第27話 王女誘拐(2)
数秒の沈黙の後、俺達は顔を見合わせる。
(…………)
(会っちゃったな)
(会っちゃいましたね)
(用件だけ伝えて通らせてもらおうって言ってなかったっけ?)
(用件を伝える相手に会う前に、会ってしまったんだ。どうしようもないだろ)
(ついてないわね……)
(ついてないな……)
(ついてないですね……)
バルバラ王女……。
正直、いい噂は皆無だ。
ワガママ、口の悪さ、冷徹、笑えないイタズラ……等々、王都で色々聞いた。
見た目は悪くない。
まだ子供なせいか、背丈はアデリナと同じか、もう少し小さい位だが、二重で大きな、少し吊り上がった猫のようなおメメと小ぶりな鼻、紅潮している頰、八重歯が覗く可愛い口元、腰まであるストレートの濃い茶色の長い髪、と、可愛らしい容姿をお持ちだ。
もっとも、俺の主観ではウチの2人の姫には遠く及ばない(リタは歳が違うから、一旦比較対象から除外だ)。ま、いずれにしろ持って生まれた容姿は、本人の手柄じゃないからな。
外で一悶着あったのか、ドレス風の部屋着が雨に濡れている。
目配せでの会話が終わり、何となく俺が話し掛けないといけない、嫌な空気になった。
「……あ、ああ……。バルバラ王女でしたか。お会いできて光栄です」
「フンッ」
ピキッ
「あのぅ……。私はマッツ・オーウェンと申します。我ら、ランディア王国守備隊の者です。まずはご安心下さい」
「そなたの名や身分なぞ、どうでもよい。さっきから妾をずっと立たせてしまって気がひけんのか」
ピキピキッ
「……ヘンリック、椅子を引いて差し上げろ」
「ああ」
ヘンリックが無造作に椅子をひき、手を振って座るように促す。あーあ。そんな態度取っちゃったら……。
「おお。そなたは先程、妾を助けてくれた……」
ほらな……。
……は!?
「そなたがいなければ、今頃、妾はどうなっていた事か……」
「仕事だ。気にするな」
「んまあ……。何と仕事熱心な……」
……なんだと……。
「座れ」
「すまぬのう……」
素直に座るバルバラ。
なんか最近、俺の地位? がすごい低い気がするんだが……。
「そこの赤眼の男。茶を所望じゃ」
ピキピキピキッ
と、それまで黙って見ていた爺さんが、ようやく我を取り戻し、立ち上がる。
「お姫様。ここは、わしらの宿じゃ。この兄さん方もわしらの客人。茶ならこの爺が出しましょう」
そして、通り過ぎる瞬間、俺にパチっとウインクして、キッチンに向かう爺さんと、その後ろに付き添う婆さん。
カッコいいじゃないか!
お姫さんは、ムッとした顔をしているが、年長者に言われ、しぶしぶ、といった感じで黙っている。ここが城でないこともわかっているのだろう。
「ヘンリック…… ちょっとここでお姫様の相手をしていてくれ。俺達は2階でこいつらを尋問してくる」
のびている3人を指差して、コソコソと耳打ちする。
「わかった」
そして、俺達は賊を抱えて、逃げるように2階に上がっていった。
「……えらい目にあったぜ……」
ドッと疲れが出て、賊3人を放り出し、座り込んでしまう。
「お疲れ様、マッツ。よく耐えたわね!」
リディアがポンっと肩を叩いて、労ってくれる。
「う……ありがとう……」
「頑張ったね! マッツにーさん! カッコ良かったよ!」
「あそこで爆発してたら、ビルマーク王国を通る事が難しくなるところだったわ。よく我慢したわね」
「茶を所望、で、どうなることかとハラハラしましたよ。少なくとも私は隊長を尊敬してますから!」
「う……ありがとう、みんな…… 最近、扱いが酷くて落ち込んでたんだ……」
一斉に慰めてくれる仲間に、思わず涙が出そうになる。リタはそんな俺の丸まった背中をさすりながら、皆が疑問に思っていた事を口に出した。
「こいつら、何なのかしらね?」
そうだ。元はと言えば、こいつらが悪い。何でビルマークの王女なんか連れて来やがったんだ。
「リディア、えーっと…… こいつにしよう。こいつに『追跡』をかけてくれ」
「わかったわ」
ヘンリックにボコられ、首根っこを掴まれていた奴を選び、『追跡』をかけてもらう。これでこいつは逃げられない。
「おい、起きろ。いつまで寝てんだこの野郎」
細身だが、筋肉質でガッシリしている。かなりの長身、肌は真っ白だ。金髪に青い目なので、アデリナ同様、諸島系の生まれなのだろう。全身を黒装束ですっぽり覆っている。
目が細くて眉毛が無いため、暗殺者の顔付きをしている。
暗殺者だろうが、何だろうが知るか。ストレス解消を兼ねて、思いっきり往復ビンタをかます。
ベシベシベシベシッ!
