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第2話 リディア・ベルネット(2)

1話、2話は、本編ヒロイン、リディア・ベルネットを追いかける視点となります。

 

「リディア殿は、後方より遠隔攻撃とサポートを。ホルガーは彼女を死んでも守れ!」

「はいッ!」

「わかってまさ!」


 リディアの横で大仰に敬礼をするホルガーと呼ばれた男。背丈は2メートル近くあり、横幅も広い、大男だ。



 待ち構えるヘルマン隊に、まずは小柄なゴブリンの集団が仕掛けてくる。

 木を粗く削った盾を持つ壁役が守備隊に突っ込み、後衛のゴブリンメイジやアーチャーが遠隔攻撃、といった、意外に統制のとれた動きを見せる。


 ウガァァ!

 キシシシ……


 カン! キンキン!

 バシュッ! ドスッッ!


(ん……防御スペルが効いてるわね!)


 今のところ、味方の兵士達にダメージはほぼ無いようだ、とリディアは判断。彼女にとっては学校で習った魔法を初めて実戦で使うことになる。そのため、その効果を肌で感じるチャンスでもあるのだ。


 そのリディアのバフもあり、最初の攻勢を凌いだヘルマン隊は、彼の指揮の下、モンスター1匹に2人以上でかかり、確実にダメージを与えている。


 リディアは戦況を見つつ、『ゴブリン』というものを観察し、自分が思っていたほど、恐ろしいものではない、と思った。

 しかし……


 グゥルルルォォォ……


 後ろの方でどっしり構えている、山のように大きなゴブリンがいる。


(……て、そもそもゴブリンなの? あれ)


 ただでさえ並外れた巨躯に、目は釣り上がり大きな口からは涎らしきネバネバした液体が滴り落ち、とまず外見が怖い。更によくよく見ると、全身、傷まみれであり、迫力がすごいのだ。


(片目潰れてるし……カタギじゃないでしょ、アレ)


 そんな事を思いながらホルガーに話しかけた。


「ホルガーさん、あの後ろの大きなやつ。あれもゴブリンなのかしら?」

「ゴブリンロードですね。俺も初めて見たけど、ありゃあ、ヤベーすね」

「ゴブリン……ロード!?」


 思わず息を飲むリディア。


「ま、目の前の奴らから順に数を減らしていけばなんとかなりまさぁ」

「た、確かに。では私もいきます」


『ゴブリンロード』などという耳慣れない、しかし恐ろしげなワードに戸惑いつつ、いつのまにか右手に持ち直したロッドを自分の前方にかざす。


「ダニー・ラ・ヤウェイ・トゥエン・ティアー!」


 テン、ツィ、ミラーの3人の創世神から生み出されたとされるスタンダードな魔法の系統がある。リディアはテン系統の高位魔術師だった。

 テン系統の魔法はバフやデバフなどのサポート魔法が多く、直接的な攻撃呪文は少ない。これはその数少ない攻撃呪文の1つ、石飛礫の魔法だ。


 ロッドが薄く鈍く、白く光る。


 シュイン……


 一瞬で生成される、直径5cm程の小さな石、石、石!


「『連弾(コントブライト)』!!!」


 ズドドドドドドドドッッ!!


 術者の前に数百の石を連続して生成し、高速に打ち出す。石飛礫とはいえ、ゴブリン程度が相手なら、威力は十分だ。

 リディアが狙ったゴブリンは、顔から腹部にかけて肉が飛び散り、呻くことも出来ずにダウンする。


 それを見たリディアが思わず口を押さえる。


(生物に使ったのは初めてだけど、やっぱりこうなるわよね……)


