を起こし、腰から剣を抜く。槍はクラウスが命を懸けて奪い取っている。
『マッツ!』
リディアの声がする。
『一体、何が起きてるんだ』
『おい、誰かいるぞ』
『どうした! 侵入者か!』
『灯りを灯せ!』
ガヤガヤと、近衛兵らしき兵士達が起き出してくる。だが、彼らの位置までにはまだ距離がある。
「ええい!! どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって……」
下段に構え、左下から右上へ薙ぎ払われる剣を、後ろにひかず、斜めに前転して避けるヘンリック。
返す刀が来る所をすんでのところで再度躱し、後退しながらの前蹴りを繰り出す。
「後退しながらの蹴りなど、効くかぁぁぁーーー!」
物凄いスピードで剣を振り抜いた―――
いや、投げた!!
近すぎて、投げられたのが認識出来なかったヘンリックの肩に、グサリと突き刺さる。
「ぐっ! うぐぅ……!!」
ニヤリとするルーペルト。その時、
ドォォォオオオオオーーーン!!!
マッツが戦っているであろう辺りから大きな爆発音が聞こえてくる。
「ククク。ケネトも派手にやり出したな」
勝ちを確信した表情でヘンリックに近寄るルーペルト。
「ツィ・ラ・ニーヤ・シーラ・ソーラ……『癒し』……」
「あん? あの兄ちゃん、まだ生きてんのか?」
意識がクラウスに向く。
「うぉらッッッ!!」
ブシュッッッ!!
肩に刺さった剣を引き抜いて、ルーペルトの太腿に突き刺すヘンリック。
「ガッッ!! くそガキ……!」
剣を抜いたヘンリックの肩から、ドバッと血が出るものの、みるみる傷が塞がっていく。
「くっ……ヒーラーか、貴様……俺に貫かれる前、自分に持続ヒーリングを掛けやがったな……チッ……小癪な」
忌々しげにクラウスに毒づく。
しかし、太腿を刺したくらいでは止まらない。負けじとルーペルトも刺さった剣を抜き、ヘンリックの首を狙い、水平に一閃!
その剣の柄の部分を見事に下から蹴り上げるヘンリック!
剣を持つルーペルトの右腕が僅かに上側に流れ、ヘンリックを掠めるに止まる。
だが、苛立ったルーペルト、力任せに剣の流れをたてなおし、間髪入れずに逆方向から再び首を狙う! ヘンリックは蹴り上げた時の尻もちをついた体勢、避けられない!
「グッ!」
自分の首に迫る刃を最後まで睨みつけるヘンリックの耳が異音を聞き取る。
ドゥスッッッ!!!!
何かが突き刺さるようなその音と同時に、自分の首のすぐ近くで、ルーペルトの手から落ちていく剣が目に映った。
「うっげえええええ!!」
ルーペルトの背中から腹に貫通した、長い矢。
「お、お、お、おおお……」
後ろを振り返るルーペルトに、更に2矢。
ドスッ!!
ドゥスッッッ!!!
「がっっっっっ……」
よろめき、片膝をつくルーペルト。
『ヘンリック!! 大丈夫!?』
アデリナの声が響き渡る。
「う……問題……ない」
走ってくるリタとアデリナ。アデリナが部屋に入ると、槍に貫かれ、辺り一面を血まみれにし、ぐったりしているクラウスを見つけて悲鳴をあげる。
『いやーーーー!! クラウス!!!』
リタがヘンリックに駆け寄り、様子を見ようとするが、ヘンリックの様子がおかしい。
「だ、めだ……来るな……」
「ヘンリック! しっかり!! もう大丈夫よ!」
ギシ……
ヘンリックの目に、リタの頭越しに巨体が動き出すのが見えた。
「リタ!」
必死にそう言うが、リタはヘンリックに微笑みかける。
「もう大丈夫だから。素手でよくやったわ!」
「違う、リタ!」
不意にリタの表情が豹変する。ヘンリックが今までに見た事がない、冷徹な顔。
「……デカイの。もう、動かない方がいいわよ?」
「ぐぅ……があああああ!!!」
ルーペルトが最後の力を振り絞り、リタを羽交い締めにしようとした…… が、いない……。
「…… あ?」
スッ……
「いい加減、くたばりな?」
ルーペルトは、ゾッとする。目の前にいた女が一瞬で背後にいた。
そしてリタが双剣の柄で、ルーペルトのこめかみに一撃を加える。
「ガッッ……」
バタリ。
ついに倒れるルーペルト。
そこに駆け寄ってくるマッツとリディア。
ようやくヘンリックは、一つ深呼吸をした。




