第23話 出立(1)
俺は彼を知っている。
魔女のとんがり帽子を被り、青いローブを羽織っている。黒髪、黒目、見た目は15歳位か。身長はリディアとほぼ変わらない。160センチ強ほどか。
10年前、ノゥトラスでの修行中に会ったことがある。途轍もない魔力を持つ魔術師だ。
「やあ、久しぶりだねマッツ。僕の事覚えてるかな? かなり背が伸びたね!」
エッカルトを無視して、無邪気な笑顔で俺に話し掛ける。思わず抱きしめて頭を撫でたくなる。
「覚えているとも。久しぶりだな!10年経ってもお前は変わらないな」
「そりゃそうだよ。僕の成長期なんて200年ほど前に終わってるんだから」
「普通は老化が始まるんだぜ……」
そう。こいつは俺より遥かに歳上なんだ。寿命にしても見た目にしても、こいつは人智を超えている。
ふふっと愛らしく笑ったコンスタンティンは、王に向き直り、
「ところで……少し、お遊びが過ぎますよ? 王。こんな登場の仕方は僕の趣味ではありません」
「む? そうか? かっこよかったと思うがのう?」
どうやら、演出はディミトリアス王、のようだ。前もって仕込んでおいたんだな。やれやれ……
「超人達と僕を比較するのもやめて下さい。彼らは僕如きがどうこう出来るような存在ではありません。万が一、そんな噂が彼らの耳に入ったら、僕なんて一瞬でこの世から消されてしまいます」
そうか?
サイエンなんて、ただのスケベ親父だったがな。俺が言うのも何だけど。
残念そうな顔をする王をたしなめて、エッカルトに向き直るコンスタンティン。
「さてエッカルト。君に恨みはないが、義理により僕は彼らに手助けするよ」
エッカルトが何かを喚き散らし、逃げようと必死に立ち上がろうとするが、ヘンリックにあっさり取り押さえられる。
「そう暴れないでくれ。手荒なことはしたくないんだ。……もう『読心』も終わったしね」
「「「「「えっ??」」」」」
「何じゃ。もう終わったのか? もっと派手な術式や、詠唱はないのか?」
期待外れだったのか、明らかに落胆した表情のディミトリアス王。楽しむ事しか考えてないんだな……。
「終わりましたよ? 術式も詠唱も必要ありません」
つまらなそうな王を無視して、コンスタンティンは、エッカルトの頭の中を暴き出す。
「まず、彼の目的ですが、どうやらこの世界を破滅させたかったようですね。理由は……きっと彼の幼い頃の体験によるもの」
「幼い頃の体験?」
「はい。彼は今から百年程前に、ここから遥か遠く北西に位置するミラー大陸のカルマルという国で生まれました。エッカルトの記憶によるとその頃の治安は酷いものだったようです。野盗に襲われ彼の家族は皆殺しにされました。エッカルトは隠れていたところを賊の1人に見つかってしまい、散々に痛めつけられた上、賊のアジトに拉致された。そこから彼は10年間、奴隷として酷い扱いを受けていたようです」
「うえっ」
アデリナが嘔吐く。
「隣国のアスガルド王国から討伐隊が組まれ、野盗が捕まり彼は解放されたものの、しばらくショックで会話が出来ず、身体中に酷い怪我や火傷がある彼は、世間から呪い子として疎まれていった。そして彼もまた、世を呪っていった。それ以降はあまり関係ないので言いませんが、彼も苦労したようですね」
エッカルトがガクッとこうべを垂れた。
うーむ。
人それぞれ、人生それぞれだな。皆、色々事情があるものだ。
「さて、世界を破滅させる手段ですが、王への手紙に書いてあった通り、魔神ミラーの召喚をしようとしていたのは事実であるようです。そしてその為に集めようとしていたのが、『神の種』と呼ばれる神のアイテムです」
「『神の種』だって!?」
「おや!? マッツ、知っているのかい?」
「あ、ああ。実はエッカルトを地下牢に入れている間、サイエンが来て……」
今度はコンスタンティンの顔色がサッと変わる。同じように、王の間にいた衛兵達の内、数人が反応し、エッカルトもびっくりした顔で俺を見ている。知っている奴は知っているんだな。やっぱ、それなりに有名人なのか……。
「サイエン……ってまさか、あの《中立者》かい?」
「そうらしいな」
厳しい表情のコンスタンティンに頷き、俺はあったことをそのまま話す。
「……てな訳で、『タカ』にあった『神の種』はあいつにくれてやった」
「ふーむ。興味深い。超人サイエンが俗世の人間とそこまで関わった話など、聞いたこともない」
「いや……ただのすっとぼけたスケベ親父だったぜ?」
「私にもリディアにも、嫁に来いって言ってたわよ」
俺とリタの証言に、驚嘆するコンスタンティン。
「なんと、そのような事を……。超人サイエンというのは『この世の理に対して最も中立』と言われているんだ。つまり誰かに肩入れすることは無いという事だね。我々が逆立ちしても到達する事のできない領域の知識、魔力を持っていて、彼に対する全ての物理攻撃は無効化されると聞いている」
「えー? でも、俺、1発殴ってやったけど……手応えあったけどなあ」
「ええぇ???」
「いや、だってリディアに嫁に来いって言うから……」
コンスタンティンがハンカチで汗を拭いながら、俺に諭すように話す。
「よく無事だったねマッツ。超人と戦いになって生存する可能性なんて、ほぼゼロだよ」
そこまで言って、コンスタンティンはハッとした顔になり、話を続ける。
「すみません。話が逸れました。……ストラッフ島で『神の種』に対する文献を見つけた彼は3年かけて解読をしていました。その後の調査で彼は最も近い『神の種』が、ランディアの第3砦にある事を知り、ツヴァリアで事を画策したようです」
「なるほどのう」
ずっと黙って聞いていた王がウンウンと頷く。
「……残念だったのうエッカルト。あのサイエンが収集しているのであれば、貴様如きがいくら頑張っても集める事など叶うまい。いい加減、諦めたらどうだ?」
エッカルトはこうべを垂れたまま、動かない。それを見ていたコンスタンティンが、誰もが思いもしない事を言い出した。
「エッカルト。君の悪だくみは終わりだ。『神の種』の事は、綺麗さっぱり忘れたまえ。この国を狙うのは2回目のようだし、君を野放しには出来ない。と言って、ディミトリアス王も僕も、君を殺す事はしたくない。そこで、だ。どうだ? 僕と一緒に、世界を旅しないか?」
驚いて顔を上げるエッカルト。いや、その場にいた全員が驚いた。いや、1人、ディミトリアス王だけはニヤニヤとそのサマを見つめている。
「世界は広い。土地だけの広さを言っているのではない。歴史という深みがある。文化や人という彩りがある。僕と一緒に回る事で、新しい発見があるだろう。その上で、今後、どう生きていくかを決めるといい」
そして。
エッカルトが、大きく、うなだれた ーー