 しかし、やらなければやられるのだ。

 これで怯むわけにはいかない。


「リディア様。無理してとどめをさす必要はねぇよ。ダメージを与えてくれりゃ、味方が後始末しますんで」

「わかりました!」


 リディアの初の実戦を見越して、ホルガーがフォローを入れる。確かに倒れた相手なら剣の方が確実に仕留めやすい。


連弾(コントブライト)』を連発し、かなりの数を戦闘不能に追い込むリディア。他の兵士達も、次々と敵を屠っている。


 皆が、残るはゴブリンロードだけ、と思ったその時、巨体が動いた。



『ラゥオゥラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』



 凄まじい咆哮が、森全体に響き渡る。


 先程全員にかけた魔法のシールドが一発で消し飛ぶ。


「ひぃっっっ」


 味方の歴戦の兵士達ですら、身体がすくむ咆哮だ。戦う前からモンスターに対する恐怖に駆られていたリディアは、今のひと吠えで硬直してしまう。


 そこに、


「ウェアウルフ集団! 後方と右奥から、それぞれ10匹以上確認!!こちらに向かってきます!」


 見張りからの凶報が追い打ちをかける。



「全員、怯むな! リディア殿! バフかけ直し!」


 ヘルマン隊長がゴブリンロードの叫びに対抗するかのように一喝、皆がハッと我にかえる。リディアを含め、皆、恐怖と絶望に呑まれ、動けなくなる所だった。


「のまれちゃダメ、のまれちゃダメ……」


 そんな独り言をブツブツ呟きながらリディアは杖をかざし、先程消えたバフ魔法をかけ直す。


 それと同時にヘルマンが頭上に向かって、信号弾としてよく使われる「光弾」のスペルを放つ。先ほど話していた、ロールシャッハ村の人々に対する、いざという時の緊急避難の合図だろう。


「全員、前方に集合! ゴブリンロードに備えろ! ウェアウルフの相手もここでする!」

「「「「ハッ!!」」」」


 敵を集めてしまう事になるが、ヘルマンは自分達が分散してしまうデメリットを避けた。

 戦力的に、分散すると全滅する恐れがあるからだ。


 リディアは考える。


(混戦になったらヘルマン隊長も私にまで指示は難しいよね)


(折角ここまで来たのに、まだあいつに会えてない。ここで死ぬ訳には行かないわ)


(あれ? 何で私、こんな時にアイツのことが頭に浮かんだんだろう……)


(……まあいいや)


(ゴブリンロード! 上等だわ!)


(この私が!)


(パリ魔法学校を()()()()、いい成績で卒業した私が!)


(あのデッカいのをやっつけてやるわ!)


 そう決断し、リディアは顔を上げた。


「隊長!! ホルガーさん! ゴブリンロードは私が相手します!!」


 ビックリした顔で2人がリディアを見る。


 しかし彼らは『高位魔術師』の強さをよく知っている。2人は頷き、ヘルマンと部下達はヘイト役を、ホルガーはリディアの斜め前に立ち塞がり、彼女の壁役となる。


「ダニー・ラ・ヤウェイ・トゥエン・ティアー!『連弾(コントブライト)』!!!」


 ゴブリンロードの巨体に向かってすぐさま放たれる、百を超える魔力を帯びた石飛礫!


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドッッ!!


 直撃すればゴブリンロードとはいえ、無傷ではすまないはずだ。


 リディアは、『連弾(コントブライト)』の効果が続いている間に、彼女が習得している、最強の攻撃魔法を詠唱する。


『平行詠唱』だ。


 高位魔術師の中でもこの詠唱法ができる魔術師は少ない。


「レイラ・アラーロー・ヴルシュタ・トゥエン・ティアー!」


 リディアが持つ杖の先にオレンジ色の光が集まる。


 一般的な矢の4、5倍はある特大サイズの魔法の矢が、杖の先に10本、20本、と束ねられていく。


 少し時間がかかるのが欠点だが、平行詠唱で『連弾(コントブライト)』を先に発動させる事で補っている。


「『剛弓(スタッレヴォーグン)』!!!!」


 詠唱の完成と同時に、凝縮された矢がゴブリンロード目掛けて大砲のように発射される。


 ドォォォォォォォォォォォンッ!!!