「うわッ! いってえな……。誰だ、チクショウ!」
「目が覚めたか?」
顔を覗き込んでやる。
「あ? ………… ひぃっっっ!!!」
飛び起きて、部屋の隅でこちらを見ながら固まる。
体全体を屈め、用心深く俺達を観察する。どうにかして逃げようと考えているのだろう。
「最初に言っておくぞ。既にお前には『追跡』がかかっている。お前、どうせ、どっかの賊なんだろ? 逃げてアジトに行けば、お前の仲間ごと捕まえてやるし、どこに逃げてもウチの自慢の高位魔術師は捕捉できる」
「……」
「言った意味はわかるな?」
「つまり、逃げられない、と?」
「そういうことだな」
「俺をどうする気だ?」
「ビルマーク城に連れて行く」
「……」
何やら考えている。が、選択肢が無いことには気付いているだろう。
「で、だ。ビルマーク城に行く前に、いくつか俺の質問に答えろ」
「……断る」
「拒否権は無い」
俺は握り拳をチラつかせ、極悪な笑みを讃えながら、いつぞや、ハンスに言われた言葉をそのまま、投げつけてやる。
「……うぅ」
「まず、貴様らは何者だ?」
「……」
「どっちにしても、もうてめえはアジトには戻れないんだぜ? 裏稼業なら、仕事に失敗したら終わりだろ? 心を入れ替えて真っ当に生きるか、どこか別の国に行くかしかない。今、ここで素直に答えれば、ビルマーク城で『追跡』は解除してやるし、万が一の場合は、命乞いしてやる」
「…………」
ムチとアメだ。考えても無駄だぜ。
「わかった。知る限りの事は、答えよう」
男は観念したようだ。
「俺はガルマニアで裏仕事を請け負っている組織『翼』の下っ端だ」
「ガルマニアね……。沿海の商業都市だな。裏稼業のヤツが何で自国の王女なんかと一緒にいるんだ?」
「商業ギルドからの命令だ。ビルマークの王女を誘拐しろ、と」
「何のために?」
「それは知らねえ」
ふぅんと無表情でひと呼吸置き、少し凄みを効かせて、もう一度確認する。
「何のために?」
「い、いや、本当に知らねえんだ。というより、仕事の理由なんぞ、今まで1度だって説明を貰ったことはない」
まあ、いいだろう。
「どこに連れて行く気だったんだ?」
「最終的にはガルマニアだ。但し、王都から北東にまっすぐ行くのではなく、一旦、南に進んで、ランディアから海路で運ぶ予定だった」
「運んで、その先は?」
「知らねえ。聞いてねえ」
まあ、そんなところか。
「お前、名前は?」
「カイ・ブリングマン」
「どうやって城に忍び込んだんだ? 警備がハンパなかった筈だが?」
少し、口元がニヤッとした。腕には自信があるのだろう。
「気配を殺すことなど造作無い。戦闘技術はお前らには敵わねえが……、基本的に戦闘を避け、仕事をするのが俺達だ。魔法のシールドもあったが、術者に気付かせず、通り抜けるアイテムを持っている」
「何が戦闘を避け、だよ。少なくとも、こいつは暗殺者だろう」
俺は足下で気絶している賊Aを指差して、ギロリとカイを睨む。
「そいつらは俺達の仲間じゃねえ。ギルドから雇われた、別の組織のやつだ。どこの組織のやつかは知らねえ」
「ほう? なら、お前の組織、なんつったっけ……『翼』だったか? その仲間は?」
「1人、表で馬車と王女を守っていた。あの浅黒いガキ……少年にやられたんだろう。今、どうなってんのか、心配なんだが……」
なるほど。雇い主は仕事を複数の組織に依頼し、お互いを見張らせ、裏切らないようにリスクヘッジをしていたってことだ。
そして、『フリューゲル』の連中は誘拐、もう1つの組織のやつは乱暴事、と作業分担していたというところか。
「最後の質問だ。他に王女を狙っている奴は?」
「わからねえ。いるかもしれないし、いないかもしれねえ」
誘拐のターゲットになっている女の子を1人、放ったらかす訳にはいかない。ビルマーク城まで彼女を護衛しなければならんだろう。
ヘンリックが妙に好かれているのは、幸運だった。




