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第21話 ランディア王都へ(3)


 昨日はあまり眠れなかった。


 朝、目の下にクマが出来ているぞ、とマルコ隊長に突っ込まれる。リディアは機嫌が良さそうだ。とりあえずは良かった。


 昨日の事は、あまり深く考えるのはよそう。

 普段の行いが良いため、神さまが盛大なご褒美をくれたのだ。


「では、エッカルトを王都まで護送して参ります」


「ああ。しくじるんじゃないぞ。また帰りに寄れよ!」


「はい。では、行って参ります」


「またな! マッツ!」


 最後にヘルマンが見送りに来てくれる。手を上げて応え、俺達は『シシ』を後にした。


 そして、昨日、盛大なご褒美をくれた神様は、今日、最大の試練もくれたのだったーー



 ーーー


 ヘルマンが抜けたが、アデリナが加わった事により、道中、非常に賑やかになった。


 アデリナの父は、5人の奥さんを娶っているそうで、彼女自身は2人目の奥さんの娘、との事だった。多妻、多夫は珍しくないとは言え、5人は中々だ。猟師ってそんなにモテるんだろうか。


 彼女の母は、ペレ諸島の生まれで、見事な金髪だそうだ。この辺りでは金髪は非常に珍しく、彼女の髪の色、青い目の理由がようやくわかった。


 そのアデリナとリディアだが、昨日の食堂での一件があったものの、基本的に非常に仲が良いようだ。リディアからすると、妹のように思えるのかも知れない。たまにリタが混じり、ガールズトークを繰り広げている。俺も、任務中だぞ!などというような野暮は言わない。



 さて、『シシ』から王都までの道のりだが、王都付近以外はまだまだ未開な部分も多く、基本的に田舎だ。

 さすがに、つい最近までのラシカ地区のように、モンスターが出るような事は無かったが、治安が行き届いていない土地もある。野盗、盗賊の類には気をつけながら進む。


「『シシ』もまだまだ未開拓地があるが、『タカ』に帰ったら、開拓を進めないといけないな」


 辺りを見回して、ふとラシカ村の事が頭に浮かんだ俺は、後ろのハンスに声を掛ける。


「ああ。特にリェンカリの森より南方は海しか無いと思っていたために後回しになっていたな。取り急ぎ、ラシカ村と相談して開拓の段取りをしよう」


「ああ、そうだな。そろそろ、地図を作り直してみてもいいかもしれない」


「マッツにーさん!」


 不意に背後からアデリナに名前を呼ばれる。


『タカ』守備隊に入隊し、俺への呼び方を『おにーさん』から、改めるかと思いきや、結局、変わらなかった。


 振り向くと、いつの間にやらアデリナがすぐ近くにおり、少し離れてリディアとリタが俺の方をジトッと睨んでいる。


 嫌な予感しかしない。


「ねぇ、おにーさん。1つ、質問があります!」


 重ねて言う。


 嫌な予感しかしない。


「……ダメだ」


 断ってやった。


「あのね、リディアねーさんから聞いたんだけど」


「無視か」


「『エロ隊長』って何?」




 ドーーーーーン!!!




 しまった! 忘れてた!



 どこかでリディアと2人で解決しておかなければ、と思っていたのだ。

 王都への護送、ニール村への救援、超人サイエンと『神の種(レイズアレイク)』の件で、完全に記憶の彼方に吹っ飛んでいた。


 被害が広がってしまった。

 リディア1人を言いくるめるのと、今とでは、難易度が桁違いだ。


 しかも…… こっちを見て、エッカルトが……口元を歪め、笑っている。


 野郎!


 てめえのせいだ!


 ……いや、俺のせいか。


「どうしたの?」


 純粋な目をしてアデリナが聞いてくる。手に負えないタイプだ。



「さ、さあ……?」


 牢に居た時と同じように、もう一度、すっとぼけてみる。


「さあって何?」

「さあって事は無いでしょう!?」

「それ、前も聞いたから!」


 一斉に非難を浴びる。


 なんたる事……。

 エッカルトが楽しげに笑っていやがる……。クソっ!


「エッカルトが勝手に言っただけだろ。奴に聞いてくれ」


 少し逆ギレ気味に言ってみる。


「あのじーさん、今、喋れないよ?」

「最低」

「最低」


 何でひと言話す度に審査されないといけないんだ。ハンス!助けてくれ! 俺はハンスに救いの手を求める。


「……説明しろ。俺も聞きたい」


 終わった……

 がくりと肩が落ちるのがわかる。


 そして、リディアによる状況説明が行われた ーー




「なるほど。エッカルトが『あの顔は……』と言ったんだな?」


 リディアが頷く。


「つまり、どこかでこいつがした顔をエッカルトが見て、『エロ隊長』と名付けた、という事だな」


 ドキドキ……


 この心臓の高鳴りは何だ?

 これが……裁判を受ける犯罪者の気持ち?


 いや、そんな悪い事したっけ……


「5年前、俺達がエッカルトを倒した時ではなかろう。俺達も必死だったからな」


 おい、ハンス!

 推理し始めるの?