 森の中とはいえ、標的が大き過ぎる。外す訳がない。辺りの樹木ごと薙ぎ倒すほどの威力を持つ魔法は、ゴブリンロードに致命の攻撃を加えているはずである。



 ……



 そして、付近に皮膚が焼け焦げた匂いが充満する。

 やがて、煙の中から姿を現したのは……。


 ドシッ


 ドシッドシッ


 ドシドシドシドシドシドシドシドシ!!!



 ゴブリンの死体を束ねて盾にし、突進してくるゴブリンロードだった。




「ひいぃぃぃぃ!!!」


 恐怖で彼女の顔が歪む。

 間に入った兵士達も次々になぎ倒される。


 あっという間に彼女の目と鼻の先だ。


「おぅらぁあああああ!!」


 それまで動かなかったホルガーが、ゴブリンロードにぶちかましをする。


 ドゴゥォォ!


 巨躯同士がぶつかり合う物凄い音がするが、ゴブリンロードが少しバランスを崩し、減速した程度か。


(化け物!!―――)


 息を呑み、レベルの違う、このモンスターのあまりの強さに戦慄する。


 ゴブリンロードは、盾代わりのゴブリンを持ったまま、左手でホルガーを薙ぎ払う。


「うぉああああああ!!」


 ドスンッ!!


 何体かのゴブリンの死体と共に、ホルガーは一瞬で10メートルほど吹き飛ばされてしまった。


 ゆっくり首を回し、そして真っ直ぐにリディアに視線を向けるゴブリンロード。彼女には心なしか、その口の端が上がっているように見えた。


(今、ターゲットは私か……そりゃそうね。あんだけの魔法打ち込んだんだから)


「グルルルル……グッグッ……」

「笑ってんじゃぁぁないわよ!! ティレス・フォー・マリハッタ……」


 いとも簡単に硬直しそうになる自分を声を出す事で奮い立たせ、再びロッドを構える。


 だが、足元にあったゴブリンの、上半身だけになった死体を拾ったゴブリンロードは、更に口を歪め、猛烈な勢いでリディアに向けてそれを……投げた!


 ブォォォォォォォンッッ!!


「え!?」


 バチンッッ!!


「アゥッッ!!」


 上体を右に傾けて直撃は避けたものの、ゴブリンの腕がリディアの頬から額の辺りに当たり、怖さと痛さで馬から転げ落ちてしまった。その間にも表情を変えずに近寄ってくる巨体。


「グ……グルル……グッグッグ……」


 左手で頰の辺りをさすりながら涙を滲ませて、しかしゴブリンロードを睨み付けるリディア。


「フゥゥフゥゥ……笑うな!」


 そう叫びはしたものの、さっき詠唱しかけていた魔法は掻き消えてしまった。落馬の際にロッドも手から離れてしまった。


「うぅぅぅ……クッソォォ」


 リディアの目から涙が溢れてくる。


 怖くて泣いているのではない。

 この任務に志願して参加したことにも悔いは無い。戦闘任務だ。途中で命を落とすこともあるだろう。


 しかし、身体が死を拒否する。

 拒否するが『戦う力』では無く、涙という形でしか表現されない。


(くそっくそっ! 動け私!!)


 その時、後ろから何かが走ってくる音がする。


 ダダダダダダダダダダダッッ


(味方!)


 咄嗟に振り返り、助けを求めようとした彼女の目に映ったのは……援軍ではなかった。


 眼に映る数十の影。

 それは無情にも、ウェアウルフの大群だった。


 ゴブリンロードが咆哮した際に見張りから報告があった数十匹のウェアウルフが全速力で走ってくる。


「そりゃ……そうか」


 彼女は自嘲気味に笑う。


(私が最後尾なんだから、後ろに味方なんかいるはずないじゃない)


 あっという間に自分まで10メートルほどの距離まで接近している。


「あ……」


(これはヤバいやつだ)


「グゥオオオゥ!」


 ドガッ!



