第30話 王女誘拐(5)
ルーペルトの襲撃から6日目の朝、遠目にビルマーク城が見え始める。
「おお……おお! 我が城じゃ! 帰ってきたぞ!!」
歓喜の声を上げるバルバラに、よかったね、と笑いかけるリディアとアデリナ。
敵意センサーに注意していたが、結局あれ以来、何も起こらず、今日の昼には城に辿り着くであろう所まで来た。
「リディア、アデリナ、城に着いたら言葉使いには気を付けろよ。何たって王女様、だからな」
「そんなことわかってるわ!」
「うん、わかった!」
「気にせんでよいのにのう……」
バルバラは少し残念そうだ。一度仲良くなると、年相応に可愛らしい部分が次々と目に入る。
「いや、周りの目というものもある。そういう訳にはいかないんだ。ヘンリック、お前もだぞ。バルバラ王女に限らず、基本的に全員、敬語で話せ」
我関せずのヘンリックにも釘を刺す。
「………………ああ」
こいつ……。きっと、ルーペルトの事を考えていたな。
ヘンリックもへこんだだろうが、はっきりいって、火竜剣技を投げ捨てられた俺も、かなりショックだ。
コンスタンティンが言っていたが、世界は広い、というところか。
「バルバラ!!!」
不意にかけられた大声に我に返る。
「マルクス兄さま!!」
バルバラが馬車を降り、大声の主に駆け寄る。
あれが、ビルマーク王国、第1王子マルクス・ビルマークか。噂では、大声、容姿だけでなく、中身も最もテオドール王に似ている、とか。
残りの4人の王子も、世継ぎはマルクス、と認めていると言われており、人々の噂になっている。
ビルマークに後継者争いは無い、と。
もっとも、王子という言葉から連想される若くてイケメン、というイメージからは程遠く、40近い、中年のおじさんだ。ただしイケメンの名残は、ある。さすがは王族だな。
白を基調とした王族衣装に身を包み、顎髭と口髭を蓄え、髪をオールバックで纏めている。身長は俺とさほど変わらないものの、肩幅が非常に広く、胸筋も厚い。
「よくぞ無事で戻ってきてくれた、バルバラ。心配したぞ!!」
バルバラを強く抱きしめるマルクス。
大丈夫か? 折れちゃわない? そう心配するほど、体の大きさが違う。
ひとしきり再会を喜んだ後、こちらをちらりと見るマルクス。
「バルバラ、マッツ・オーウェン殿はどちらに?」
「兄さま、マッツ殿はこの方よ」
紹介され、胸に手をあてて会釈をする。
「お初にお目にかかります、マルクス王子。ランディア王国守備隊長、マッツ・オーウェンです」
マルクスは鷹揚に頷き、そして俺に向かって深々と頭を下げる。
「マッツ殿、此度の貴公達の働き、リタ殿、クラウス殿から聞いております。どれだけ感謝してもしきれない。しかも我等を気遣い、先に連絡までくれるという心配り。後ほど、父上も謝意を述べるだろうが、まずは私からお礼を言わせていただきたい。マッツ殿、本当に有難うございました」
あわてて、手を振って遮る。王族にここまで感謝されると恐縮してしまう。
リタにクラウス、何か話、盛ってないか?
「いやいや、頭をお上げ下さい。我々は当然の事をしたまででございます。それに直接、バルバラ王女を救ったのは私ではなく、このヘンリックでございます」
「そうよ、お兄さま。ヘンリックがいなければ、私、どうなっていたかわからないわ!」
マルクスは目を細め、笑みを湛えてバルバラとヘンリックを見る。
「ヘンリック殿。聞くところによると、バルバラが賊の手に落ちている時に助けてくれたとのこと、聞き及んでおります。ヘンリック殿、誠に有難うございました」
「……いや、礼には及ばん……及ばない……です」
くっ……やっぱりか! こいつ、敬語が全く出来ないな? 急ぎ、フォローしなくては。
「申し訳ございません。この男、体と態度はデカイですが、実はまだまだ子供。教育も大して受けておらず、敬語の1つも満足に使えません。ご無礼をお詫び致します」
そう言うと、不意に大きく相好を崩すマルクス。
「無礼などと、とんでもない。学の有無で人間の価値が決まる訳ではない。いや、むしろ敬語が使えないなら、それで押し通してもらった方がこちらも楽かもしれん。がっはっは!!」
「これは有難いお言葉。この男、学はありませんが、頭は悪くない。そして何より正義漢です。我らも彼には日々、助けてもらっておりますので」
この辺りで矛先を変えよう。
「リディア、アデリナ。王子にご挨拶を」
胸に手を添え、華麗に頭を下げるリディア。
おお。何たる安心感!
「お会いできて光栄です。リディア・ベルネットと申します。以後、お見知り置きを」
その仕草をチラ見しながら全く同じ動作とセリフを言うアデリナ。
「お会いできて光栄です。アデリナ・ズーハーと申します。以後、お見知り置きを」
……さては、アデリナもやばいな?
無難にリディアの動きと発言をパクったな?
ひょっとして、毎晩、敬語の勉強会でもした方がいいのか?
「うむうむ。お美しいお嬢さん方、という言い方は、立派な兵士である、お二人には失礼かな。貴女方のおかげで、バルバラも誘拐という恐ろしい事件から解放され、精神的に立ち直ったと聞く。本当にありがとうございました」
あれ? 精神的に立ち直らないといけないようなこと、あったっけ……?
仁王立ちで登場していた記憶があるんだが……。気のせいかな。
「一緒にお風呂にも入りましたのよ。おほほ」
手の甲を頬につけて笑うアデリナの喋り方が、もはや敬語なのか何なのかわからなくなってきた。
そろそろこの辺りで切り上げたい。
「マルクス王子、後はこの賊達でございますが、彼らは城で引き渡しますので、それまでは我らが連行致します。彼らに言いたい事は、山程おありかと思いますが、まずは急ぎ、城に向かいましょう」
「うむ……そうですな」
マルクスはキッと賊をにらむが、俺に向き直り、頭を下げる。
「では皆さん。ここからだと城まで3時間ほどです。道中、ご案内致しましょう」
その日の昼過ぎ、俺達、バルバラ王女護衛一行は、無事にビルマーク城に辿り着いた。




