第14話 ツヴァリアの戦い(3)
あの長い弓矢はアデリナのものだ。
アデリナの矢がエッカルトの背中から腹部に突き刺さっている。
不意をついた背後からの、そして巨大な弓から繰り出される、ゴブリンロードの巨躯ですら射抜く一撃。
そうであるがゆえに、奴の『霊幕』も役に立たず、全身を覆う物理シールドをも貫いた。
「お……おおおお…………よくも……」
口から血を吐き、忌々しげに周りを見回し、俺を睨む。
アデリナの姿は見えないが、以前と同じく、どこかの木か、廃屋に隠れているのだろう。
「ぐぅ……アス……ラ……辺りを全て……噴き飛ばせ……」
隠れているアデリナごと吹き飛ばす気か!
そうはさせるか!
「グ……ニンゲン…………ダレニ……ムカッテ……モノヲ……イッテイル……」
「……えぇああぁ! クソがァァァァ!! 言う事を聞けぇぇぇ!!」
……よし……!
アスラは完全にエッカルトの制御を離れたようだ!
元々、100%掛かっていたとは思われなかったが、決め手はアデリナの一撃だ。あれでエッカルトの支配力が弱まり、アスラは解放された。
「ムダだエッカルト。こうなったらもう無理だぜ……」
剣を構え、エッカルトに近づくと、奴も立ち上がり矢を引き抜く。
「マッツ・オーウェン! 我に勝ったと思うな! アスラが役に立たんでも貴様1人、捻り殺す位は容易いぞッッッ!!」
「けっ!!」
血の混じる唾を吐き捨て、エッカルトに剣を向ける。
「セン・ヤ・シリ・ライ・ヤ・シリ・リヴァルヴ・ミール・ケフィスト!!」
エッカルトの詠唱が始まると同時に、俺は一気に距離を詰める。『雷撃』の1発や2発、耐え切って、『シュタークス』の直撃を喰らわせてやる!
「ダ・ミヤ・ソナ・ツヴァイ・ゴ・ア・ナ・ダイ!!」
ええぃ! また平行詠唱かッ!
「『雷撃』!!『土槍』!!!」
ドォォォゴォォォッッッ!!!
……ええい、くそっ! 耐えろ!俺!!
強烈な雷の雨と、土で出来た巨大な槍が同時に飛んでくる。
やべえ。雷はともかくあのサイズの土槍は無理だ!
躱せ!!
と、その時、体全身を水色のオーラが包む。これは……まさか!?
リディア!!!
リディアのバフだ!
引き返してきたのか!? 何故!!
そして、眼前に迫る巨大な槍!
だが長身の何者かが、それを横からぶった切った。
バシュウッ!!
俺に突き刺さる寸前で叩き折られ、地面に落ち、シュウ……と消えていく魔法の槍。
お、おお……どうしてここに……
「ハンスッ!!!」
ここに来れる筈の無い男が、ここに……いた!
しかし、同時に雷撃が全身を襲う。
「アガッッッッ!!」
大丈夫だ! 耐え切れる!
リディアのバフは消えたようだが、充分だ。
助かった!
「無茶をするな、と……言ったはずだが……?」
ゆっくりと……俺の方を見て、厳しい顔つきで言う。
「ハンス! 何故ここに…… いや、それは……後だな……」
「ああ、後は任せておけ」
ハンスはエッカルトに向き直り、剣を大仰に構える。
「……久しぶりだな、エッカルト。今度は、許さない」
やたら、芝居掛かった口調だが、こいつが言うと実に絵になる。
「…… クソガキがぁぁ! テラー・フォー・ミラー……」
目が血走っている。
あれは『炎上』の魔法……
周囲を焼き尽くすつもりだッ!
ドスッ!!
エッカルトの詠唱が止む。
いや、喋れないのだ。
真っ赤な槍がエッカルトの両頬を突き刺し、舌を半分、引き千切った。
「うご……こ…………こ……」
「……な? 俺がいた方がよかったろう?」
突き刺した槍を無表情でグリグリと回し……引っこ抜く。
「……ごあっっ!!!」
あー……あれ、痛そう……。
あいつの槍はかえしが付いているからな……。
だが、エッカルトの防御シールドをあっさり貫くとは、こいつも普通じゃない。
ヘンリック。
そうか、ハンスの大袈裟な動きは、ヘンリックの攻撃から目を逸らさせる為か。さすが、だな。
「……ぶっ。あっはっはっは! そうだな、ヘンリック」
バタン!!