 叫びと音に向き直ると、もうゴブリンロードが彼女の前方、4、5メートルほど近くにまで来ているではないか。


 ……が、様子がおかしい。

 何かを殴ったような格好をしたまま、立ち止まっている。


 口元が引きつっており、怒りに震えている、ように見える。


 怒りの理由は……ゴブリンロードの右足に剣が後ろから刺さっている。あれだ。


 不意にリディアは思い当たる。


(……まさか! 今、何を……殴ったの?)



 恐る恐るヤツの拳の先に視線を向ける。


 その方向、数メートル先の木の幹に打ち付けられ、逆さの状態で口から血を吐いているヘルマンが、いた。


「ヘルマンさんッッ!!!!!!!」


(……嫌だ)


(……怖い)


(早く……)


 頭の中が混乱する。


 ヘルマンは最後まで諦めず、剣を足に刺し、ゴブリンロードの歩みの速度を少しでも落とそうとしたのだろう。



 気がつけばもうゴブリンロードの手の届く所にリディアはいた。

 時がゆっくりになる感じがする。


(ダメ……)


 自分がゴブリンロードの巨体の影に入る。

 笑いながらゆっくりと手を伸ばすゴブリンロード。

 リディアは怯え、目を見開く。

 思考が更に乱れる。



「諦めるな!」


 ホルガーが今度はゴブリンロードの左手側から体当たりだ。止まっている所を横から体当たりされたため数歩ぐらつく。


「グゥオオオオオオオオッッッ」


 怒りで反射的にホルガーを殴ろうとしたゴブリンロードの巨大な右手が。


 綺麗に切断され、彼の足元に転がっていた。



「よくやったホルガー! 後は任せろ!!」


 その声は、ゴブリンロードの更に後ろから聞こえた。


 彼女がよく知っている声!

 そして、待ち望んだ声だった!


 なぜ、今、ここにいる? などとは思いもしない。むしろ、


(来たっ……! やっと!)


 まるで来る事がわかっていたかのように。


 そして声の主が来れば後は大丈夫、とばかりに全身から力が抜けていく。



 ゴブリンロードは、何が起こったのかわからないといった感じで、切り落とされた自分の腕を見、そしてゆっくりと後ろを振り返る。


「やっと追いついたぜ! 青竜剣技ブリュドラフシェアーツ!」


 リディアからは、ゴブリンロードの巨体越しに無数の剣のイメージが空中に浮かぶのが見える。


「『(フリィ)』!!!!」


 突如現れた男の声と同時に、無数に飛ぶ斬撃!!


 しかし、それは何故か、1つもゴブリンロードに当たらず、リディアにも当たらず、風を切る音を残し、彼女の全身をミリ単位で避けて、後ろの方に飛んでいく。


 どこを狙ったのか?



 ウェアウルフだ。


 リディアのすぐ後ろにまで迫っていたであろう、ウェアウルフの群れがバタバタと倒れる音と、呻きとも叫びとも聞こえる断末魔が耳に入ってきた。



 ヘルマンとホルガーの2人はボロボロになりながらも笑い、後は任せたと言わんばかりに安心して目を閉じる。


「今度は逃がさねぇよ! ゴブリン野郎!!」


 修羅の形相で跳ぶ剣士。そして……


火竜剣技フラムドラフシェアーツ!『(アンタブレア)』!!」


 ゴブリンロードの首から上が、ブチっと胴体と離れ、さらに切り口から全身に炎が燃え広がる。



「バカァ……遅いわよぅ……マッツ!」


 苛烈を極める『修羅剣技』の修行に挑んだ数千人の中で頂点に立ち、『剣聖(シェルド・ハイ)』の称号を持つ。


 赤眼のマッツ・オーウェンだった。



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