「数年間はストラッフ島にいて何かを研究していてそれどころでなかったはずだ。そんな昔だとマッツにも心当たりが無いだろうしな。……とすると、つまり、最近、という事だ」


「……」


「こいつは、基本的にスケベだ。美人を見るとよくニヤけた顔をしているが……エッカルトが『あの顔は』と言い、その時、こいつがそれに過剰に反応したとすれば、直前に、こいつに思い当たる節があったという事だ」


「…………」


「直前のタイミングで何かあったとすれば、砦でこいつがモンスターの大群を退けた時、リェンカリの森の中、ラシカ村付近の平原、ツヴァリア、そして牢の中、のどこか、に絞られるな」


 嫌だ。逃げたい。


「それらの場面で女性を見かけることなど無いだろう。アデリナを助けた時はリディアが見ていただろうから、そんな事があればリディアがわかる。つまり、アデリナに対してではない。明らかにリディアに向けて『あの顔は』と言われる顔をした、という事だな」


 お前、よく喋るな……

 そして、的確に犯行時間と対象を絞ってんじゃねぇよ。


「リディア、何か、思い当たる節は?」


 リタが参考人の証言を求める。


 なにこれ。

 一体、何の時間なの?


「うーん。ラシカ村の平原は違うと思う。変な顔はしてなかったよ? 砦でモンスターの大群と戦っていた時も、そんな暇はなかったと思うわ。あと、ツヴァリアも違うと思う。すぐに気持ち悪いバケモノに襲われてそんな暇はなかったし……」


 ……ビクッ


「『気持ち悪いバケモノ』……お前、今、ビクッとしたな? 」


 俺は、ブンブンと首を振る。


「皆、ここで、小休止だ。少し休憩する」


 ちょっと待ってハンス。

 護送止めてまでやることなの?



「……で、それは具体的に、どんなバケモノだったんだ?」


「えっと怖くてあまり、覚えていないんだけど…… 目が1つだったのは覚えているわ。リェンカリの森に伝わる呪いの話で、『タカ』が出来る前、地元の人間も目撃したことのある奴だってマッツが言ってた」


「……そんな話、聞いた事がないな。マッツ、特徴を言ってみろ」


 ついに被告人に出番が来てしまった……


「……」


 汗がドバドバ出てくるんだが……


 暑いな。本当。


「こんなに涼しいのにえらい汗だな。このバケモノは『エロ隊長』と大きく関わりがあるらしい。さ、言え」


「……目が1つ、首から下、胴体が無く、手脚しかない異形のバケモノ……です」


「聞いたこと無いわね」


 リタが即座に言う。

 くそ、傍聴者め、黙ってろ!


「その話をしたのはどこだ?」


「リェンカリの森の中……です」


「時間は?」


「う……真夜中……です」


 ハンスがニヤッと笑う。

 もうわかった、と言わんばかりの顔だ。リタも呆れ顔をしている……。


「マッツ、その時、リディアにした時の話を、今、してみろ」


「……お断りします」


「拒否権は無い」


「うっ……」


「リディア、その時いた位置関係を再現してくれ」


「え!? わ、わかったわ」


 リディアはまだわかっていない。

 ……が、ハンスとリタは既に看破しているようだ。


 リディアが俺の腕の裾を持つ。


 休憩していた兵士達が何だ何だ、と集まってくる。

 散れッ! 散れッ! お前ら!

 集まって来るんじゃないッ!



 そして……俺は、衆人環視のもと、あの時の話のリプレイをさせられ、リディアがタイミングを見計らって腕にしがみ付く。


「ストォォォォップ!!」


 ハンスの号令がかかる。


 ノリノリだな。

 ダメだ。こいつが敵にまわった時点で俺に勝ち目はなかった……



「エッカルト、お前が見たのは、この場面だな?」


 ええ〜〜〜!?

 そこ、あいつに聞くの??


「……コクッ」


 無言で首を縦に振るジジイ。

 お前も参加するのかよ!!!!


「お前が見た顔はこんな顔だったか?」


「……ブンブン」


 無言で首を横に振るジジイ。

 忠実だな、オイ!!!


「……ここまで来たんだ。マッツ、再現しろ」


 何でだよ!!!

 何でこんな辱めを受けなきゃならないんだ!!


「……」


「やれ」


「……やれと言われましても……その……自然に出た表情ですので……」


「なるほどね」


 リタがそう言って、リディアに何やら耳打ちする。


 えーーーっと言って、何か言いかけるリディアだったが、


「真相の究明には必要なのよ? 頑張りなさい。リディア」


 何のこっちゃい……


 と、急にリディアの、俺の腕を掴む力が強くなる。


 そして、真っ赤な顔で俺の顔を見上げ、小さい声で言った。


「……マッツ……怖いよ……私を……守ってね?」



 ……ズッッッキューーーーーンン!!!



 ダメだ。

 これは悪魔の罠だ。引っかかってはいけない!


 そうはわかっているのだが、顔が緩んでしまう。リディアは更に自分の身体を俺に押し付けてくる。


 う……無理……!


 リディアから顔を必死で背ける。


 背けた方向に……全員、並んでいた。

 全員が俺の顔を凝視していた。


「エッカルト! お前が見た顔はこれか!?」


「……コクッコクッ」


 無言で首を縦に振るジジイ。



 こうして、俺の地獄の1日は終わり、新たに地獄の旅が始まるのだ……


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