エッカルトが前のめりに倒れる。どうやら気絶したらしい。
「……ギ……ギギ……マッツ……オーウェン」
アスラ!
……そうだ。まだこいつがいた。
「何なんだ、このでかいのは……?」
槍をかつぎ、ヘンリックが俺のそばに来た。
「魔神アスラ。そこで気絶してるクソジジイが召喚で呼び出したんだ」
「アスラか……知ってるぞ。魔神なんてものが実在するとは……」
流石のハンスも信じられないといった顔だ。
「マッツ……オーウェン」
アスラに体を向け、必死に剣を構える。『雷撃』のダメージがきついがそんな事は言っていられない。ハンスとヘンリックも同様に身構える。
「ワタシハ……ニンゲン……カイニ、イルベキ、ソンザイデハ……ナイ……」
「え……は?」
予想だにしない言葉だった。
召喚者の制御を離れた対象は、普通、無差別に暴れまくるものだからだ。
「アスラ……」
「ギ……オマエハ……マダマダ、ワタシノテキニ……ナラヌ……」
アスラは俺を見ながら、フゥ、と1つ、大きなため息をついた。
「マタ、キカイガアレバ、タタカオウ、マッツ・オーウェン。ソノトキマデ……ギギ……ショウジン……スルガヨイ」
そう言うとその姿勢のまま、みるみる薄くなっていき、遂に綺麗に消えてなくなってしまった。
「……た、助かった……?」
全身から力が抜け、そのままドスッと腰を落とし、地面に尻餅をつく。
「じょ……冗談じゃねぇぞ、アスラ。2度とゴメンだ。もう誰かに召喚なんてされんじゃねーぞ……」
「マッツ!!」
「ん?」
リディアだ! 怪我はどうしたんだ?
駆け寄ってくるところを見ると、もう大丈夫なのか?
「マッツ!」
尻もちをついたまま、リディアにフワッと柔らかく抱きしめられる。
「リディア! よかった……ハンス達と会えたんだな」
「うん!」
頭を肩口の方に擦り付けてくる。
「怪我は大丈夫なのか? テオは、テオはどこだ?」
リディアが頷きながら充血した目をこする。少し笑っている所を見ると、大丈夫なようだ。
「テオは……」
しかし、続きは別の場所から聞こえて来た。
「ここにいます」
声のした方を見ると、何とも頼もしい奴が視界に入ってきた。
「クラウス!!!」
俺がクラウス、と呼んだ男の側で、テオがにこやかに微笑んでいる。
クラウス・シャハト。
『タカ』、いや、ランディア随一のヒーラー。こいつがここに来たのなら……
もう、大丈夫だ!
テオもリディアも大丈夫だ。
本当に助かった……
気付くと、いつの間にやら俺の傷や打ち身も治っている。
……が、疲れからか、安堵からか、俺は力が抜け、リディアを抱いたまま横になり、空を見上げた。リディアは抵抗もせず、一緒に寝転ぶ。
そのまま、目を閉じようか、と思った瞬間、目の前に見知った少女の顔がぬっっと現れる。
「おにーさん!」
「うわっ!! ……アデリナ!?」
「ねえ。1番危ない所、危険も顧みず、助けてあげたんだよ? 私に何か言う事は?」
「あははは……」
いや、でも、これは本当だ。あの一矢が全てを決めたと言っていい。
「アデリナ……本当にありがとう。あの矢がなければ、どうなっていたかわからない。助かったよ」
「えへへ……ウソウソ。前に助けてもらったもんね! そのお返しだよ!」
そして、リディアがいる方とは逆から覆い被さってきた。
「わ……わっ……」
「あ!! アデリナ! むー……」
焦る俺と、苦虫を噛み潰した顔のリディア。
「フフーン!」
上機嫌ので頭をゴロゴロ転がすアデリナ。
それらを見てかぶりを振るハンス。
目を見開いて、それらを見入るテオ。
「なーんか隊長って、モテますよねぇ……」
冷ややかな目で俺達を見ながらポツリと言うクラウス。
「ま、俺らの隊長だからな。どこか良いところがあるんだろう」
無表情で、最年長のようなモノの言い方をする、最年少ヘンリック。
何があったかは後で説明しよう。そしてハンスが何故ここにいるのかは、その時、聞こう。
ちょっとだけ、休ませてくれ ーーー